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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」


う〜ん、困ったなぁ。とっても重厚で立派な作品です。それは絶対認めます。長尺の作品なので、観る前はひるんでいたのですが、それも筋運びの巧みさと格調高い演出で、杞憂に終わりました。でも好きな作品かと言われれば、超微妙。でも嫌いかと言われれば、それも違います。う〜ん、困ったなぁ。監督はポール・トーマス・アンダーソン。

20世紀初頭のアメリカ。ダニエル・プレインビュー(ダニエル・デイ・ルイス)は、息子HW(ディロン・フレイジャー)を伴い、油田を求めて土地の買収に渡り歩いています。油田の発掘に、自分の全てを注ぎ込むダニエル。その彼に、サンデー家の息子ポール(ポール・ダノ)が、自宅から油田が発掘できると、話を持ちかけてきます。

19世紀末期から約30年、油田の発掘に人生を賭けた、ダニエルの生涯が描かれます。油田の発掘風景は、とても重労働かつ危険と隣り合わせで、真っ黒になりながらの発掘作業を、丹念に演出しています。取り分け石油が噴出する様子は壮観で、この油に、男たちの夢と金が詰まっているのかと思うと、感慨深くもありました。ダイナマイトで爆発する場面、発掘作業中ガスが噴出して、大火事になる様子なども、ちょっとしたスペクタクル場面として楽しめます。

口先三寸で油の出そうな土地を買い漁るダニエル。まだ幼い息子を仕事の相棒と紹介し、「家族で仕事をしている」と、人々を安心させます。息子HWとは、ある秘密があります。私は赤ちゃん時代のHW役の子の、助演賞モノの好演でわかりましたが、少し謎めいたまま、そのまま素通りした方もあったでしょう。しかしこの赤ちゃんの表情やしぐさを引き出した監督は、とっても偉い!

同じように、腹違いの弟と称するヘンリーという男が現れるや、側近として重用するダニエル。一見すると、自分の仕事に血縁者を利用しているように見えますが、心の拠り所として息子や弟が必要だったのは、ダニエルの方だったと思います。「血縁者」という、おおまかな括りに捉われるダニエル。それは育った家庭環境から来るのでしょう。サンデー家の父親が、娘のメアリーを殴ると聞くと、それが許せない彼。彼の一連の行動は、血縁者・家族というものに対して、とても複雑な感情を持っていると感じます。

彼は誰も信用せず、劇中ただの一度も心を許した女性も現れません。裏切られることを恐れていたのでしょう。でも信頼されたいと思う心はあるのでしょう。劇中、ダニエルなりに愛を示したのは、この二人だけだったと思います。利用したと皆に思われているHWにしろ、それだけで男手一つで乳飲み子を育てられるものではありません。自分の生きるかすがいとして、HWが必要だったと思うのです。

これらの事から、一見豪放で野卑な男の見えるダニエルですが、独りでいる事の出来ない、小心者で孤独な男の姿が浮かび上がります。私が痛々しく感じたのは、そのことに彼自身が気づいていないという事です。際限ない欲望に目が眩むと、人とは自分の心の内も気づかぬものなのでしょう。

重要な登場人物として、サンデー家の長男で、ポールの双子の兄イーライ(ポール・ダノ二役)がいます。インチキ宗教の教祖にして、口先三寸で自分の野心のためなら、簡単に神をも裏切る男です。あくなき欲望に対しての一連の行動は、ダニエルととてもよく似ています。これが最後までお互い憎しみ合い利用しあった故なのでしょう。

失笑するようなイーライの様子を映して、一見カルト宗教に走る人々を嘲笑しているような演出です。しかし本当の目的は、お金のために簡単に神の前で、嘘をつき自分を偽る事の出来る二人を映し、彼らの行動の諸悪の根源は、神の存在を信じなかったからだ、と言っているように、私には感じるのです。


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05月08日(木)
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