ID:10442
ケイケイの映画日記
by ケイケイ
[928262hit]

■「ぐるりのこと。」


「ハッシュ!」の橋口亮輔監督の作品。実は橋口監督のデビュー作「二十歳の微熱」は、ケーブルテレビで数年前観るも、全然生理的に合わなくて途中で降参しました(私には滅多にないこと)。なので当時大評判だった「ハッシュ!」(レンタルで鑑賞)も、身構えて観ましたが、こちらは手に取るように登場人物の気持ちも理解でき、とっても楽しく拝見。前評判の高いこの作品は、すごく楽しみにしていましたが、実体験と重なり非常に身に詰まされるシーンも多くて、泣いて笑って心に染みました。ありふれた夫婦の10年間の日常を描いただけの作品ですが、とても心に残る作品でした。

美大時代から10年の付き合いの翔子(木村多江)とカナオ(リリー・フランキー)夫婦。ただ今妊娠中の小さな出版社に勤める美人で几帳面な翔子と、靴の修理屋から法廷画家に転職したばかりの、甲斐性は乏しいけれど根は優しいカナオは、一見不釣り合いなれど、仲良く暮らしていました。しかし翔子が生んだ女子は、誕生後にすぐ死亡。悲しみの深さに、翔子は精神を病み鬱になってしまいます。

妊娠中のしっかり者の妻と頼りない夫ぶりが、とても微笑ましいです。何でも決まり事を作って、そのルールに則る妻と、全然守れないのもご愛敬の夫。夫婦が言い争いする場面ではクスクス笑いました。いやー、男に毎日10時までに帰って来いだの、週三日、曜日を決めてセックスしようだの、それは無理でしょうー。その気になるように口紅をつけてくれというカナオの言葉に、堪え切れずに声を出して笑ってしまいました。場内も同じような反応だったので、私を含めて身に覚えがあるような会話なのでしょうね。仕事ではきちんとスーツを着こなす翔子が、家庭では着古しのスウェット姿で素顔なのも、オンとオフの翔子を上手に表していて、この夫婦がとても身近に感じました。

ただ気になったのは必要以上に決まり事を作るのと、妊娠中であるのに、週三回はやっぱりセックスしなくちゃと思い込む翔子の性格です。わたくし事ですが、妊娠した!とわかった時点で、毎回そういう気はほとんど起こらなくなったもので、ちょっと不思議でした。もちろん私が一般的というのではないのですが。しかしそれは、翔子の抱える背景が段々と露見すると、とても理解出来るのでした。それはカナオも同じです。

橋口監督自身「ハッシュ!」の制作後、鬱になったそうで、翔子は自身を投影しているとか。私は鬱の経験はありませんが、翔子が自分に思えてなりませんでした。実は私も最初の子供を妊娠四か月の時流産しているんです。結婚して避妊しなければ、翌月には妊娠するもんだとばかり思っていたのに、何で毎月生理が来るんだとイライラし始めた矢先の、結婚四か月の時でした。四月の中旬に妊娠を確認して、六月の初めに流産しました。画面で映る翔子は、あの時の私と全く同じ。ボーとして家事も手につかず、訳もなく大声を上げて泣いて泣いて。だけどそれは誰にも見られたくないのです。泣いた気持ちを訴えればいいのに、夫が帰ってくると、仏頂面で不機嫌に迎えてと、何で監督は子供を失った女性の気持ちがこんなにわかるのかと、感嘆しました。

私がその状態から脱したのは、二ヶ月後。長男を妊娠してからです。前回の妊娠は自然流産(一口に言えば、受精卵の異常)なので、母体は健康だから普通にしていればいいとの医師の言葉も、素直に聞けました。しかし翔子は、それから長いトンネルの中に入り込みます。一見不可解な行動も、すぐ死んだのは丈夫な子に産んであげられなかった私の責任だと、自分を責めたからだと思います。当時何も知らない21歳だった私は、亡くした子が帰ってきたと素直に喜びましたが、30を過ぎた翔子では反応は違って当然です。豊富な人生経験は、悩みを深くすることもあるのでしょうね。


[5]続きを読む

06月26日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る