| 2008年07月04日(金) |
「仮面舞踏会」読了! |
なんと、先日書いたグルメの男が犯人だった。 人物紹介の欄に「高等遊民」と書いてあった。(教養のないMSIMEが一発変換をしたので少し驚く)この言葉を聞くと、漱石の「それから」を思い出すが、今、そういった人種はいるのだろうか。遊民は多いが、高等かどうかは疑問だ。それはそうと、このグルメ氏、犯人探しを主人公と共にしながら、あちらのカフェ、こちらのカフェに気もそぞろで、チャンスさえあれば食事を楽しもうという姿勢でとても楽しい存在だったので残念だった。自分でオムレツを作り、サラダ、ワインと主人公氏との会話をしながらの食事風景は忘れなれない。そういえば、この小説のウリは、実在した人物が出てくること。ヘミングウェイ、サティ、ガートルードシュタインなど、それぞれの描かれ方も面白かった。ただ、謎解きとしてはあまり感心はしなかったが。
| 2008年06月28日(土) |
ウォルター・サタスウェイト著「仮面舞踏会」読み始め |
図書館にて、とにかく通勤のお伴用に借りた10冊の単行本の中の一冊。なにやら退廃的な雰囲気のある世界で起こった殺人事件。米国の有名な探偵社の社員二人(女性と男性)がそれぞれパリで起こった殺人を別行動で調査している。ヘミングウェイがでてきたり、やたらにグルメな男がでてきたり、(そのせいか、お茶や食事の場面が多い)結構楽しく読んでいる。主人公らしい男性の探偵も嫌味がなくて好感が持てる。
| 2008年06月25日(水) |
ドロシー・セイヤーズ「ピーター卿の事件簿」読了 |
先日図書館から借りてきたセイヤーズ何冊かの内の多分一番古い短編集。セイヤーズの名前は知っていたが、結構古い人だったのでびっくり。ピーター・デス・ブレトン・ウィムジー卿が探偵として活躍する。発端は怪奇じみた話であっても、ピーター卿が合理的に解決している。面白かったが、他にも借りてきた長編を読むのはちょっとつらいものが....。今はどちらかというと、こういった古典を読む気分ではないからかもしれない
| 2008年06月24日(火) |
ヴァージニア・ウルフ「灯台へ」敗退 |
図書館で借りた1冊。学生時代、所属していた文芸部に国文科の後輩がいて、大のウルフファンだった。確か「波」だったと思うが、一節をわざわざ大学ノートに書き写すほどの凝りようだった。私も当時読んでみたが、全くお手上げだった。「灯台へ」は確か家にもあった筈だが、どうせ書庫を探しても見つからないに決まっているので借りてみた。この春先に「ダロウェイ夫人」を何とか読めたので、ついに私もウルフ攻略成功!とばかりに再度挑戦したわけだが、出だしはやはりこの私ですら記憶にあったが やはり今回も撤退。どうもあまり体調の良くないときに こういったすべてを悪意にとるような繊細な心の持ち主の心象は がまんならない。
| 2008年06月18日(水) |
シュティフター著「晩夏」上・下読了 |
アーダルベルト・シュティフター(1805-1868)による長編。一人の青年の成長の過程というか、大人になるための家庭を描いたものとでも言えるだろうか。だが、そこには苦労があるわけではなく、旅、見知らぬ人々との交流を通して芸術に目覚めたり自らがやりたい事を見出していくと言ったような、はっきり言って優雅な小説である。恋愛も描かれているが、これも予定調和の世界である。もちろんこういう小説は決して嫌いではない。純粋な恋愛はそれ自体なかなか感動的でもある。薔薇の家の描写は美しく、両親、兄弟を敬う美しい関係も良い。
| 2008年06月08日(日) |
ドロシー・L・セイヤーズ著「毒を食らわば」他図書館にて |
久しぶりに図書館に行く。とにかく通勤用の軽い本(重量も中身も)を探す。文庫本は結構どれも新しくて気持ちが良い。合わせて9冊借りる。「現代詩殺人事件 ポエジーの誘惑」、ドロシー・L・セイヤーズ著「ピーター卿の事件簿」「不自然な死」、ウォルター・サタスウェイト「仮面舞踏会」、ヴァージニア・ウルフ「灯台へ」シュティフター著「晩夏」上・下 まずは晩夏をチョイスして午後からの音楽会に行く。
なかなか面白く読んだ。文筆家を目指す多感な少女が巻き起こした冤罪。
| 2008年05月31日(土) |
貴志祐介著「新世界より」他購入 |
雨の土曜に用事のため外出。寒い。クリーニングに出すための袋から厚手のカーディガンを取り出して着る。本当は現在TVで見ている「おせん」の原作が漫画らしいのでそれを買いに古書店に行くが、出版社も作者名もわからないので断念(店員に聞くまでの意欲はなかった)ここでリチャード・ボーシュ「フィールド氏の娘」を1400円で購入。面白そうだ。その後今度は啓文堂へ。朝の番組で目黒氏が上半期のベスト1に選んでいた「新世界」を購入。その番組で、本を読むことが必ずしも良いこととは思わない。自分は面白いから読んでいるだけ。人は本に求めることはさまざまだと思うが、自分は驚きたいから読む、その世界観に驚きたいから読むといっていた。 それに惹かれて買ったわけだが、読んでみると 言葉こそ呪術となっているが、これは「魔法」という言葉に変えるとまさにハリーポッターの世界ではないかとか、図書館である謎の生物から歴史の謎を聞き出すところは、映画の「タイムマシン」(ウェールズのものとは違う)と同じだ。竹宮恵子も似たようなテーマを扱っていた。ちらちらと手塚治虫の「火の鳥」も思い出す。まだ上巻を三分の2ほど読んだだけだが、そんなことを考えていると没頭できず、果たして下巻を買ったものかどうか。