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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「クライマーズ・ハイ」


この作品、原作は人を引き付ける魅力があって、面白いのだろうなぁと、ずっと思いながら観ていました。新聞社内部の記者たちの描き方に見応えがあるものの、全体的に繋がりの悪いシーン、意味のないシーンが多く、散漫な印象が残りました。社会派の力作にしたいとの意気込みは伝わってきましたが。監督は原田真人。しかしこの中途半端な「芸風」は、佐々部清かと思いました。

1985年の8月。群馬県の地方新聞社である北関東新聞は、乗客524人を乗せた日航ジャンボ機が、長野県と群馬県の間に墜落したとの報に、色めき立ちます。当地で起こった未曾有の大事故に対し、地方新聞のプライドの賭けて、全国紙に対抗したい北関東新聞は、全権を遊軍記者の悠木(堤真一)に任せ、社一丸となって、この事故のスクープに凌ぎを削ります。

タイトルの「クライマーズ・ハイ」なんですが、これは悠木が登山好きというところから来ています。意味は、「登山中に興奮状態が極限にまで達し、恐怖感が麻痺すること」だそうです。これは体験したことのない地元の大事故を前にしての、記者たちの心境を表しているのだと思います。なので登山中の心境や何故山に登るのか?という問いに対し、良い記事を書きたい記者の心と掛けて、紐解いて行かねばならないはずが、これが上手く機能していません。

悠木の登山仲間で、販売部の安西(高嶋政弘)が出てきますが、背景やキャラが描き込み不足で、お話から浮いています。過労でクモ膜下になってしまうのですが、直接命じられた仕事の内容があまりにお粗末で、これで倒れるとはあまりに愚鈍に感じ、安西が可哀想です。悠木は20数年後、日航機事故のため果たせなかった登山を、安西の遺児と登るのですが、この部分も原作が長尺なら、無理に入れずとも良かったかも。この部分が入ると、新聞社内での緊迫したムードが台無しになり、鼻白む思いがします。

安西が倒れるほど頑張った仕事というのは、前社長秘書(野波麻帆)が社長(山崎努)から受けたセクハラをもみ消して欲しいと言うことです。しかし彼女の語る辞めた理由とは、セクハラの部分より今で言うモラハラ(モラル・ハラスメント)ではないかと感じました。当時はそんな言葉はなかったですが、モラハラは現代であっても「我慢が足りない。考えが甘い」と理解されないことも多く、地方とは言え新聞社のオーナーが、元社員の口封じにやっきになるのは、無理があります。彼女が悠木を好きだったというのも、全然筋に絡みませんし、要りません。社長が無慈悲で慇懃無礼な人だと描きたいのなら、他のシーンでわかります。山崎努の好演で、充分腹が立ちましたから。

記者として優秀であろう悠木が、出世を拒み未だ遊軍であるのは、母親がアメリカ軍相手の娼婦で、父親が誰かもわからないという、彼の生い立ちや育った背景に隠されているような描き方です。しかしそれがどう影響したかは、全然描かれていません。ただ同僚たちに囁かれるだけで、主婦の井戸端会議並みです。

ワーカホリックの悠木が、妻子に三行半を突き付けられたのはわかりますが、社の騒然とした様子を見ると、それは他の記者も同じのはず。何故悠木だけが家庭に恵まれず拒絶するような男になったのか、その理由を「母親が洋パンで、ててなし児」だけで終わらせるのは、あまりに乱暴です。

対して社の中での、原稿の締め切りに追われる様子や、他者にスクープを抜かれまいと必死になる様子、新聞の一面を飾るのは如何に重大なことなのか、上司との激しい対立の様子、などなど、殺気立ちながらもイキイキした様子は、とても面白く観ることが出来ました。

私は新聞というのは、社の人間一丸となって、良いものを作ろうという気持ちの結晶だと思っていたのですが、販売部・宣伝部・社会部など部によって皆、己のメンツを賭けて、丁々発止やり合う様子が面白く、ただ協力し合うだけが良い物を作るわけではないなぁと、痛く感じました。この辺も興味深かったです。


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07月08日(火)
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