日々の泡

2003年09月10日(水) アマンダ・クイック エメラルドグリーンの誘惑読了

とにかく3日前の月曜、会社の帰りがけ 意識を消したいという切実な欲求に駆られ飛び込んだTSUTAYAにて題名だけでひっつかみ、レジに突進。 読み始めて見れば、なんと中身はシルエットロマンスの類だった。ヴィレッジブックスというシリーズで、発行元はソニーマガジン。まあ、たまには良いかもしれないが、読後感は微妙。私はそもそも女性の駆け引きはあまり好きではない。 ということで感想文は終わり。そうそう、このヒロインは23才。ヒストリーロマンと言うことでお決まりの広大な領地を持つ伯爵が登場。ヒロインは見栄えのしないタイプで5年前の社交界デビューではさんざんな目にあったらしいが、このあたりどうにも釈然としないものがあった。



2003年08月29日(金) 貫井徳郎「プリズム」読了

ハリーポッターを読了後、一日おいて読み始める。 
一人の明るく魅力的な女性教師が殺害されるところから小説は始まる。何章かの独立した部分に分かれそれぞれ教え子の小学生、同僚の男女の教師、学生時代の友人、または元恋人たちそれぞれの視点から事件が語られるというか、積極的に事件に関与し、事件を自分とのつながりにおいて解明しようとする。あくまで解明であって、解決ではないところがみそ。自分なりに納得することが目的であって、犯人を挙げる必要はないらしい。

結局真相はなんだったのか。 わからないままに小説は終わる。
まさにプリズム。



2003年08月25日(月) やっと読了!!Harry Potter and The Order of The Phoenix

約2ヶ月、朝の通勤途上で読み続け やっと読み終えた。 途中は盛り
上がった、やはり最後はなんとも暗い気持ちで終わった。なんと言っても前回ラストシーンで死んでしまったセドリックはそれほど馴染みの在るキャラクターではなかったが、こんどは名づけ親の死である。 ハリーの苦悩は深まるばかり。 おまけに悪の大王とハリーは、いずれかが存命中は絶対に死なないと言う関係にあることが明らかになる。 とにかく次の巻が早く出てくることを願うばかり。



2003年08月09日(土) ハリーポッター、やっと半分....。

初夏から読み始めたハリーポッター、ついに立秋も過ぎたというのにやっと半分を超えたばかり。朝の通勤列車で読むだけなので仕方が無いが、おかげで腕の筋肉が鍛えられたような。ようやく話は面白くなってきて先が楽しみ。それにしてもハリーも大人になり さまざまな苦悩がこれでもかというくらい襲ってきます。



2003年07月06日(日) Harry Potter and The Order of The Phoenix by J.K.Rowling

本国と同時に日本で発売されたのが2週間前の日曜日。夜、紀伊国屋のHPを見ると既に完売、再入荷は一ヵ月後とあった。 既に当初のハリーポッター熱も去り、ペーパーバックスになったら買おうくらいの気持ちだったのだが、完売と知ると少々ショックなものが。 そしてその一週間後府中の紀伊国屋で、ふと山積みされている分厚い本を発見。即座に購入した。そしてまた一週間後の今日。現在P.97。 全部で800ページあるのでようやく八分の一を読了したわけだ。とにかく分厚い。 会社に行く通勤途上で日経もそこそこに読んでいる。
まだまだ本題に入ったばかり。盛り上がれるのを楽しみに頑張って読んでいる。



2003年06月29日(日) 「バカの壁」養老孟司、「恋する身体」の人間学 小浜逸郎購入

府中の紀伊国屋で購入。久々に向上心&知的好奇心に燃えているのがわかるような選択だ。 しかし、この後レジに向かう途中にさまよいこんだ原書コーナーで思いがけず完売したはずのハリーポッターの新作を発見。3冊購入したが、件名の2冊はすっかり忘れ去られている。



2003年06月21日(土) アントニオ・R・ダマシオ著「無意識の脳 自己意識の脳」

吉祥寺の弘栄堂書店で購入。
一週間読み続けていたはずは3週間たった今 全く思い出せない。
一応後で読み直そうと思うのでアップしておく。



2003年05月24日(土) 貫井徳郎「修羅の終わり」読了

警察ものである。笠井潔が後書きを書いているが、こういった探偵がでてきて謎解きをすることのない推理小説を叙述トリック物というそうだ。 代表作はアガサクリスティーの「アクロバット殺人事件」。訳知り顔の探偵が出てこないのは確かにすっきりしているが、最後の一行を読んでも、するりと謎が解けないのは少々おもしろくない。(私の頭が鈍いだけの話であるが)しかし、題名の通り修羅を旨に秘めて生きている何人かの登場人物には妙に共感を覚える。 記憶喪失の青年のエピソードもでてくるが、次の文章が妙に気に入った。


僕は何者なのか。どうしてもその自問を繰り返さざるを得なかった。記憶を失っても僕は僕だが、それはレトリック上の問題だけにとどまらず、ある一面を捉えた心理なのではないだろうか。つまり僕は記憶を失ったところで何も変わっていないのだ。 中身がない、ひたすら空疎な人間の抜け殻。




2003年05月20日(火) サリンジャー「キャッチャーインザライ」読了

20年以上前に読んだ筈だが、全く思い出せないままに読了。

村上春樹が介在していたにもかかわらず、主人公の高校生にはあまり共感覚えなかった。おまけに村上春樹のあとがきが当然あることと思っていたら、著者の了解が得られなかったため、あとがきがない旨、訳者直々の断り書きがあった。 なにかしらのトラブルがあったのではないかと思われる。
ただ、題名の意味がわかった。 子供が歌っていた歌の題名。主人公は、唯一将来なりたい職業について語る場面で、ライ麦畑で遊ぶ子供たちを 近くの崖っぷちから落ちないように守る役になりたいという。 小学校や、博物館など子供がいるところ随所に書かれた悪意ある落書きを主人公は片っ端から消したいと思う。だがそれは不可能だ。 きっと自分の墓石にも落書きは書かれるだろうと言う。キャッチャー・イン・ライになりたいが、主人公はその無力すらも知っている。知っているから あらゆるものとうまくやっていくことができないのだろう。

主人公が心から愛している妹、フィービーは確かに非常に魅力的な小学生である。 フィービーは多分他のサリンジャーの小説にも出てくるのだろう。非常に私としても愛着のある名前だ。



2003年04月29日(火) 村上春樹訳「キャッチャー・イン・ザ・ライ」

村上春樹の一応新刊。結構評判になっている。かつて「ライ麦畑で捕まえて」は読んでいるはずだったが、すっかり忘れているため、買っても惜しくはないとTSUTAYAの更新サービス500円を足して1,600円で購入。
本当は原作と以前の旧訳とあわせて比べつつ読みたかったのだが、そんなことをしている精神的余裕もないので、単独で読む事にする。 それで村上春樹の「良さ」がわかるかどうかを懸念しつつ。

西行を読み終えたら早速とりかかりたい。


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