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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「ザリガニの鳴くところ」
チェイスは事故か殺人か、捜査も中途半端。なのに検察も警察も、当日アリバイのあるカイアの殺人ありきで、どんどん裁判を進めていきます。正直こんな杜撰な捜査で?と、びっくりしました。状況証拠だけで物的証拠は皆無です。「湿地の娘」への、蔑みがさせる事です。「湿地の娘」は、懸命に生きて、今では湿地の生態についての学問書まで出版していると言うのに。蔑んでいた「湿地の娘」の、社会的な成功を許さない、世間の傲慢さを突いた、ミルトンの最終弁護が感動的です。法廷場面はきちんと作り込んでおり、見応えがあります。最終的な判決は陪審員に委ねるので、「12人の怒れる男」も思い浮かびました。
出自の差別、人種差別の他、カイアやカイアの母親を通して、作品はDV被害に遭う女性の叫びも描かれます。子供を残して去る事は許し難いですが、殴られ続けると、きちんとした思考や感情が消え去り、どす黒い塊が感情を覆うのでしょう。逃げ出す術は他にも選択出来るのに、それが出来なくなっているのだと思いました。特に男尊女卑が甚大だったはずの、当時では。
そしてDV加害者の父も、戦争帰りのPTSDを匂わせている。年代的に朝鮮戦争でしょうか?子供を捨てた、非難されるべきカイアの両親にも、その背景を匂わせたことで、憐憫の情を感じるのです。
カイアを演じるデイジー・エドガー=ジョーンズが素晴らしい。聡明で可憐だけではないカイあの情念を、余すところなく演じています。そして美しい!ミルトンを演じたストラザーンは、明晰な答弁と温もりを感じる人柄で魅了されます。これぞいぶし銀の魅力でした。
原作者のディーリア・オーウェンズは、本職は動物学者で、学術書は出版しているものの、小説は69歳でこの作品が処女作とか。瑞々しい若々しさと、世間を観る冷徹な眼差しが交差する内容は、円熟とはこの事かと感嘆します。
誰もがハッピーエンドに安堵し、心に温かい感情が広がる中、ラストには驚愕の秘密が。でも、偏見と差別が横行する当時は、こうするしか地獄から抜け出せる方法が、なかったのだと思い至るのです。底辺の人々が清廉ではなく、向上心を持つと、世間は「欲」「野心」と観て、踏み潰そうとしたと思います。そしてその世間の中には、自分も底辺なのに、認めない人もいたでしょう。昔の時代を描きながら、二方ともそうなってはいけないと、今を生きる私たちを、戒めている気がしました。
秀逸なミステリーにして、瑞々しい青春ドラマでした。
12月14日(水)
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