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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「おとうと」
鉄郎に貸した金を返してほしいと、吟子の前に元同棲相手のキムラ緑子が現れます。金額130万。ちょっとしたやり取りの後、証拠の品を見せてはいますが、あっと言う間に用立てる吟子に絶句。130万ですよ?払う義務はないでしょう?相手だって筋ちがいは重々承知だと、お手柔らかでした。経営は右肩下がりで苦しいというセリフも出ている中、お人好しとしか言いようがないです。しかしこの後、私の怒りが爆発します。

しばらくして、のこのこ出てきた鉄郎が、緑子のことを「頭の弱い女」と詰りますが、その時吟子は「何て事言うの!あの可哀想な女の人に!」と怒ります。可哀想?可哀想だから、あんた130万なんて、身の程知らずの大金を立て替えたの?緑子はケバい化粧に安物のセンスの悪い服装で、表面は明らかに教養の足りない下品な女性でした。しかし吟子に対しての言葉の使い方や心映えは、社会的にきちんとした、常識的な価値観を持つ人でした。だから130万貯められたんですよ。ちっとも可哀想な人じゃありません。それを可哀想とは、何たる上から目線!緑子の教養の無さを強調するショットの羅列は、このためですか?これは「大金持ち」の感覚ですよ。本当の130万の値打ちがわかっている人なら、こんな脚本書けません。

鉄郎が癌で余命いくばくもなく、大阪で身よりの無い人を預かる民間の慈善団体のホスピスで看護されている事を知り、駆けつける吟子。社長(小日向文世)は好人物で、赤字で利益の出ないこのホスピスを一生懸命運営しています。確かに立派ですが、先の130万の件がちらついて、運営に生活保護を充てる話など出てくると、監督の意図に偽善を感じてしまう私。

姉弟だけの兄弟じゃないでしょう?兄はどうした?確かに兄は小春の結婚式で鉄郎に縁切り宣言していますが、家族の絆を描きたいのなら、兄に連絡しない吟子も不可思議。母が病弱で、吟子が母代わりに育てたという背景は語られますが、それだけではこの弟に対しての執着ぶりには説得不足。鉄郎の亡き夫の話は納得出来ますが、それで吟子が出来の悪い弟に負い目を感じる必要はありません。これは親が負い目を感じる類の話です。ずっと感じていたのですが、どうして鉄郎を妾腹の子を引き取ったとか、そういう設定にしなかったのでしょうか?「サマー・ウォーズ」に感動したのは、妾腹の侘助を分け隔てなく慈しむ、栄の姿があったからです。

臨終の際のシーンにも怒りが爆発。それまで甲斐甲斐しく世話をしていて、好感を持っていた小日向の妻の石田ゆり子ですが、虫の息で苦しんでいる鉄郎に「もうすぐ楽になるわよ」ですよ?この意味は「もうすぐあの世へ行くから楽になるわよ」です。何たる無神経な発言!そこには「可哀想なあなたを、心豊かな私たちが診取ってあげるわよ」的心を、私は感じてしまうのです。未見ですが「サヨナライツカ」の予告編でも、とっても怖そうな印象の石田ゆり子ですが、邦画の世界で「石田ゆり子・モンスター女優計画」でもあるんですか?

私が危篤の母のベッドの横で、仲の良かった看護師さんに今までの礼を述べた時、「患者さんの耳は、亡くなる間際まで聞こえています。今そういう事は控えて下さいね」と優しく教えて下さいました。病院とこの施設は違うでしょう。しかし人の最後を診取る場所であることは変わりないはず。こういう施設では当たり前の発言なら、私は野垂れ死にの方がいいです。

同室の他人である横山あきおはいつまでも居るし、姉バカの吟子は娘に電話しても兄には連絡しない。滅多に会わなかった姪より、一緒に育った兄弟の方が血は濃いんですよ。80歳の監督が、今まで身内の臨終を迎えた事がないはずはなく、このデリカシーの無さと矛盾には、怒りと疑問がいっぱいです。


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01月31日(日)
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