ID:10442
ケイケイの映画日記
by ケイケイ
[927768hit]

■「ヒッチコック」
しかし夫は駄々っ子のように、妻に求めてばかりです。遅々として進まぬ「サイコ」の撮影に苛立ち、共同の脚本を書きたいと言う旧知のクック(ダニー・ヒューストン)との間を嫉妬する夫に、妻は胸のすく啖呵を切るのです。「私は30年、あなたの仕事を支えてきた。浮気にも耐えた。それでも人は、あなたの周りに集まり私には知らん顔。クックと仕事するのは楽しいからよ。私はあなたの妻のアルマよ。あなたが契約した女優じゃないのよ!」。もうこの歳で夫の言いなりになる筋合いはない、と言う意味です。このアルマのセリフに、拍手喝采した古女房は、私だけではありますまい。

一見何でも相談する夫に見えますが、結局は自分のしたい事を自由にやっているだけ。その影の妻の内助の功なんて、当たり前過ぎて目にも入らない。妻でもなく母でもなく主婦でもない快感を、クックとの仕事でアルマが感じるのは、当然なのです。私がサイトを続けている原動力が、正にこれ。うちのように夫が天才でなくとも、自分に何がしかの才能のない妻とて同じなのだと、感慨深いシーンでした。しかしアルマには落とし穴が。

アルマの夫は天才ヒッチコック。対する妻は才能ある脚本家であっても天才ではない。人々が彼女に求めているのは、脚本家ではなく、糟糠で才色のヒッチコックの妻なのです。この人としての悲哀を、赤い水着やクックが女を連れ込む様子で、女としての悲哀にまで発展させる筋立てが上手いです。でも才女のアルマですもの、傷ついたままでは終わらない姿に、また惚れ惚れします。

夫婦とは結局相性なのだと思います。ヒッチが天才であっても、アルマなしで大成したのか?才女のアルマとて、他の天才と添っても、ヒッチほど世に出る人に仕立て上げられたか、それは疑問です。この作品を観て、そこを痛感しました。お互いそこに気づいたのでしょうね。夫の窮地に、「あなたを愛しているわ」な甘い言葉ではなく、「私もこの家に住みたいの(制作資金捻出のため、抵当に入っている)」と、ハードボイルドに立ち入るのは、長年妻をやってきた人にだけ許される、特権ですって。駄作の烙印を押された「サイコ」が、見る見る傑作に再生される過程がスリリングです。

映倫との折衝、オーディションの風景、セットの様子や撮影現場のピリピリした、でも熱気のある様子は、映画ファンとして見ていて楽しかったです。暴露的な話しは、ヴェラ・マイルズが「めまい」を降板理由が妊娠で、彼女をスターにしたかったヒッチの機嫌を損ねたと言うくらいで、私は品が良くてこの作りは好きです。面白かったのは、映倫の検査では、リーのバストトップが映っていると、ダメ出しが出たのに、実際はどこにも映っていなかったと言う件。演出とカット割りって凄いですね。見えない物まで見えちゃうのだから。


印象的だったのは、グラマラスで美しい女優たちが、一様に「私は妻で母で主婦。家に帰れば家族が待っている」と、とても家庭を大切にしている事でした(それでもジャネット・リーは、その後トニー・カーチスと離婚するけどね)。それをヒッチは「女はわからん・・・」と独白します。簡単じゃないの。女優も大事だけど、女としての人生はもっと大事と言うことよ。きっと最後まで妻の事も理解仕切れなかったはずです。夫としては凡人だったのでしょうね。

私はヘレン・ミレンが、特にこの近年大好きで、ちょっと割増の感想かも?でも映画好きには好意的に受け入れて貰えるはず。今年の「午前十時」は、確か「サイコ」が入っていたので、是非再見したいと思います。

04月18日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る