日々の泡

2012年03月15日(木) 有吉佐和子著「夕陽丘三号館」を買う

15日は、みをつくし料理帖の発売日だ。と、言って書店に寄っている暇はない。ちょうど夜の公園を朝の通勤時に読み終えたので、手持無沙汰な思いで、もし売っていたら超ラッキー程度の気持ちで京王線のキオスクの書棚を覗く。やはりなかった。ふと目に入ったのがこの一冊。帯に「有吉佐和子の名作復刊第二弾」とある。(第一弾は「青い壺」だ。見覚えはあるが、読んだことはない)ついつい買ってしまう。分厚いし。848円だし、通俗小説みたいだし、良いところはないのだが、(通俗小説だからこそ)つい惹かれて購入。一流会社勤務の夫の転勤に伴い、東京で憧れの社宅暮らしをスタートさせた音子、とあらすじが書かれている。古き良き時代を懐かしもうと思う。それにしても有吉佐和子が亡くなる少し前に「笑っていいとも!」に確か橋本治に紹介されて出演した時のことが忘れられない。壊れていた。確かに壊れていた。壊れかけていたとでも言うべきか。あれは予兆だったのか、病が脳に回っていたのか。不思議である。「恍惚の人」を読んだが、あの著者がこんなことになるとは。



2012年03月13日(火) 川上弘美著「夜の公園」を借りる

2002年から2005年にかけて中央公論に掲載されたらしい。普通の主婦「りり」、夫の幸夫、りりの友人で独身の高校教師春名。春名は幸夫とつきあっている。りりが夜の公園であった暁。アルバイトをして生計を立てている。トレーニングが好きだ。自分で自分を律するのが好きらしい。その弟の悟。悟は春名を愛している。裏切られれば殺してしまう程に。そんな面々がひとりずつ語る。こういう形式は、誰かに感情移入したい私はあまり好きではない。ただ、人の主観に騙されずに済むという利点はある。「私はどうしてここにいるのだろう」というのはりりの言葉だったか、春名だったか。春名は結局悟とも幸夫とも違う他の人との結婚を決める。りりは、子供が生まれることを暁にも告げることなく一人暮らしを始める。それでも、お腹を蹴る子供を感じながら、「今、わたし、ここにいる」と強く思うのだ。以前はいろいろなことをこんな風に考えたなと思う。いまはもう思わない。その日その日で手一杯だから。



2012年03月05日(月) 田中慎弥著「共食い」読了

芥川賞の2作品が掲載された文芸春秋2月号を買った。石原都知事のからみで少々興味をひかれたので、久しぶりに読んでみる気になった。結果はやはりひどいものだった。気色が悪いとしか言えないものだった。もう一作はまだ読んでいない。



2012年03月02日(金) ジャニータ・シェリダン著「珊瑚の涙」読み始め.

「翡翠の家」に続く第二弾。 楽しみにしていたのだが、途中で大量の「社葬」本を読むことになってしまい、2回ほど図書館の返却期限をNETで延長したのだが、ついにそれでも2週間遅れてしまった。とりあえず返却。裏に書いてあったあらすじを一応転記しておく。「ハワイ出身の駆け出し小説家のわたしが書いた作品がえいがかされることになた。ハワイの本当の姿を再現するため、先住民の村の撮影許可を求めて故郷に向かったが思い出の村では祭壇に生贄がささげられ秘密の儀式が行われているようだ。」



2012年02月25日(土) 佐伯啓思著「反・幸福論」をジュンク堂で購入

ジュンク堂と言っても、最近閉店となる新宿の方の店ではなく、吉祥寺の方である。本当に、ここに来ると生きていることが嬉しくなるような品ぞろえだ。でも、とりあえず社葬規程の参考になる本を探そうと企業の棚を見ている内に、店内の暑さもあり、すっかり疲れてしまって 結局は新聞の評論欄で読んだこの本一冊を買って買える。「無縁社会で何が悪い」という章では 近代以降、日本人は人と人のつながりを排除しようとやっきになってきたくせに、今更無縁死が紙面を騒がせているのはおかしいという内容。



2012年02月24日(金) カルロス バルマセーダ著「ブエノスアイレス食堂」読了

朝、読了。軽い嘔吐感を感じた。あくまで軽くであるが。原題を直訳すると「食人者の指南書」となるそうだ。知っていたら決して読まなかっただろう。昨年ノーベル文学賞をとった。芥川賞ならともかくノーベル文学賞をとった作品を読もうと思ったのは随分昔のことで、その時もラテン文学だったが全く相いれないものを感じ、それ以来興味がなかったのだが、今回は「食堂」という言葉に惹かれて図書館の予約を入れておいた。随分前の話だが、図書館からメールが来たのでこのタイミングで読むことになった。結果、やはりラテン文学だった。「百年の孤独」「蜘蛛女のキス」などなど。訳者は邦題について、内容の暗黒ぶりと対照的なのどかな調子が絶妙だし、食堂の年代記でのあるのだからふさわしいと書いているが、詐欺にあったような気がしないでもない。自分にとって害になる人間を殺害しては、死体を料理にして処理してしまうのは、よくある話だが、最後に自らを料理にしてネズミに饗してしまうところがすごい。



2012年02月20日(月) J・ リー・キャレル著「骨とともに葬られ」上巻読み始め

会社の後輩のOさんから上下巻を借りた。久しぶりに昼休みに遭遇したのだが、昨年暮れにご不幸があり、そのせいで、慰められるような?本ばかり読んでいたと言っていた。で、この本だが、本屋で手に取ったことがあるような気がするが、その時は疲れていたせいかシェイクスピアという名前に恐れをなしてやめたのだった。シェイクスピアを研究していたケイトは師の慰留も振り切り舞台の世界に飛び込む。いまや演出家として大きな舞台もまかされるようになった。その師ロザリンドとは喧嘩別れのような状態だったが久しぶりに訪ねてきたと思えば、すぐに殺されてしまう。ケイトにとんでもない約束を一方的に押し付けて。一体何を依頼されたかもわからないままに、気が付いたときには どうしようもない殺戮の世界に入り込んでいた。やがてロザリンドが残した謎がわかってくる。それはたった2回上演されただけで、歴史から忽然と姿を消した戯曲「カーディニオー」の手掛かりを追う事だった。文学的な価値もさることながら金額的な利益ももたらすという幻の戯曲を求めて 錯綜する追っ手。命の危険に晒されながら、ケイトは驚愕の事実にたどり着く。シェイクスピアとは現在しられている人間ではなく、別の人物だったというのだ。学問もなかった一介の市民にあの文学作品が書ける筈がないというのがその根拠だ。日本の写楽探しのようなものか。上巻を読み終えたところで下巻をどこかにしまいなくしたことに気づく。(しかたなく3月3日、図書館で借りてきた)



2012年02月10日(金) 川上弘美著「センセイの鞄」読了

著者は若い女性かと思っていたが、読んでいる内に、私と時代背景は同じような気がして、通勤前にPCで調べたら、なんと「蛇を踏む」の著者だった。96年に芥川賞をとった作品だ。先生の奥さんの奇矯な行動が面白かった。ワライダケを食べて一日笑い続けたり、死んだ犬の生まれ変わりと称して食事中泣き続けて、悲しんでいる息子の不興をかったり。部署の新年会で話が出て早速借りた一冊だ。



2012年02月05日(日) 図書館にて社葬関係の本を借りる。

数冊借りたが、どれも古いものばかりであまり役に立ちそうになかった。



2012年02月04日(土) レスリー・メイヤー「勇敢な七面鳥」読了

ついに農場がカジノになるという着工式の場面。なんと先住民の遺跡が出てきて工事は無期延期となるのだった。 


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