ID:10442
ケイケイの映画日記
by ケイケイ
[928332hit]

■「ある愛の風景」


本年初鑑賞作品。重たい作品だとは予想していたので、お正月早々からどうかな?と思いましたが、大阪では二週間足らずの期間、それもモーニング上映だけということで、急いで観てきました。とても重く厳しい内容ですが、親子・夫婦の在り方、反戦、人の心のもろさ・強さを盛り込みながら、全てが繊細な演出の中、きちんと描きこまれている作品で、掛け値なしの傑作だと思います。珍しいデンマークの作品で、監督は女性のスザンネ・ビア。

デンマークのエリート兵士(階級は少佐)のミカエル(ウルリク・トムセン)は、美しい妻のサラ(コニー・ニールセン)と可愛い二人の娘に恵まれ、幸せに暮らしています。気がかりなのは半端者の弟ヤニック(ニコライ・リーロス)のこと。昔から家族の中で浮いている弟を、老いた両親に代わり、何くれとなく世話を焼いています。そんなある日赴任の命が下り、戦禍のアフガニスタンに赴いたミカエルのヘリが、敵に追撃されます。ミカエルの死を受け入れ難いサラや子供たちを、ヤニックは支えようとします。時が解決するかに思えた日々を送る家族に、ミカエルが生きているという報が入ります。しかし戻ってきたミカエルは心に傷を負い、別人のように変わり果てていました。

今回たくさんの描写にとても感銘を受けたので、ネタバレで感想を書きます。冒頭笑顔で刑期を終えた弟を迎えに出向くミカエル。いかに兄が弟を父親の如く思っているか、弟はそんな兄をありがたく思いつつ、鬱陶しくも感じている様子を、車中の短い様子で繊細に描いています。

兄一家も含めて、総出でヤニックの出所を祝う家族。善良な暖かさが滲む中、父親とヤニックの間には不穏な空気が流れます。しかし決して冷たくやりきれないものではなく、どんなに幸せそうに見える家庭にも、悩み事は潜んでいるのだという、平凡で当たり前の光景を、的確に映しているに過ぎません。

そんな平凡な家族が、ミカエルの死の報告を受けて一変します。家族のそれぞれの哀しみの表現に、ミカエルが夫であり父であり、息子であり兄であり、それぞれにかけがえのない存在なのだと深く感じさせます。

ミカエルは奇跡的に助かり、アルカイダの捕虜となっていたのです。虐待され悲惨な日々を送る描写が、哀しみに包まれ、立ち直ろうとする家族の様子と交互に描かれるのが、観ていてとても心が痛みます。哀しみに包まれてはいるが平和に暮らす家族。毎日死の恐怖と怯えながら、狂いそうになりながらも、家族を思うことで正常な心を保つミカエルと部下。この対比が、のちのちのミカエルの変貌にとても同情させられます。

いつも優等生で自慢の息子だったミカエルの死に落胆する父は、厄介者のヤニックに辛く当たります。「俺が死ねば良かったんだな」と言うヤニック。辛さに身を縮ます母。優秀な遺伝子を持つ子どもを選別し、良き能力を伸ばすのに力を入れるのが父性。子供の優劣に関係なく、どの子にも等しく愛を注ぐのが母性。そういう件を読んだことがありますが、まさにその通りの父母の様子です。しかし人は備わった本能だけで生きているのではありません。自分の無神経な言葉を悔い、ヤニックに謝る父と、それを後ろ向きながら受け入れる息子には、血の繋がりの持つ情と執着を感じます。

夫を失ってからの、妻であるサラの描写がとてもリアルです。泣き叫ぶこともなく、一見淡々とした様子に見えます。しかしもう着てもらうことのない夫のシャツを一生懸命アイロンがけしたり、その服を人にあげてしまったり、急に涙ぐんだり。動揺しながらも必死になって夫の死を受け入れようとしつつ、波のように押し寄せる哀しみを耐える様子に、観ていて何度も涙ぐみました。知的で普段は感情のコントロールが効くサラなので、激情が押し寄せる時の一瞬の様子が、とても彼女の心情を表わしています。

演じるコニー・ニールセンは、ハリウッドで活躍中の人ですが、故国デンマーク映画に出演するのは初めてだそう。長身でクールビューティの彼女にサラの造形はとても合っており、大変好演だったと思います。


[5]続きを読む

01月04日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る