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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「ぐるりのこと。」
翔子の育った家庭は、父は女性を作り出奔、母(倍賞美津子)が女手一つで兄(寺島進)と翔子を育てました。怪しげな医療行為でお金を稼いだり、新興宗教の教祖めいたいことをする母の姿や、昔は悪さしてましたけど、今は成金です風の兄の様子から、翔子がきちんとすぎるくらい几帳面に真面目なのは、この家庭環境からぐれないように曲がらないようにと、自分を律することで身を守っていたのでしょう。私も育った家庭が複雑なので、似たような思いを抱いて暮していました。

翔子が「こんなはずじゃなかった。もっとちゃんとしたかったのに」と号泣する場面では、私も号泣。彼女が家庭に夢を描き、どんなに賭けていただろうかというのが、痛いほどわかるのです。私もそうだったから。

カナオはというと、子供の頃に父親が自殺。今は親兄弟とも疎遠と描かれ、彼も一般的な幸せな家庭に育ったとは言い難いのでしょう。飄々として優しくていい人なのはわかるけど、何も考えていなさそうなカナオ。彼には深く物事を考えないことが、自分の身を守る方法だったのでしょう。病んでいる自分に何も言わない夫は、翔子にはとっても物足らなかったはず。責められた方が気持ちが楽になる時もありますよ。そう、喧嘩した方が、スカッとする時があるんです。二人が映画の中で初めてぶつかる場面は、翔子の気持ちを前面に出していたのに対し、控えめながら、カナオがいかに妻を大切に思っているかも伺える、本当に夫婦らしい場面でした。

カナオの仕事は法廷画家なので、この10年間の事件が、犯人の名前を変えて登場します。幼女連続誘拐殺人事件、オウム事件、小学生殺傷事件など。カメオ出演的犯人役で秀逸だったのは、友人の子供を殺した母親役の片岡礼子。彼女は橋口作品の常連です。涙を流し続け、すみませんと繰り返しながら、どす黒いものが、未だ彼女の心を覆いつくす様子が、手に取るようにわかるのです。他の犯人役は異常者ぶりを際立たせていたのに対して、あまりに違う演出方法だったので、これが監督のこの事件に対する感想なんだと受け取りました。セリフも全然少ないのに、すっごく上手でした、片岡礼子。

法廷を映しながら、不動産屋の兄のバブル期から以降の衰退ぶりも描き、上手く時代の移り変わりと、夫婦の変遷を絡めていました。特に最初は素人だったカナオが、辛い事件では描きたくないと反抗したりしていたのが、最後の方では事件の内容に振り回されず、きちんと職業画家として成長した様子を見せてくれます。それは法廷画家としてだけではなく、夫婦の葛藤を潜り抜けた、カナオの夫としての成長をも感じさせるものでした。

木村多江には、今年の主演女優賞を全部あげちゃって下さい!静かで古風なイメージを覆す大熱演なのですが、これがとても自然に受け取れるのです。大竹しのぶ風の人が演じたら、辟易してしまいそうな翔子を、こんなにも素敵に共感を呼ぶ人に見せてくれたのは、お礼を言いたいほどです。リリー・フランキーは、演技なんだか地なんだか、全然境目がない風でしたが、とってもチャーミングで、なるほど、「東京タワー オカンとボクと、時々オトン」の人だわと、ものすごく納得出来たカナオぶりでした。

予告編に出てきた、天井を見つめてふざけあいながら笑う二人。ああしたシチュエーションは、恥ずかしながら未だにうちもあります。こののんびりとした、豊かにゆったり流れる時の幸せは、夫婦だけが分かち合えるものだなと思います。うちもこの映画の夫婦みたいに、一見は全然合わないんです。でも私たち夫婦と似ているような似ていないようなカナオと翔子が、私たちにぴったり重なり合うとき、夫は私にとって、とても大切な人だと再確認しました。

天井の絵は、翔子が描いたものです。彼女の復活を表す、色鮮やかで優しい生命力に溢れた絵を、どうぞご覧下さいね。

06月26日(木)
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