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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「ネブラスカ」


大好きなアレクサンダー・ペインの作品。ペインの作品で共通しているのは、おっとりとしたユーモアの中に、情感豊かに人生の哀歓を描いている事です。この作品も父と息子の珍道中と見せながら、身近な家族や親戚のしがらみを描きながら、老い様子や、家族の姿、お金に振り回される人の本能なども浮き上がらせて、やはり唸らせてくれます。大好きな作品。

高齢の老人ウディ(ブルース・ダーン)は、最近まだらボケ症状が発し、家族は認知症を疑っています。最近は古いタイプの詐欺だと言っているのに、100万ドルのクジが当たったので、遠方のネブラスカまで、受け取りに行くと譲りません。次男のデイビッド(ウィル・フォーテ)は、母ケイト(ジューン・スキップ)が止めるのも聞かず、父が納得するまで付き合う気で、ネブラスカへ出発します。

この作品はモノクロです。最初から違和感なかったのは、ダーンの登場シーンから始まったからでしょう。この作品は様々な描き方で、老いを描いています。感心したのは、男女の老いの違いもしっかり描いている事。男はボーっと無口になり、女は毒舌家で気が強くなる。そして地味を通り越した薄汚い様子。映画ではクリストファー・プラマーやマックス・フォン・シドーなど、今なお端正な魅力に溢れる美老人が出てきますが、実際はこの作品のダーンのように、白くなった鼻毛が伸び放題、ハゲで白髪のヘアスタイルにも無頓着な人が多いもの。それをそのままカラーで映せば、感受性が呼応する前に、老醜の部分だけが突出してしまうのではないでしょうか?老いの哀しみをユーモアに見せようとしたのは、監督の高齢者への敬意じゃないでしょうか?

デイビッドが良い息子で、もう泣けて泣けて。大酒飲みで家庭を顧みなかっ父のため、母は美容院を開き家庭を支えていました。そのツケが回ってきたかのように、今じゃガミガミ妻から言われっぱなしの父。そして母は超がつく毒舌家。優秀な兄は常に母の味方で、次男の自分は父をかばっているつもりなのに、当の父親は気が弱く優しいデイビッドに、「そんなだから、お前はいつも兄貴に負けるんだ」と言う始末。全くもぉ。でもこれは、有りがちな家庭の風景です。デイビッドがこんなに孝行息子なのは、しっかりと親から愛情を受けて育った証のように感じます。

デイビッドは最近同棲を解消したばかり。結婚を口に出さない彼に、女性が業を煮やしたようです。これは両親の夫婦関係、自身の人としての自信のなさが、結婚を躊躇させたように感じました。

旅の中、デイビッドは親孝行しているつもりが、途中で親戚縁者と出会ううちに、図らずも自分の知らない両親の姿を知ることになります。親子は一番近い血縁です。お互い何でも知っていると思いがちですが、濃密に過ごすのは、実は僅かな時間だけ。親から聞く昔の話には、主観・美化に、少しの捏造もあるはず。人の記憶とは曖昧なものです。

知りたくなかった話、聞けて良かった話。それを取捨選択して、デイヴィッドは何を思ったか?両親の味方をし、親のプライドを尊重し守ったのでした。あちこちに散りばめられた何気ない演出で、笑いと涙が心から溢れそうになりました。私が特に好きだったシーンは、兄弟二人で父を愚弄した昔馴染み(ステイシー・キーチ)に仕返しする場面。いい年の大人が嬉々として、まるで子供のようなのです。人が子供に戻れるのは、育った親の元だと言うことでしょうか?その後の脱力感満点のユーモアも楽しいです。

他に私が好きだったシーンは、妹から昔の借金を返してくれと言われた時、妻のケイトが「お釣りが来るほど返した」と、きっぱり言い返したシーン。妻を守るのが夫なら、夫を守るのも妻。それが自分の親族であれです。妻も夫も、いつまで経っても自分の実家を優先する人がいますが、このシーンには溜飲が下がりました。いつも父に毒づいている母しか知らない息子たちの、意外そうな、でも嬉しそうな顔のショットも良かったです。


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03月18日(火)
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