日々の泡

2009年01月10日(土) 今年初めて買った本は?

「怖い絵」 家人に「歴史の中の日本」の購入を頼まれたので今年初めて本屋に行く。地元の啓文堂である。先週の新聞広告の切抜きを店員に見せたところ、平積みではなくかなり奥の棚で一冊のみあった。それはともかく、久しぶりの書店である。このところ、部屋に本が満ち溢れてしまい、苑処理に途方にくれていたため、これからは絶対に図書館で本を借りようと決心し、一ヶ月ほど書店からは遠ざかっていた。しかし、やはり書店に来ると浮き浮きする。煽り文句満載の本の帯を読んでいるだけで楽しい。あれもこれも読まなければというあせりも感じる。2008年度ベストワンなどと書いてあると、内容も確かめずに買いたくなる。しかし、これもまたゴミになる日のことを考えながら冷静に選ぶ。結果、以前買おうと思いながらも辛くも止めた標記の一冊を購入する。午後は知り合いの合唱団の音楽会があったが、合間合間でずっと読んだ。あまり「おおっ!」という発見は今のところない。




2009年01月08日(木) スー・グラフトン著「アリバイのA」読了

やはり犯人は、ヒロインを誘惑した弁護士のチャリー・スコルソーニだった。と、言っても3件の最初の殺人事件は、弁護士ローレンス・ファイフの前妻のグエンで犯人は二人いたことになる。(ちなみに2件の連続殺人は夾竹桃の幹を削ったものを毒薬として用いている。やはり夾竹桃は以前小説でも読んだが、毒なのだ!)このミステリーの魅力は、私立探偵のキンジー・ミルホーンのキャラクターにあることはもちろんであるが、8年間、夫殺しの罪で服役していたニッキ・ファイフもなかなか魅力的であった。しかし、あまり面白くはなかったというのが、正直な感想である。



2009年01月05日(月) スー・グラフトン著「アリバイのA」途中

12月28日(日)年末最後の図書館開館日に駆け込みで借りた9冊のうちの一冊。会社は今日1月5日(月)始まりだが移転だったため昨日から実質の出社。今年初めての読書はこの文庫からとなった。なぜ9冊からこのミステリーを選んだかと言うと、文庫本だからというだけの理由。キンジー・ミルホーンという本人の自己紹介によれば「カリフォルニア州でのライセンスを持った私立探偵。年齢32歳、2度の離婚経験があり、子供はいない」ということになる。冒頭からさらりと数日前に人を殺害し、そのことが心に重くのしかかっている、との記述があり(真ん中まで読んだにもかかわらず、今の今までこの事実を忘れていた。一体誰を殺害したのだろう。なぜ?)依頼人もすごい。夫殺しの罪で8年刑務所に入っていたニッキという資産家の娘。出所後、まっすぐにキンジーのところにやってきたらしい。殺されたのは弁護士で、彼をめぐって前妻、秘書、仕事先の女性などなどいろいろな怪しげな人物が登場する。人物も魅力的だし、合間に出てくる食事が妙に美味しそうだ。もちろんキンジーは無理やりブラックコーヒー2杯で胃に流し込んだり、かなりひどい料理らしいのだが、ケチャップをかけすぎたフライドクラムに付け合せのフレンチフライポテト、ジェリードーナッツ、子牛のポルコルト(角切り肉に玉ねぎくをどっさり入れてパプリカとトマトペーストで煮込んだもの)気分が悪いといいながら食べるコールドバターを塗った一ポンドのポップコーンとは一体なんなのだろう。とにかくこれがカリフォルニア料理なのだろうと思われるかなり雑な料理が列挙される。私にはどれも興味深い。 どうも食べ物のことばかりの感想になってしまった。年始の読書が一年の傾向を決めるというのにこんなことでよいのだろうか。後半の感想は頑張りたい。



2008年12月27日(土) アンナ・マクリーン「ルイザと女相続人の謎」読了

図書館で借りた一冊。創元推理文庫 名探偵オルコットシリーズの1巻目 2008年1月31日に初刊が発行されているから、これから順次 既に出版されている第2、第3巻も翻訳されていくだろう。派手なストーリー展開ではないが、オルコットの幼い頃からの友人であり、被害者であるドロシーの一途な愛が描かれていて好感の持てた。謎の中心にあったのが愛だというのは新鮮である。「若草物語」のジョーを思わせるルイザ・オルコット、上流の出でありながら貧しい生活に敢然と挑んでいる母親、理想家であるが故に生活力のない父親。貧しいながらも「パンを焼く日」や靴下を繕う一家の姿がどこか楽しい。



2008年12月13日(土) エリザベス・ボウエン著「あの薔薇を見てよ」

図書館にて。MINERVA世界文学選 図書館のデータより「20世紀英国文壇切っての短編の名手がミステリータッチで抉る人生の真実。楽観的な予定調和は期待できない。謎は謎のまま読者の前に放り出されるだけ。文学を読む本当の楽しさを味わえる20編を収録した短編集。 」著者:1899〜1973年。アイルランドのダブリン生まれ。小説、文芸評論、旅行記等を手がける。ダブリン大学、オックスフォード大学より名誉博士号授与。著書に「パリの宿」など。



ボウエンの名は学生時代に馴染みがある。何かを原文で読んだ気がするが、思い出せない。データにもあるが、最後の一行になっても釈然とせず、思わずページを逆にめくってしまう。 すっきりするエンディングは忘れるものだが、こういった不消化なものは忘れられずに記憶に残ると言う現象があるかもしれない。題名を列挙する:あの薔薇を見てよ/アン・リーの店(帽子屋だ)/針箱/泪よ、むなしい泪よ/火喰い鳥/マリア/チャリティー/ザ・ジャングル/告げ口/割引品/古い家の最後の夜/父がうたった歌/猫が跳ぶとき/死せるメイベル/少女の部屋/段取り/カミング・ホーム/手と手袋/林檎の木/幻のコー  印象に残っている「泪よ、むなしい泪よ」からの一節:泣き虫フレディックは母親に取り残された公園で若い女性に出会う。「彼女の目には見えていた。ジョージとフレディックの目はきっと傷口なのだ。地球の表面に開いた傷口から、その内側にある激しく痛み続ける避けられない哀しみが、血を流しながら、途切れることなくにじみ出てくるのが。」冒頭に小池滋が「ボウエンへの花束」として序文を書いている。「前略 先に述べた「癒される」とか「心安らぐ」という表現を英語で言うと「コージー」のなる。コージーと聞くと、ミステリー文学好きなら、すぐアガサクリスティー(ボウエンより9歳年上)の小説の世界を思い出すだろう。ボウエンの小説にも似たようなところがある。コージーな世界、居心地の良い雰囲気をひと皮はげば、そこに醜悪な人間の本性がとぐろを巻いている、おぞましい光景がいやでも目に入ってくるのだから (クリスティーの小説ではポワロ、マープルが解決してくれて元のコージーな世界に戻してくれる)だが、ボウエンの作品ではそんな楽観的な予定調和を期待することができない あとは読者が考えなければならない) このあたりがボウエンの日本における不人気の原因だと言う。 「だが、文学とは本来そうしたものではないだろうか」安易な人生問題の解決や、癒し系ドリンク剤ではないのが、ほんものの文学なのである。中略 彼女の作品からいろいろなものを掘り出すのは読者に任されている。これこそ、文学を読む本当の楽しさ、心の癒しなのである」 なるほど.....。



2008年12月05日(金) シャーロット・マクラウド著「にぎやかな眠り」借りる

図書館にて。 やっとシリーズの第1巻目を借りることができた。以下文庫から丸写し。「バラクラヴァ農業大学、クリスマス。シャンディ教授にとってうんざりするような季節が、まためぐってきた。ふだんは静かな大学町も、このときばかりはにぎやかなイルミネーションに彩られ、物見高い観光客の第大群に席巻されるのだ。今年こそは一泡吹かせてやろう、そう考えた教授は目には目をとばかりに、とてつもなく仰々しいイルミネーションを編み出して妨害の挙に出た。それが殺人への呼び水になろうとは夢にも思わずに。」この巻で教授は司書のヘレン・マーシュと出会うわけである。



2008年11月19日(水) 20081119告白

後輩のHさんから借りた一冊。


 天空の蜂」を読了 三島の孤独と情熱は表裏一体か? 「告白」自分の娘が自らが勤める高校のプールで溺死してしまった女教師と生徒たちの葛藤。いろいろな人物の口から事件に関するエピソードが語られる。最後に笑ったのは女教師であり、すべてを知っている神の語り口になっているが、自分も大学を破壊することによって罪のない人間を死に至らしめていることを知っているのか、知らないのか。



2008年11月13日(木) 東野圭吾著「天空の蜂」読み始め

後輩Hさんより。文庫。



2008年11月12日(水) シャーロット・マクラウド著「水の中のなにか」読了


シリーズもので一番面白かった。



2008年11月07日(金) シャーロット・マクラウド著「水の中のなにか」読み始め

荒野に咲き誇る見事なルピナス。今回はそんな魅力的な場面から始まる。妻のへレンが旧友を自宅に招いてパジャマパーティーを企画したため、シャンディ教授は一人宿をとってルピナスの調査をしていた。その宿で夕食をとっていた男がいきなり皿につっぷして絶命する。


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