ID:10442
ケイケイの映画日記
by ケイケイ
[928344hit]
■「ある愛の風景」
嫁のサラを元気づけるため、ヤニックにミカエルに代わって台所のリフォームをするよう、さりげなく促す父。男手のなくなった心細い女所帯の支えとなることで、今までお互い苦手だったサラとヤニックは、急速に接近します。
兄のいない家庭で、人生で初めて信頼される場所を得るヤニック。兄の死の哀しみを共有するには、長い歴史や確執のある両親では、辛すぎたのでしょう。サラとてミカエルの弟であるだけで、それだけで安心出来たことでしょうから、この二人が支え合う様子は、とても説得力がありました。
しかしこの感情は、お互いの寂しさがなせることだと、理性的に一線は超えない二人の様子は清らかです。そして自分の気持ちを静めるように、ある夜は娘を抱き締め、ある夜は夫と共に眠ったベッドに裸でくるまり、夫の残り香を貪るように求めるサラには、同じ妻という立場の私は、本当に泣かされました。こういうきめ細かい女心の描写は、男性監督では演出出来ないと思います。
ここで帰ってきたミカエルとの三角関係が起こり、ウェルメイドなメロドラマが始まると思いきや、ここからの方向転換がすごく、大変感心しました。
ミカエルの変貌は、同じ捕虜として支え合ってきた部下を、アルカイダの命令によって、殺してしまったことに起因しています。今まで敵を相手に「殺人」を犯したことがあったかもしれないミカエルですが、相手は罪のない味方なのです。様子のおかしい夫に気づき、何があったのかとサラは尋ねますが、誰にも言えず悶々とする日々を送るミカエル。家族に話したとて、その場に居ない者には、理解されないという思いがあったのでしょう。
同じ兵士なら痛みを共有してくれるかもと、告白しようと同僚を訪ねますが、やんわり遮られます。同僚も人の分まで重荷を背負いたくはないのでしょう。「言いたくないことは、言わなくていい」。一見耳触りの良い言葉ですが、とても冷たい響きがあります。
妻と弟の仲を邪推するミカエル。深い中になる寸前で思い留まった二人は、困惑します。「本当のことを言えよ。俺は死んでいたんだから、仕方ないさ」。ただの嫉妬ではないのでしょう。あの時部下を殺さなくては自分が殺される。あの状況ではしかたなかったのだ。妻と弟だって仕方ないのだ。だからそうであってくれ。深い仲になった二人を受け入れることが、罰を受けること、部下に対しての贖罪になるという気持ちが、ミカエルにはあったのではないかと思います。
自分の罪にじっとしておれず状況を隠し、部下の妻子を訪ねるミカエル。部下も自分と同じく夫であり父親であるという事実を目の当たりにするミカエル。何も知らない赤ん坊が、自分の父親を殺した彼に微笑むことに、堪らなくなります。一連のミカエルの演出には、強く反戦の心が込められているのだと、感じさせられました。銃撃戦もなく血も流さないのに、こんなに切々と戦争の悲惨さをかんじさせる演出力に、また感嘆します。
神経衰弱に拍車がかかり、「みんな殺してやる!」と叫びながら台所をめちゃくちゃに壊し、暴力をふるうミカエル。ヤニックと警察に助けを求めるサラ。「ただの兄弟げんかだよ」と、血だらけで警察に言い訳するヤニック。しかしサラには守るべき娘たちがいるのです。私はサラの取った行動は賢明だったと思います。
刑務所に面会に行き、真実を話してくれ、そうでなければ二度と会いはしないと夫に告げる時のサラは、妻より母としての部分が勝っていたと感じました。今の私なら、夫が墓場まで持って行きたい秘密は無理に聞きはせず、自分から言いだすまで見守る方を選ぶと思います。しかし守るべき年齢の子がいるサラと同じ状況なら、私も痛みを共有するべく聞きたいと思うでしょう。何故なら待つ時間がないからです。そしておずおず泣きながら話し出す夫を抱く妻の姿が、トップの画像です。安堵した私は、ここでまた思いきり泣きました。
[5]続きを読む
01月04日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る