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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「容疑者Xの献身」


いや、想像以上に良かったです!この作品はドラマ「ガリレオ」の映画化で、私はドラマの方は全く未見。でもこのタイトルは、東野圭吾が直木賞を取った作品だったので、記憶に残っています。なのでドラマの映画化という観方ではなく、優秀なサスペンスが原作だという認識で鑑賞しました。原作は未読ですが、手堅くまとめた佳作だと思います。

真冬の12月、お弁当屋を営む花岡靖子(松雪泰子)は、娘の美里(金沢美穂)と二人暮らし。ある日別れた夫富樫(長塚圭史)が二人の所へやってきて、あらん限りの暴力をふるいます。困り果てた二人は咄嗟にこたつのコードを使い、富樫を殺害。放心していた時、隣に住む高校教師石神(堤真一)が靖子を訪問。証拠隠滅に協力します。全裸で指紋も消されていた富樫の死体ですが、すぐに身元は発覚。警察の疑惑は靖子に向きますが、靖子母娘には、完璧なアリバイがありました。捜査を担当している草薙(北村一輝)と内海薫(柴咲コウ)は、草薙の大学の同期である天才物理学者湯川(福山雅治)に協力を仰ぎます。そして石神もまた湯川の同期で、天才数学者だとわかります。

最初に犯人が割れているし、どういう展開で見せるのかな?と思っていましたが、サスペンス部分より登場人物の心を掘り下げる手法で、ドラマ部分を強化していました。これが勝因だと思います。

出だしの、そこはかとない石神の靖子への慕情を匂わすシーンは、恋愛には全く不器用そうな孤独人の様相が、短いシーンで充分感じ取れます。それと上手かったのが長塚圭史。美里は靖子の連れ子で、富樫とは血縁関係はありません。すさまじい暴力を美里に振るう様子には、これが過去にも何度もあったろうと感じさせ、殺人犯となった母娘に同情が湧きます。時間の限られた映画でこう感じさせるには、長塚の遠慮のない暴行シーンは有効でした。
原作では多分、もっと描きこんでいたろう心情でしょうが、映画はその辺を短くまとめ、三人の心理や行動には無理がありません。

ドラマではゲスト扱いであろう堤真一と松雪泰子が、実質的には今作品の主人公です。タイトルのXは石神です。ドラマの映画化であるのに、ゲストに華を持たせる以上の、二人をメインに押し上げた作りは、原作を理解した作り手の見識の高さが伺えます。それに応える堤真一と松雪泰子が素晴らしいです。

いつもの颯爽として堤真一は見当たらず、猫背で白髪交じり、37歳にしては老けた様子は、石神の今の状態を雄弁に物語っています。いつも抑揚なく語り、目も開けきらぬようなどんよりした様子は、これも石神の心が現れています。なので雪山での射るような湯川へ向けた眼差しや、靖子の新しい恋の相手への気持ちを語る場面など、一瞬の悪意を感じるシーンが光ります。熱演する場面などほとんどなく、常に能面のようなのに絶望感が立ち込める石神。上手いなぁとほとほと感心していました。

松雪泰子も、今回はきつめの華やかな美貌を封印して薄化粧で臨み、薄幸の美女がとてもよく似合っています。元クラブのホステスであったという設定も、なるほどお水の世界で洗われた美しさだなと感じさせます。そして彼女のような優しく繊細な人は、その世界では苦労しただろうとも感じさせ、お弁当屋を開くのが念願だったというのも、頷けます。観客の同情を一心に受ける女性は、彼女のいつものイメージとは違いますが、松雪泰子もとても健闘して演じていたと思います。

石神の造形を「いい人」だと印象付けて置きながら、何をしでかすかわからぬ、得体の知れぬ不気味さも感じさせ、良い意味で物語の往くへを撹乱させます。サスペンス部分の謎溶きも、無駄と無理がありません。散りばめられた伏線の処理も問題なし。この辺は良い意味でそつがないという感じで、上手く原作の雰囲気を生かしているんじゃないでしょうか。

石神にお前は友人だという湯川。俺には友人などいないという石神。同じく天才と持て囃され、将来を嘱望され二人は、17年間の環境で変わってしまったのでしょう。しかしそのトリック。石神は数学の天才のはずなんですが、頭の良い人は何事にも万能にその才を発揮できるのかと、驚愕します。

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10月09日(木)
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