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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「セッションズ」


本当に本当に感動しました!画像は主役のマーク・オブライエンを演ずるジョン・ホークス。障害者のセックスと言う、如何にもキワモノ的な題材ですが、品良くユーモアたっぷりに作っており、共感こそすれ、居心地の悪さはまるでありません。性と生は根源的に深く関わっていると再認識させてもらい、そして最後には、主人公に感謝したくなります。終映後は、あちこちで拍手が起こりました。監督はベン・リューイン。実話を元に作ってあります。

38歳のマーク・オブライエンは六歳の時にポリオに罹り、首から下が麻痺し、ベッドに寝たきりの生活となります。両親はしかし、彼を施設には預けず養育。本人の努力と相まって大学を卒業。詩人件ジャーナリストの職を得て、今はヘルパーの力を借りて自活しています。ある日出版社から、障害者の性についてレポートしてくれと依頼され、引き受けるマーク。そこで自分が童貞である事実を突きつけられ、セックスセラピーを受けたいと思い出します。相談を受けた懇意のブレンダン神父(ウィリアム・H・メイシー)は、困惑しながらも、神父としてではなく、友人としてなら応援すると承諾を得ます。カウンセラーに紹介されやってきたセラピストは、成熟した人妻のシェリル(ヘレン・ハント)でした。

冒頭ユーモラスにマークの生い立ちを説明。苦労を忍ばせない、のんびりした解説ですが、目の前には鉄の肺と呼ばれる機械に入っているマーク。一日の大半を過ごさなければ、生きていけないのが現実です。

傍若無人なヘルパーをクビにして、次にやってきたのは若くて愛らしい、介護経験のないアマンダ(アニカ・マークス)。慣れない手つきで、一生懸命介護してくれる彼女に、マークは恋します。アマンダも障害に負けず、知的でチャーミングなマークにすっかり心酔。しかしそれは、人としての敬愛でした。マークが愛を告白すると、彼女は困惑の表情と哀しい涙を残し、去っていきます。

次に来たのはプロの介護士の中国人ヴェラ(ムーン・ブラッドグッド)。無愛想で取っ付きにくい彼女ですが、陰ながらマークを支えており、二人は親睦を深めます。思うにヴェラも新人の頃はアマンダのように、クライアントの障害者に感情移入し、苦い涙を流したのでは?彼女の化粧っけのないひっつめ髪、女性を強調しない服装は、クライアントを誤解させないため。介護とは、透明な壁を一枚作り、相手をよく観ながら平常心を保つ事が大切なのでしょう。

麻痺はしていても、マークの体には感覚はあります。神父との会話で、「介護してもらっている時に、ふいに射精する事がある。屈辱だ」と言います。これはそうでしょう。男性の下半身は意思に関係なく反応してしまいますもん。とても同情しましたが、これはマークが健康な男性機能を持っている証でもあります。

セラピー当日、ヴェラにあれこれ尋ねて、落ち着かないマーク。出来れば逃げ出したい。自分で言い出したのに(笑)。強引に後押しするヴェラ。神父には「怖い」とも語っています。でもこれもとてもわかる。未知の世界は誰だって怖い。怖いもの知らずなのは、無知だからです。でもマークはインテリジェンス豊富なのです。射精は出来ても、セックス出来なかったら?それは不完全な彼に、更に追い討ちをかけることです。

初回のセラピーの最中は舞い上がってしまい、暴言・失言続出のマーク。お互いに裸になり、シェリルに触れられるだけで、あえなく射精。いや〜、そんなもんですよ、童貞だもの(笑)。でもその時、「裸の人が横にいるのは不思議だ。いつも僕だけ裸だから」と言う言葉に、胸を突かれます。排泄・入浴・着替え。常に羞恥との戦いなのでしょう。自分だけが裸でいるのは、人としての尊厳を奪うことなのですね。そっけないヴェラの様子は、思いやりなのです。このように男女の営みを、ユーモアとペーソス織り交ぜて描き、絶妙です。

セックスはお互いが快感を得ないといけないと思い込むマーク。知識は本から(笑)。シェリルやヴェラから、分析するなと嗜められます。そうですよね、こんなもんは、まず当たって砕けろ精神の方が大切。でもマークの意見は愛のあるセックスの基本です。


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01月09日(木)
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