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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「いつか読書する日」
一瞬映る艶やかな母と対照的な地味な美奈子、「女癖が悪かった」と父を語り、一生平凡に生きると誓ったと言う槐多。親の不行跡で人生が変わってしまったのがわかります。容子の死後、彼女に導かれるようにして会い、結ばれる二人。「今までしたかったこと、全部したい。」「全部して。」何と年齢の割りに味もそっけもない、だけどこれ以上の表現があろうかという会話が胸に染みます。二人が結ばれるシーンも、丸で10代の子の初体験のように気ばかりあせり、中々服が脱げない様子に微笑みつつ、瑞々しさに心打たれ、やはりセックスは愛あってのものだと、キス一つに泣きじゃくる美奈子を見てそう思いました。美奈子がおしゃれな勝負下着ではなく、おばさん下着姿なのも、返って初々しくて良かったです。
気にかけていた虐待されていた子を救うため、溺れ死んでしまった槐多に、そんな、こんな終わらせ方あるかと少々怒りに似た気持ちになりましたが、それは違うのだと、今思っています。笑顔を浮かべた槐多の死に顔は、前夜長年の想いを遂げた喜び、自分を重ねていた子の命を救えた嬉しさがあり、平凡であることを人生の指針としてきた彼にとって、一世一代の充実した時に死を迎えたことを表していたのかと思います。
それにお互い35年、いっしょの町に住み顔を合わせていたとて、実際暮らしたり付き合ったりしたら、こんなはずではなかったの思いも出るでしょう。二人の愛ではなく「恋」の終焉に似つかわしいように思います。美奈子なら、一夜の思い出を胸に、これからも正しく生きていけるでしょう。長年愛した人も自分を想い、そして成就したことは、これからの彼女の人生に誇りと自信になるはずです。
美奈子の親代わりの夫婦も印象深かったです。最初えらくこの奥さんはボケの進み始めた夫を上手にコントロールして、受け入れているなぁと思っていたら、介護手記を断るシーンで夫をさらし者にしたくない気持ちに触れさせ、最後は略奪愛で妻子から奪った人だったと美奈子に語る段で、妻の本心を悟らせるように出来てありました。きっと自分の罰だと思っていたのでしょうね。最後まで夫を手厚く介護するのが、妻子への贖罪だと思っていたと思います。脚本上手い!
「いつか読書する日」というタイトルですが、美奈子が新刊の広告を切り取ってとってあるシーンがありました。読んでいた本や家にあった膨大な蔵書は、みな古典や古い書物だったように思います。それは35年前、槐多と別れてから思い出から抜け出せない彼女の心を表しているように感じました。槐多の死後、これからどうするの?の問いに「本でも読みます」と答える本は、切り取った新刊ではないでしょうか?「いつか読書する日」は、新しい美奈子の人生の始まりの日、私にはそう思えました。
10月07日(金)
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