日々の泡

2009年06月20日(土) 「クッキング・ママの鎮魂歌」読了

プレップスクールでの風潮にすっかり毒され物的幸福のみ追求するアーチに、ついにゴルディは、アーチを転校させる。友人に恵まれ、すっかり回りに感化され、寄付に目覚めるアーチ。しかし、今度はトムがせっかく捕まえた犯人が裁判で無罪釈放されたため、すっかり意気消沈していつものトムではない。そんな時に、前夫、ジョン・リチャード・コーマンが減刑されて出所、ゴルディの気持ちは休まる時がない。ところがいつもの通りアーチを父親の元で過ごさせるために連れて行ったところ、なんと彼はガレージの中で殺されていた。しかもその直前にゴルディのピストルが盗まれていた。射殺体であったことから、ゴルディが銃を無くしたことで父親が殺されたと思い込んだアーチはゴルディに対して心を閉ざしてしまう。 ところで、リチャード・コーマンにはさらなる罪状があることが判明していく。患者であった若い女性と深い仲になりなんと子供をもうけていたのだ。 



2009年06月13日(土) ダイアン・デヴットソン「クッキング・ママの超推理」読了

 ゴルディ・シュルツ ケータリングを営む女性。とっつきが良いので、なんとなく読み続けている。図書館から借りた10冊のうち、このシリーズだけ読了した。他は手付かずだ。ヘンリージェイムズやモームだったから、どちらかというとそちらを読んだほうが充実感はあったと思うのだが。とにかくいつも内憂外患と言った感のあるゴルディだが、憂鬱なことがあっても料理をしていれば、元気になれるというタフなところがうらやましい。
今回の舞台は、ポルターガイストパレスと呼ばれるイギリスからアスペン・メドウに解体して持ってきた古城である。城の主、ハイド夫妻。城を管理するフェンシングの達人である女性マイケラ・キフロフスキー。ゴルディを目の敵にする城の改修を担当しているインテリアデザイナーシャルデ・ローダデール、ゴルディの元夫でようやく仮釈放された医師 ジョン・リチャード・コーマン。その新しい恋人、ヴィヴ・マルティーニ そして今回事件にはまったく関係なかったものの、トム・シュルツの初恋の相手であり、婚約していながらもベトナム戦争で戦死したサラ・ベス・オマりー なんでもジャックリーンケネディに似たベーシックな美人だ。トムへの疑惑がこの小説に彩を与えている(妙な言い方だが)
またしても、ゴルディが殺人現場の第一発見者となる。トムも早々に撃たれてしまい、今回はほとんど家にいる。 今回は貴重な切手をめぐっての事件だったが、さらに料理の腕は冴え渡り、また、ゴルディをとりまく人々も楽しい。息子のアーチ、ゴルディの助手ジュリアン・テーラー そういえば今回はあまり出番のなかった友人のマーラコーマン 夜、あるサイトに、「クッキングママの...という題名はいただけない。何を読んでいるか、人に言えない」と書いてあり、いたく賛成した。この掲示板に題名を書き込むたびに気恥ずかしさを感じているのは確かである。



2009年06月08日(月) 1Q84」読了

残念ながら、あまり釈然としない結末だった。と、思ったが、ネットで読んだところ、上下巻ではなく、BOOK1,2であることから、これはまだ続くと言う意見が多い。それならうなづけるが、はじめから二巻本として売り出されているのに、それはないような気がする。最後にはリトルピープルは、遺伝子だとかかれるかと思ったら それに関する答はでていなかった。一巻の真ん中くらいで老婦人が人間は結局のところ、遺伝子のキャリア(乗りもの)に過ぎないとかいている。あきらかにドーキンスの「生物機械論」である。あと、ふと思い出したのだが、青豆(と、私)が生まれた1954年というのは中井英夫の「虚無への供物」において、日本に凶悪な事件が発生するようになった年と書かれていた。なんらかの関係があるだろうか。しかもこの小説が書かれたのは1964年らしい。



2009年06月05日(金) 1Q84 下巻へ

真夜中の1時に目が覚める。上巻があとわずかに残っていることを思い出し、通勤に2冊も重い単行本を持っていくわけにもいかず、とにかく読みきろうと起き上がる。諸々のエピソードがようやく一つにつながりつつある。ついにそれなりに平穏だった日常が崩れようとしている。というか、その亀裂はかなり前に予見されていたものではあったが。2つの月、夜中に「空気さなぎ」を紡ぐリトルピープル。それにしても、不思議なことにこの小説にはいくつか私と接点がある。まずは「青豆」という30歳の女性。1984年に30歳なのだから、なんと私と同い年だ。私の運命の分岐点だった30歳(と、書いても実は何事もなく、ただなんとなく選んだわけでもないのに自分の行く末が決まってしまったと思えてきた頃である)その頃のことを思い出すのではないかと期待もしている。あとは、やはりこの頃読んだのではないかと思うドーキンスの「生物機械論」が仄見えること。(今調べたら1986年に読んでいた)、なぜかもう一人の中心人物である小説家志望の男の年上のガールフレンドが日本女子大の英文科らしいこと それはともかく、この小説は明らかにオーム真理教の一連の事件がテーマになっている。幼児虐待、エホバの証人との関連もある。もちろんテーマと言っても表面上のテーマであり、まだ一体村上春樹がこの小説を通して書きたかったことは、よく見えない。ただ、面白いことは確かである。



2009年05月31日(日) 栗本薫追悼 思い出の「グイン・サーガ」

5月27日に栗本薫が逝去した。57歳だった。あれから3日間、ネットで関係記事を漁った。グインサーガが続いていることは、書店の店頭で見て知っていた。会社の後輩から、アルド・ナリスが死んでしまったことも聞いていた。かつで病気をして、それから失速してしまったのではないかと、ぼんやりと考えていたようなところがある。それでも産経新聞の朝刊で何気なく目を留めた訃報は驚きだった。店頭で、新刊を見かける度に感じたのは、多分後ろめたさだった。私は、新刊を買うべき友人のような存在なのに、なぜ新刊を買わないのだろう。なんとなく疎遠になって、それでもいつかはまた親しくなれる筈の友人に永久に去られたような気がした。夢中になって読んでいたのは何時頃だったのだろう。1986年の読書録に、3冊書いてある。23巻「風のゆくえ」24巻「赤い街道の盗賊」、そして25巻「パロのワルツ」1冊ずつ買っているから、リアルタイムで発刊される度に読んでいたのだろう。 そもそも弾みで1巻目を読み、すっかりはまり、母と国分寺近くの古本屋で既に出ていた分を一気に購入した。一体何巻目で決別したのかは記憶にない。特に、もう読まないと決めたわけではないのだが、店頭で新刊を見かけても、いつからか手が出なくなってしまったのだ。一時期は、寝ても覚めてもという状態だったのだが。LPレコードまで買い込んだ。(今、2,3枚だろうと思って探したら5枚も出てきたので驚く。先週PCに取り込めるレコードプレイヤーを買ったばかりなので、早速聴いている)サーガ離れと第1歩は、挿絵画家がいきなり変わったことだろう。Wikipediaで調べてみた。加藤直之(正伝1 - 19巻、外伝1 - 5巻)とある。その後天野喜孝に変わった。この時のショックはたいしたものだった。本当にがっかりした。加藤氏のナリスがかなり気に入っていたのだ。グインサーガの魅力の半分はナリスだったように思う。

今、LPを聴きながらこれを書いている。1986年の3冊は、23巻が3ヶ月ほど遅れての購入だが、その後の2冊は発売と同時に買ったようだ。
レコードだから裏返すと言う手続きが必要だ。ひっくり返したとたんに懐かしい曲がかかった。「パロへ アルド・ナリス」という曲名だ。かなり聴きこんだような記憶がある。ロマンティックなメロディーと不安をかきたてるような不穏なメロディーが交差する。 



2009年05月30日(土) 村上春樹「1Q84」上・下 Amazonで購入

このところ、翻訳ものが多かった村上春樹の久しぶりの新刊。とりあえず1週間ほど前に思い立ってAmazonで予約をしておいたが、本日土曜日、帰宅すると玄関に置いてあった。しかも2箱。上巻2巻だったらどうしようと、とっさに思ったのは、過去のトラウマか。 どうやらちゃんと上下巻だった。7,8年前に新刊「海辺のカフカ」を買ったのも発売日当日で、あの日は9月14日?だったか、夏中TSUTAYAのレジにその日に村上春樹の新刊が出るとビラが貼ってあって買おうと思いながらも、家からクーラーが壊れたと言う電話があり、私は会社の帰り道、新宿の電気店を一日でも早くクーラーを取り付けてくれる店を求めて走り回っていたのだった。疲れ果てて 駅構内の店頭でふとカフカを見て、とりあえず買おうと、なんとなく思って安らいだ記憶がある。その後で出たアフターダークはあまり面白くなかった。
で、この新刊、一体どんな内容なのかもわからない。とりあえず写真撮影してみた。






2009年05月27日(水) 「クッキングママの供述書」読了

今回は、ゴルディーの学生時代のボーイフレンドが出てくる、と言ってもすぐに殺されてしまい、舞台から去っていくのだが。ショッピングモールをめぐって事件が起こる。工事現場も重要な役割を果たしている。事件の鍵を握る新聞の切り抜き。実は裏面のCMに謎が隠されていた。お馴染みのマーラは健在だが、ジュリアンは早々に殺人の罪に問われて牢屋入り。



2009年05月24日(日) ヘンリー・ジェイムズ著「大使たち」図書館にて

雨の中、とにかく来週の通勤のお供を借りようと、図書館へ。
このところ気に入っているクッキング ママシリーズも4巻借りる。なんとなく気楽で楽しみだ。




2009年05月22日(金) ジェフリー・ディーヴァー著「ボーン・コレクター」下巻読了

リンカーン・ライムシリーズの第一作目。一昨年前結構はまっていたシリーズだ。エンプティーチェアから読み始め、コフィン・ダンサー、イルージョニスト、12番目のカードなど、立て続けに読みながら、この一作目は図書館で見つからず、読んでいなかった。昨年文庫を買ったのは良いが、なんと下巻だけを買ってしまい、しばらくしてようやく上巻を買ったと思ったらまた下巻だったと言う笑えないことをしてしまった。なにはともあれ、やっと念願の上下を読了。いわばリンカーンとライムの馴れ初め話と言ったところか。 体の自由を失ってしまってからひたすら安楽死を望んできたリンカーンが事件を通してライムと出会ってから生きる希望を取り戻すまでの過程が描かれている。ライムもまた、心に癒えない傷を負っていた。 猛スピードでハイウェイを車で飛ばすことで過去を振り切ろうとする。「走ってさえいれば、振り切れる」「死者をあきらめろ」など、印象に残る言葉を見つけた。



2009年05月15日(金) 「クッキング・ママの事件簿」読了

シリーズ4作目。ついにトム・シュルツとの結婚式の朝から始まる。自らの結婚式にケータリングもしている。ウェディングケーキはジュリアンの作品だ。しかし、あいかわらず一筋縄ではいかないのがゴルディの日常である。式の時刻が近づいても牧師は現れない。それどころか、トム・シュルツも遅れている。シュルツからの電話で、牧師が自宅で殺されていることがわかるが、結婚式はどうなるのかと落胆するゴルディに追い討ちをかけるように肝心のシュルツも行方不明になる。 怪しい人物には事欠かない。狭い教会の教区内での派閥争い。そういえば、このシリーズの魅力の一つがゴルディとゴルディの前夫リチャードの妻(既に離婚している)マーラ・コーマンの友情だ。この女性のユニークさが結構好きだ。 シュルツはストーリーの最後でようやく救出される。その間、ゴルディは苦しみ、悩みながらもしっかりケータリング業をこなしている。


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