ID:10442
ケイケイの映画日記
by ケイケイ
[928220hit]

■「ヤング@ハート」


素晴らしい!素晴らしすぎ!昔書き込みをしていた映画の掲示板で、「芸術とは感動させる力のあるもの」という意味の事を書いておられる方がいて、深く印象に残っていました。深い人生の陰影に彩られたソウルフルな彼らの歌声に、何度心が震えて涙が出たことか。決して上手くはなんです。でもこの感動は、オペラやクラシックなどと対等な芸術なんだと、私は絶対思います。

1982年にマサチューセッツ州のノーサンプトンの高齢者向け公営住宅で結成された、老人ばかりのコーラスグループ「ヤング@ハート」。平均年齢は実に80歳。その彼らの歌う曲は、讃美歌や牧歌なのではなく、ロックばかり。彼らの子供の様な年の50半ばのボブ・シルマンから指導を受けて、年に数回外国にまで出向いて公演している、現役バリバリのロックンローラーのコーラス隊です。

何が素晴らしいって、ラモーンズですよパンクですよジミヘンですよ、ジェームズ・ブラウンですよ!彼らが歌う曲の数々です。好きな音楽は?の問いに、口々に「クラシック」「オペラ」「ほら、ジュリー・アンドリュースの・・・(「サウンド・オブ・ミュージック」です)」などなど、本当は嗜好からはかけ離れているわけね。それがひとたび「ヤング@ハート」の練習となると、自分の中にほとんど数%しかなかったものを、必死で歌い込み手繰り寄せ、「イエーイ、この曲は俺達のモノになったぜ、ベイビー!」(80歳のお爺ちゃんのセリフ)としていくのです。指導者のボブが「新しい曲を彼らに渡す時が一番好きだ。」というのが、実に良く理解出来ます。

この過程は本当にスリリングで苦しいものです。しかし成し遂げた後の爽快感や達成感は、この年齢ではなかなか味わえないもののはず。いやボブや私の年代だって、滅多に遭遇できる機会はありません。しかし私の親や祖母の様な年代の彼らは、一つ一つ難関をクリアして、老いてなお「新しい自分」に出会えるわけです。この好奇心とバイタリティの見事さよ。さらに言えば、これが孤高の行いではなく、大切な仲間と一緒というのは、この年齢ではまずお目にはかかれません。

死の淵から生還し、4年ぶりにコーラス隊に戻ったお爺ちゃんの容体が再び悪化。しかし彼は病院を抜け出し、練習に参加します。「息子は止めたけど、練習に出なかったら、俺のパートは別の人に取られるから」。何なんですか、この執念。老いの一徹ではなく、これは高校生の部活、それも体育会系のレギュラー取りと同じノリではないですか。それも命を賭けた。メンバーは皆、命がけで歌が大好きなのです。「歌っている時は、腰や関節が痛いのも忘れるのさ」。その瑞々しくほとばしる彼らの思いは、観る者の心までを熱く熱くしていきます。

口々に「ボブは厳しいよ」と語るメンバーたち。憎まれ口まで出てくるのがご愛敬です。なかなか上達しない曲には「もうこの曲は止めよう」と容赦ありません。悔しさを滲ませ必死に練習する老人たち。グッドとナイスを間違えるくらい、私ならお年寄りなんだからと、きっと妥協してしまいます。でもそれは本当はとっても失礼な事なんだと、ボブの指導を観て思い知りました。老人だから仕方ないというのは、彼らの限界を勝手に作ってしまうということです。彼らの無限の可能性信じるボブだからこその厳しい指導。やはり復帰したお爺ちゃんが語ります。「俺達がこうやって歌っているのは、ボブの厳しい指導のお陰さ」。年齢を超えた本当に素敵な子弟の絆。

決して上手くはない彼らの歌声に私が涙したのは、甘い戯言から人生の風雪を滲ませたものまで、彼らが歌詞を自分のモノとして消化し、彼らの生きてきた軌跡まで、私の心に届いてきたからです。枯れた味わいや渋さではなく、この若々しい豊かな厚みを引きだしたのは、やはりボブの指導なのですね。


[5]続きを読む

12月11日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る