日々の泡

2010年04月16日(金) 村上春樹著「1Q84 3巻」がamazonから届く

聞けば、朝からニュースで報道していたらしい。明け方から書店に並んだ人がいるとは驚きだ。家に戻ったらちゃんと届いていた。若干薄いような気がし、軽く失望を感じる。



2010年04月14日(水) 高橋克彦著「完四郎広目手控」読み始め

短編集の形をとっている。梅試合、花見小僧、化け物娘、雨乞い小町、花火絵師、悪玉放生、かぐや御殿、変生男子、怪談茶屋、首なし武者、目覚まし鯰、大江戸大変 などなど、魅力的な題名が並ぶ。解説によれば「この小説は幕末の江戸を舞台にしたちょっと変わった捕物帳である。発想の源になったのは安藤広重の「名所江戸百景」。そこから”二点、任意に絵をとりだして、そのふたつの絵を結びつける物語を十二話”作ったのが本書」とのことで、梅試合には、梅の花が描かれた浮世絵、花見小僧には、桜の花、化物娘には、大樹の下に集う妖孤の絵、首なし武者には、窓から外を見ている猫 などなど本当に絵が楽しい。最後は江戸の大地震を通して完四郎が広目屋としての自覚を得るところが感動的だった。



2010年04月13日(火) 高橋克彦著「だましゑ歌麿」読了

《江戸を高波が襲った夜、人気絵師・喜多川歌麿の女房が殺された》同心・仙波が登場するシリーズの始まりかもしれない。途中おこうとなんと早朝の銭湯で初めて出会う。仙波は真面目一方の人間であるが、父親であり既に隠居している左門との二人暮らしが妙に楽しい。老中松平定信、蔦屋、鬼平など、有名人がずらりと勢ぞろいする。歌麿が陰で暗躍する意外な一面を見せた。



2010年04月03日(土) 図書館で高橋克彦他

高橋克彦「だましゑ歌麿」、「完四郎広目手控」、「南朝迷路」、デイヴィッド・ロッジ「ベイツ教授の受難」「インターネット文化論 その変容と現状」「よくわかる国際取引の経理実務」「ジェイニーボライソー著「しっかり者の老女の死、待ちに待った個展の夜に」「ムーアに住む姉妹」を借りる。



2010年04月01日(木) 飯島奈美著「シネマ食堂」購入

1.映画のごはん、作りました
めがね」からハマダのちらしずし
ハンサム・スーツ」ナポリエッグ
南極料理人」から 鶏のから揚げ
かもめ食堂」からおにぎりあら
ヴィヨンの妻」からもつ煮込み
東京タワー」からがめ煮
のんちゃんののり弁」からのり弁
プール」から揚げバナナ
かもめ食堂」からシナモンロール

他にスクリーンの中からということで紹介がある
恋人たちの食卓」から 野菜の蟹あんかけ
グッドモーニング」から鶏団子のフォー
青いパパイヤの香り」から



2010年03月31日(水) 高橋克彦自選短編集 3時代劇編読了

後輩のOさんに大江戸線で久しぶりに会い、翌日貸してもらった一冊。電車の中で説明されたが、なかなかイメージを浮かべることができなかったが、読んでみて納得。解説によれば、高橋克彦は作中人物に肩入れするため、何度もいろいろなシチュエーションで描きたくなるらしい。有名な歴史上の人物が惜しげもなく配置され、自由に動き回るのが本当に楽しい。最後の牢名主となっている高野長英には驚いたが、史実であることを知り、さらに驚いた。シリーズ物から何編かずつ選ばれているのだが、どのシリーズも読んでみたくなった。それぞれに丁寧な解説がついているのも興味深かった。



2010年03月25日(木) 山本一力著「赤絵の桜」読み始め

高橋克彦の短編集の合間に味見をする。図書館で借りたのだが、返却期限を過ぎてしまった。読むか、返すか、微妙なところである。高橋克彦と同時に読んでいるので、時代が同じこともあり、かなり混乱しているが、やはり読んでみたいという結論に達する。



2010年03月15日(月) 松本清張著「草の陰刻」読み始め

裏表紙より「松山地検庁舎の怪火で事務官が焼死、事故として処理された。だが、死亡した元検事の娘からの手紙に不審を抱いた青年刑事は真相追跡を始めた。そして浮かび上がるのは暗い過去を抹殺しようと普請する黒い影」若いころに犯罪を犯した人間が、政治家となるが、未解決事件として保管されている調書を焼くことによって過去を隠蔽しようとする。なかなか面白かったが、題名が出てくる箇所を見落としたらしいことが残念である。



2010年03月12日(金) 我孫子武丸著「弥勒の掌」読了

お弁当特集をしている「ESSE」を買うために立ち寄った啓文堂にて購入。書店のお薦め本NO.1そして大どんでん返しという帯の言葉についつい買ってしまった。本当に懲りない人間である。読み始めてすぐに後悔したが遅かった。昨日まで松本清張を読んでいたせいか、作品の品格の違いにうんざりした。語り手は、共に妻を失うことになる高校教師と警察官である。最後のどんでん返しとは、この二人がお互いの妻を殺害していたというオチであった。驚くことでもなんでもない。もはやどうでも良いという感じだった。そこにITをふんだんに利用して情報操作により10年で多くの信者と資金を得ることができた新興宗教がからむ。最後は高校教師も警察官もこの宗教法人に取り入れられていく。悪は悪といなおっている宗教法人のほうが、かえって一市民として偽善家ぶっている二人より清清しく感じた。 早く古本屋に売ってしまいたい一冊だった。



2010年03月10日(水) 松本清張著「球形の荒野」上下巻読了

一年ほど前に冒頭の数行が雑誌に紹介されていて、妙に惹かれ読みたいと思っていた一冊。先週図書館で1975年1月発刊の文庫を借りてきた。年月で紙が劣化し今にも破れそうだ。芦村節子が薬師寺から唐招提寺への道を辿るあたりから話は始まる。懐かしい道のりである。節子には戦時中にヨーロッパの任地で亡くなった外交官の叔父がいた。野上顕一郎という。彼は奈良の美しさを幾度となく節子に語った。唐招提寺の芳名帳にふと節子は「田中孝一」と書かれた文字を見る。それは亡き叔父の筆跡にそっくりだった。叔父は北宋の書家米フツの書体を習っていた。冒頭を詳しく書き込んでしまったが、結局彼は、戦争を早く終結することが日本を救う唯一の手段と信じ、表面上日本を売り、死亡したことにしフランスに亡命し、フランス国籍を得、結婚もした。節子は顕一郎の日本に残した妻の妹であった。 娘もいた。久美子といい、既に勤めに出ており、添田という新聞記者の恋人もいた。この二人もからみ、ストーリーは展開していく。最後は、久美子が実の父とも知らない顕一郎と海を眺めながら「七つの子」を歌う場面で終わる。なかなか充実した読後感であった。そうそう、題名の「球形の荒野」は次の一節に由来する。「野上さんにとっては、パリも砂漠も同じことさ。地球上のどこへ行っても彼には荒野しかない。結局国籍を失った男だからね。いや、国籍だけじゃない。自分の生命を十七年前に喪失した男だ。彼にとっては、地球そのものが荒野さ」


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