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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「共喰い」
と感じるのは、ひとえに女優さん達の好演のお陰。何かイマイチ円は描き切れていません。女たちが逃げなかった重要な要因は、セックス以外では、殴らなかったからのはず。得体は知れませんが、仕事もしているし、決してヒモではなかったはず。日常では普通の円が、一旦スイッチが入ったら、狂気を孕む人だと思われます。それが仁子の言う「あの男がああいう目つきをするときは、気をつけんといけん」と言うセリフだけで、円の「あの目」は、私は劇中わかりませんでした。雨の中、逃げた琴子を必死で探すのは、絶倫で暴力的な性癖を持つ自分を受け入れてくれる女は、そうそういないからだと思いました。愛より性の男なのです。自分の性欲に翻弄され、その滑稽さも哀れさも自覚できない円。その無教養の哀しみが、こちらに伝わってこないのです。なので、千種を犯した事に平然としている様子も、ただの頭のネジが飛んでしまっている男に見えて、拍子抜けです。

重要なはずの円と琴子のセックスシーンなんですが、もうちょっと荒々しく描けなかったもんか。琴子の様子は良かったです。これから殴られるとわかっているのに、嫌がっていない。ちゃんと感じている風でした。それを変態ではなく、受け入れていると感じさせます。心と体が一致している訳ですよ。篠原友希子、上手かったなぁ。円はもっと動物的に描くべきでは?人間に見えてはダメと言うか。それを事後の後も萎まない、フェイクの性器で表現しているなら、違うと思います。

そして円に犯された千種の様子にも違和感が。傷ついているのはわかりますが、あんなに冷静にいられるもんかな?あの年頃の子が。極めつけは「マァ君は悪くない」です。いや約束の時間に来ていたら、親父にやられる事はなかったでしょう。あの台詞も原作にあるのかな?ホントにこの子はわからない。

父親を殺しに行く息子を制し、自分が向かう仁子。自分たち夫婦の因果を、息子に引き継がせてしまった事に、ずっと自分を責めていたのでしょう。殺す時を待っていたのかも。う〜ん、でも片手の女に、酔ってもいない大の男が、あんなに簡単に殺されるもんかな?このシーンも、もうひと工夫あればなぁ。商売道具の義手で仕留めたのは、もう娑婆には戻らなくても良いと言う母の決意に感じて、良かったです。

原作はここまでらしいのですが、この後も映画は創作で続きます。それは蛇足に感じました。仁子は「あの人」と言う言葉を用いて、天皇の戦争責任を問う発言をします。う〜ん、全くのこじつけに感じました。戦争で壮絶な痛手を負った人はたくさんいる訳で、懸命に生きてきたから、今の日本があるんじゃないでしょうか?その事に執着している暇はなかったはずです。この恨み言のせいで、凛とした仁子の人格が、少しぼやけてしまいました。

琴子も、お腹の子は浮気相手の子で、円の子ではないと言う。女のしたたかさを表現したかったのでしょうが、これも琴子のキャラを汚しています。私はそこで産むから「あの男の子供」になるわけで、知らない土地で自分一人で産めば、「私の子」になるからだと、彼女が逃げた理由を解釈していました。円のあの喜びようは、多分避妊していなかったのでしょう。同時に複数の男性と避妊なしのセックスをすれば、誰の子かわかりません。ドラマや映画で「女はわかるのよ」的な子宮信仰的な発言がありますが、そう思い込むのは、馬鹿な女だけです。琴子はそんな馬鹿には、私は思いたくないなぁ。

千種は仁子の魚屋を継ぎます。あんた、学校は?喧嘩している二人を心配する千種の母が、仁子の口から出ますが、ちぐはぐでしょう?当然反対するはず。それを押し切った風な台詞もなし。そして自分の性癖を気にしてセックス出来ない遠馬の手を縛り、騎乗位でセックスする千種。う〜ん、手を縛ったくらいで、気持ちが落ち着くかな?男の力ならその気になれば、足で押さえつけたり、踏みつけにしたりできると思います。血に苦しむ葛藤の落としどころがこれかい?と、また落胆しました。


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09月19日(木)
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