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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「団地」
この人ら、充分泣いてないねんな。悲しんでないねんな。そしてぶつかってへん。子供を亡くした辛さ苦しさ、それをぶつける相手って、誰?もちろん加害者でしょう。でも加害者にぶつけても、その後には憎しみが募るだけやと思う。私、思うねん。ぶつけるなら、夫婦じゃないかと。この苦しみを同等にわかるのは、夫婦だけやねん。だから理不尽なようでも、こんな時夫婦は思いの丈をぶつけあい、大ケンカせんと、あかんねん。そこから本当に支え合う事が出来るんじゃないでしょうか?一度だけ、「あんただけが哀しいと思てんの?」と、大人しいヒナ子が夫に向かい声を荒げた時、そう思いました。
ぶつかる代わりに妻は店を閉めようと夫に頼み、夫は妻を気遣い、生き甲斐の店を閉め、林に毎日逃げる。お互いがお互いを思いやり、不満を持ちつつ毎日を過ごす。その突破口が、床下収納庫やったんですね。「僕はお前と薬だけあったら、もう何もいらんねん」と達観した夫を、私は世間の目から守っていると言う自負。そやからヒナ子は、生き生きしてきたんでしょう。
そんな夫婦に手土産のような話を持って、5000人分の薬を頼みにくる真城。真城さんて、けったいな人です。まず日本語が不自由(笑)。いつもポーカーフェイスで表情穏やかなれど、それしかない。この俗っぽい世界観から、浮きまくり。まるで〇〇人やんかと思っていました。真城さんの使いの宅配の兄ちゃん(冨浦智嗣)かて、三分経ったら、お腹壊すやなんて、あんたはウルトラマンか?と思っていたら、これ全部伏線ね(笑)。うぅ、苦しい!
漢方薬の丸薬は、あんな風に作るんですねー。不眠不休の夫婦の息の合った、そしてくたびれた様子が、夫婦の年輪を絶妙に表していました。
ここから怒涛の展開(笑)。舞台あいさつで阪本監督は、「直美さんを遠くに連れて行きたかった」と仰っていますが、藤山直美は「脚本読んだとき、とうとう監督、頭おかしなったんやと思いました」(場内爆笑)。それでも出演したのは、「私が映画に出るなら、阪本監督作品だけです」と、全幅の信頼を寄せているからだそうです。
この作品のテーマは、大事な人を亡くした時、人はどう思うのか、どう生きるのか?だそう。この言葉は鑑賞後聞きましたが、君子がヒナ子に、「負けへんかったでー!って、言うてやりや!」と言う台詞に、ふいに涙が出た私。誰よりも大事な子供を失っても、お腹がすくからご飯を食べる。そんな時、親なら何と私は浅ましいと、辛いでしょう。やがて苦しみは癒えなくとも、掃除して洗濯して、また誠実に日々を生きてしまう。それは哀しみに負けへん事なんやね。勝たんでもいいやん、いや勝ちたくなんかないわ。君子はそこをわかっていたから、「勝った」ではなく、「負けへんかった」と言ったんでしょう。
最後はキツネに摘まれたの如く、超びっくりしました。そうや、薬局の元お客さん(麿赤兒)、「もうじき三回忌やな」と言ってはった。真城さん「二日かかる」と言ってはった。そうやそうや、うんうん。「なんたら」を一万回くらいしたんやわ(観れば意味がわかる)。もうどっちゃでもええわ。嬉しいから、それでええもん。「観た人に、幸せな気分になって欲しかった」(監督)そうで、まんまと手の内にはまりました。
監督も主演女優も大阪出身と言う事で、ほんまの大阪を映したかったのだとか。「東京が描く大阪は、大阪ちゃうでしょ?あれは東京が自分の立ち位置のため、描いた大阪です」(直美談)。確かにきれいでも汚くもない、日常の大阪弁が会話され、おばちゃんたちは、誰もヒョウ柄を着ずとも、大阪感満タン。団地からは毎朝「ありがとう、浜村淳です」が聞こえてきます。地方地方に、「浜村淳」がいてるねんやろうなぁ。
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06月08日(水)
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