日々の泡

2010年12月04日(土) ウォッシュバーン著「桃のデザートには隠し味」「休日には向かないクラブ・ケーキ」

図書館から先日予約を入れておいた表題の2冊の本の準備が出来たと言うメールが来た。あちらこちらのミステリーのシリーズを読み散らしているので一体なにがなんだかわからない状態であるが、このシリーズは退職した3人の教師が共同生活をしているのがなかなか楽しい。早速買い物の合間に図書館により、予約室のみに寄って借り出してきた。



2010年12月03日(金) ジル・チャーチ著「死の拙文」読み始め

或る夜突然夫から他に好きな人が出来たことを理由に別れを告げられたジェーン。夫はその夜、交通事故に遭って死んでしまう。その浮気相手はシリーズ第1巻の「ゴミと罰」で妙なことから判明した。そのシリーズ第3巻がこの本らしい。2巻目の毛糸よさらば」は借り出されていた。まあ、こういった前後はよくあることなので気にしないで読み始める。今回はジェーンの母親が登場する。この母に付き添う形で一緒に自分史の書き方講座に出席することになる。まだ殺人は起こっていないが、どうも教室は第一回目からきな臭い。一人の暴君のような女性が、受講者を次から次へとこき下ろしていく。



2010年12月02日(木) 「ゴミと罰」読了

こういった日常の中で主婦が探偵として活躍するミステリーをドメスティックミステリーと名づけることもあるようである。ジェーンと隣の家の主婦シェリーの聞き込みは思わず噴出しそうなくらい笑えた。知恵を絞った挙句に、いきなりパーティに参加する予定だった主婦に向かって恐喝されていなかったかと聞き出したり、いかにも全て知っていると思わせぶりに聞き込みを続け、夫の浮気相手に白状されてしまうという思いがけない結果になったり。それでも、片手を汚してギプスをはめている女性が実は怪我を装っているだけだったと気がついたのはさすが主婦であった。重く滑りやすいボウルにいれたポテトサラダは両手が使えるジェーンですら取り落としたのだった。まだまだこのシリーズは続くらしい。3冊ほど既に借りてきた。そんな状態のところに、先日予約を入れておいた例の退職教師3人の共同生活のシリーズ2冊の準備が出来たと図書館からメールが届いた。こんな具合に私の脳みそはやはりぐちゃぐちゃになりそうだ。忘れないように序文を丸写しする。目覚まし時計は午前6時10分に鳴った。ジェーンの騒々しい一日の始まりだ。思春期まっただなかの上の子達を起こしまわり、甘えん坊の末っ子にも声をかける。裏庭恐怖症の飼い犬と猫たちにもえさを要求される。」



2010年11月29日(月) ジル・チャーチル著「ゴミと罰」読み始め

本当はゾラの「ムーレ神父のあやまち」を通勤のお供に持っていくはずが、机の上に置いていってしまった。でも、昨日、ちょっと気分転換の意味でこのミステリーをブックカバーまでかけてバッグに入れておいたのが幸いだった。まあ、一休みと言うことでこちらを読み始める。相変わらずおせっかいで好奇心の強い主婦が主役のミステリーらしい。お決まりのクッキング関係も半端ではない。なにしろ各々料理を持ち寄ってのパーティの日に殺人は起こるのだ。持ち寄りパーティは普通その場に料理を持ってくるのだが、この主催者シェリーは完ぺき主義者で、サプライズは好まないらしい。受け持ちを決めておいて 事前に自分の家に持ってくることを強要している。たまたま義母と空港での乗継時間を利用してのランチに出かけた隙に掃除をたのんだ女性が殺される。キッチンには、続々と夜のパーティへの出席者がそれぞれの料理を持って立ち寄っている。一体犯人は誰なのか。目的はなんだったのか。推理小説をたくさん読んでいるので、目的はいくらでも思い浮かべることができると豪語したヒロインがかなり可笑しい。



2010年11月28日(日) ジル・チャーチル著「ゴミと罰」他図書館で借りる

16:45に家を出て、先日読んでいたペニーフットホテルの巻末で見つけたジル・チャーチルを早速借りてくる。本当はこんな日曜日の夕暮れにわざわざ出かけることはなく、「ムーレ神父のあやまち」を読むつもりなので不要なはずであるが、なんとなく一冊はこういったミステリーを持っていないと味気ない気がするせいか。このシリーズには何冊かあるらしく、毛糸よさらば、死の拙文、エンドウと平和等を借りる。他に例の「ジーブス」シリーズ 一冊目は残念ながら今日も誰かが借り出しているらしい。他にウッドハウスの3巻物らしい「ブランディングズ城の夏の稲妻」を借りてくる。残念ながら借りたかった例の退職教師3人が共同生活しているシリーズの一巻目ピーチパイがどうとかという本は借り出されていた。まあ、活気があって良いことだ。



2010年11月27日(土) エミール・ゾラ著「ムーレ神父のあやまち」読み始め

紅葉の井之頭公園へ。一眼レフ片手の素人カメラマンが桜の季節よりも真剣に見えるのは気のせいか。ただ、私はやはりこれから「生の季節」に向かう春の方が好きだ。昔は身の引き締まる冬が好きだったのだが。で、まだ公園脇のコーヒーショップで数ページを読んだだけだが、面白そうだ。



2010年11月26日(金) ケイト・キングズバリー著「バジャーズ・エンドの奇妙な死体」読了

奇妙な死体」とは、死体が真っ青だったからである。ペニーフット・ホテルシリーズの第2巻。1巻目は確かアマゾンで題名にひかれて買ったように記憶する。料理研究家&料理探偵という肩書きの貝谷郁子が解説を書いていて英国のお茶についての記述が興味深かった。登場人物は、まずホテル経営者であった夫を10ヶ月前に病気で亡くしたセシリーは、一人でホテルを切り盛りしている。と言っても、バクスターという非常に古風な、しかしこの上なく頼りになる支配人に助けられている。事件はバジャーズ・エンドの岬に建設している灯台の工事現場で起こる。ここで、登場人物を書き写しておきたい。セシリア・シンクレア ホテルの女主人/ジェイムズ・シンクレア セシリーの亡き夫。フィービ・カーター・ホームズ 同ホテルの催し物担当。未亡人 夫は牧師であったが事故死し、その後をついで牧師となった息子を自慢に思っている。かなり豊満なタイプ。凝った帽子をいつも被っているらしい。マデライン・ペングラス 同ホテルの装花係り。アルシーダ・チャップ ホテルのメイド頭 口うるさいが愛情に溢れた女性。メイドのガーティの言葉遣いをいつも叱りながら、いろいろ面倒を見ている。ガーティ・ブラウン 恐ろしく言葉遣いが悪く粗野なタイプ。以上が常連の登場人物。 ドリーマシューズ ティールームの女主人、ルイーズ アトキンズ ティールームの新しいウェイトレス。 次は被害者の現場監督、作業員。 結局ルイーズが夫の任地であった熱帯地区から持ってきた毒矢で殺人を行っていたのだが、夫や娘に死なれた挙句に唯一愛情を注いでいた孫娘が妊娠をして捨てられたのがきっかけで自殺しまう。その男がペニーフットホテルでかつてボーイをしていて、今は灯台の工事現場で働いていたイアンであった。ルイーズは彼を殺そうと計画するが、犯人を絞りきれず、可能性のある人間3人を殺してしまうことにする。 (これはかなり新しい設定だ)ルイーズは自分の部屋に入りこんで探索中だったセシリーを殺そうとして、あやまって毒矢で自らを傷つけ死んでしまう。 セシリーとバクスターの間のぎこちなさが妙に面白かった。☆ジル・チャーチルの主婦が活躍するミステリーのCMが巻末にあり、以前から気になっていた「ゴミと罰」「毛糸よ、さらば」などジェーン・シリーズというのがあるらしい。是非読んでみたいと思う。



2010年11月23日(火) ゾラ著「金」読了

ユニヴァーサル銀行は一日にしてもろくも破綻する。全て救いがたい状況の中、それでもカロリーヌ夫人は、また希望を取り戻す。丸々一ページくらい書き写したい場面がいくつかあった。いや、場面と言うよりカロリーヌ夫人の心の中の描写である。「金」の醜い部分を考え連ねているかと思うと今度は「金」が人類の繁栄にもたらす力を考える。だが、最後に印象に残るのは、カロリーヌ夫人の行き着いた人生観である。「このときからカロリーヌ夫人は根負けして、絶え間なく再生する若さの抗しがたい力に身を任せざるをえなかった。自分自身でよく笑いながら言っていたように、彼女はいつまでも悲しんでいることができないのだった。試練が終わり、絶望の底に達すると、一度は打ち砕かれ血にまみれた希望が執拗に甦り、刻一刻大きくなるのだった。確かに幻想は残っていなかった。人生は自然と同じように、不公平で醜いものだ。それでは、どうして人生を愛し、それを欲しがるような馬鹿なまねをするのか。約束をしてもらいながら、また今度、と楽しみを先延ばしされる子供のようにどこともつかぬ遠い目的を当てにして、人生に果てしなく導かれていくような馬鹿なまねをするのか。道を曲がり、諸っセダンカン通りに入ったとき、彼女はもう理屈をこねるのをやめた。心の中にいる、教養も学識もある哲学者の自分は原因をあれこれ探すのに疲れ、その座を下りてしまった。彼女はいまや、美しい空と優しい空気に幸せを感じるただの女で、自分が健康であることに、自分の小さな足が歩道を闊歩する音を聞くことに、かけがえのない喜びを味わっていた。ああ、結局のところ、これが生きる喜びなのではないか。どんなに憎むべきものであっても、今ある人生をその力の中で限りない希望を持って生きることなのだ。最終場面でのカロリーヌ夫人の清清しさがこの小説の救いである。



2010年11月17日(水) P.G.ウッドハウス「よしきた、ジーヴス」読了

先日借りた英文学の本に載っていたお勧め本。吉祥寺のジュンク堂書店でシリーズを見つけて、それなら図書館で、と検索したところなんと全部揃っていて喜んだのだが、日曜日に借りに行くと残念ながら1巻目は誰かが借りていた。需要があるようだ。ウッドハウス・コレクションの中の一冊だ。ゾラ・コレクションと言い。図書館が最近さらに魅力的だ。で、月曜日は例のうさぎ料理のミステリーを読み、昨日の朝、夜、今朝と通勤時間帯に読んだが、思わず笑いたくなる箇所が山盛りだ。2巻目ではあるが、まずご主人様である語り手のバーティ、執事のジーヴス。バートとダリア叔母の会話は、強烈である。ジーヴスはさすがに使用人の立場をわきまえているため、しゃべることと言えば、さようでございます。ご主人様ということになるが、この甥と叔母の言葉の応酬はすごい。特にダリア叔母の話には、聖書、シェイクスピア等からの引用がいたるところに散りばめられている。ことの発端は、バートの友人であるガッシーと彼が想いを寄せる、マデライン・バセット。そして彼の従姉妹のアンジェラとその婚約者タッピー・グロソップという二組のカップルの仲を取り持とうとしたバートは、結果的にさらに事態を悪化させる。バートは友人や親戚から頼りにされているジーヴスに何とか対抗しようとして知恵を絞った挙句のことだった。最初から火災報知器を鳴らすことにより、ただちに恋人の許に駆けつけることによりその仲をとりもとうと言うジーヴスの提案をバートは鼻の先で笑って馬鹿にしていた。仕方なくその案を受け入れるバート、しかし試みは何の功も奏さず、しかも真夜中に叔父叔母、2組のカップル(バラバラになってはいるが)は、運悪く使用人が全員ダンスパーティに出かけていたため、鍵もなく家の外に締め出された形になる。結局自転車に乗れるバートが自転車で使用人たちが集っている会場まで鍵を取りに行くが...なんと彼はそこで鍵を預かったのはジーヴスであることを知る。怒りに燃えて屋敷に戻るバート。しかし不思議に一家は家の中でシャンパン付のハッピーな朝食をとったことを知る。カップルもうまく収まっている。要するにジーヴスは心理学により共通の憎悪が人々に共感を与え、仲を取り持つと言う手段に出たのだった。またもやジーヴスに敗北するバート。書いてしまえば簡単だが、そこかしこの表現がとても面白かった。



2010年11月15日(月) ピエール・シニアック著「ウサギ料理は殺しの味」読了

ぐずぐずした進行に途中であきあきして、返却期限も過ぎていることから返却しようかとも思ったが、木曜日にウサギ料理が出ると、必ず殺しが起こると言う謎だけが知りたくと とりあえず最後まで読む。風が吹くと桶屋が儲かる式の他愛ない仕掛けではあったが、古典というだけあって重厚な面白みがあった。結局実際に殺しを行う男は変質者であって映画館の中でしか女性に接することができない、映画館が開くのは レストランのオーナーのカントワゾーは、木曜日に高級ショップのオーナーである狩好きのユルルジョームが持ってくるウサギで狩人風ウサギ料理を、好きではないのに作る。それは、一家の娘を昔溺れるところを救った保険外交員のプティボスケが大のウサギ料理好きだからだ。ウサギ料理を作らない日はユルルジョームは孤児院にうさぎを寄付しに行く。その日は自分の高級ショップのディスプレイは行わない。そうなるとこの店のショーウィンドウに飾られている高級品のプレゼントがないと客をとらない高級娼婦は、車の中でセールスマンと一夜を過ごす。孤児院に行ったユルルジョームは、恋人と逢引をして、...既に忘れかけているが、以前夫の不倫相手にわざと薬を与えないで死なせた元看護士の女性がいる。彼女は今文化センターの管理人をしていて、映画館の鍵を開ける仕事もしている。彼女は昔、病院であった文化センターに深夜独りでいるとパニックを起こす。だから文化センターで夜遅くまで会合がある日でないと夜、映画館の鍵を閉めることができないので、そんな日は映画館を開けない。映画館が開かないと、映画館で女性をひっかけることができなかった男は殺人を犯さない。 話は戻るがプティボスケは、ウサギ料理とは違う店で働くウェイトレスに心を奪われているが、彼女は、あるホームレスの男が、星占いの女性にお金を与えられると(それは決まって木曜である)レストランに食事を取りに行くのだが、(彼もそのウェイトレスが気に入っている)その女性は彼を恐れていて彼の予約が入ると店を休み、そうなるとプティボスケは例の店に夕食をとりに行く、そんな日はカントワゾーがウサギ料理を作る。これでつながるのだろうか。 馬鹿馬鹿しいが、面白い。


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