| 2003年08月09日(土) |
ハリーポッター、やっと半分....。 |
初夏から読み始めたハリーポッター、ついに立秋も過ぎたというのにやっと半分を超えたばかり。朝の通勤列車で読むだけなので仕方が無いが、おかげで腕の筋肉が鍛えられたような。ようやく話は面白くなってきて先が楽しみ。それにしてもハリーも大人になり さまざまな苦悩がこれでもかというくらい襲ってきます。
| 2003年07月06日(日) |
Harry Potter and The Order of The Phoenix by J.K.Rowling |
本国と同時に日本で発売されたのが2週間前の日曜日。夜、紀伊国屋のHPを見ると既に完売、再入荷は一ヵ月後とあった。 既に当初のハリーポッター熱も去り、ペーパーバックスになったら買おうくらいの気持ちだったのだが、完売と知ると少々ショックなものが。 そしてその一週間後府中の紀伊国屋で、ふと山積みされている分厚い本を発見。即座に購入した。そしてまた一週間後の今日。現在P.97。 全部で800ページあるのでようやく八分の一を読了したわけだ。とにかく分厚い。 会社に行く通勤途上で日経もそこそこに読んでいる。 まだまだ本題に入ったばかり。盛り上がれるのを楽しみに頑張って読んでいる。
| 2003年06月29日(日) |
「バカの壁」養老孟司、「恋する身体」の人間学 小浜逸郎購入 |
府中の紀伊国屋で購入。久々に向上心&知的好奇心に燃えているのがわかるような選択だ。 しかし、この後レジに向かう途中にさまよいこんだ原書コーナーで思いがけず完売したはずのハリーポッターの新作を発見。3冊購入したが、件名の2冊はすっかり忘れ去られている。
| 2003年06月21日(土) |
アントニオ・R・ダマシオ著「無意識の脳 自己意識の脳」 |
吉祥寺の弘栄堂書店で購入。 一週間読み続けていたはずは3週間たった今 全く思い出せない。 一応後で読み直そうと思うのでアップしておく。
| 2003年05月24日(土) |
貫井徳郎「修羅の終わり」読了 |
警察ものである。笠井潔が後書きを書いているが、こういった探偵がでてきて謎解きをすることのない推理小説を叙述トリック物というそうだ。 代表作はアガサクリスティーの「アクロバット殺人事件」。訳知り顔の探偵が出てこないのは確かにすっきりしているが、最後の一行を読んでも、するりと謎が解けないのは少々おもしろくない。(私の頭が鈍いだけの話であるが)しかし、題名の通り修羅を旨に秘めて生きている何人かの登場人物には妙に共感を覚える。 記憶喪失の青年のエピソードもでてくるが、次の文章が妙に気に入った。
僕は何者なのか。どうしてもその自問を繰り返さざるを得なかった。記憶を失っても僕は僕だが、それはレトリック上の問題だけにとどまらず、ある一面を捉えた心理なのではないだろうか。つまり僕は記憶を失ったところで何も変わっていないのだ。 中身がない、ひたすら空疎な人間の抜け殻。
| 2003年05月20日(火) |
サリンジャー「キャッチャーインザライ」読了 |
20年以上前に読んだ筈だが、全く思い出せないままに読了。
村上春樹が介在していたにもかかわらず、主人公の高校生にはあまり共感覚えなかった。おまけに村上春樹のあとがきが当然あることと思っていたら、著者の了解が得られなかったため、あとがきがない旨、訳者直々の断り書きがあった。 なにかしらのトラブルがあったのではないかと思われる。 ただ、題名の意味がわかった。 子供が歌っていた歌の題名。主人公は、唯一将来なりたい職業について語る場面で、ライ麦畑で遊ぶ子供たちを 近くの崖っぷちから落ちないように守る役になりたいという。 小学校や、博物館など子供がいるところ随所に書かれた悪意ある落書きを主人公は片っ端から消したいと思う。だがそれは不可能だ。 きっと自分の墓石にも落書きは書かれるだろうと言う。キャッチャー・イン・ライになりたいが、主人公はその無力すらも知っている。知っているから あらゆるものとうまくやっていくことができないのだろう。
主人公が心から愛している妹、フィービーは確かに非常に魅力的な小学生である。 フィービーは多分他のサリンジャーの小説にも出てくるのだろう。非常に私としても愛着のある名前だ。
| 2003年04月29日(火) |
村上春樹訳「キャッチャー・イン・ザ・ライ」 |
村上春樹の一応新刊。結構評判になっている。かつて「ライ麦畑で捕まえて」は読んでいるはずだったが、すっかり忘れているため、買っても惜しくはないとTSUTAYAの更新サービス500円を足して1,600円で購入。 本当は原作と以前の旧訳とあわせて比べつつ読みたかったのだが、そんなことをしている精神的余裕もないので、単独で読む事にする。 それで村上春樹の「良さ」がわかるかどうかを懸念しつつ。
西行を読み終えたら早速とりかかりたい。
| 2003年04月28日(月) |
橋本 治「三島由紀夫とはなにものだったのか」 |
会社のすぐ近くの交差点角にある内外書店。この書店に入るのも今日が最後だろう。 昼食を買いにでたついでに結構感傷的な気分で店に入る。なにがなんでも一冊記念に買いたかった。 丁寧に単行本をセロテープで随所を留めながらカバーをしてくれる店主に心の中でつぶやいた。「今日で最後なんですよ...」でも、実際には何も言わなかった。25年間、ときには毎日、あるいは半年に一回、一年行かなかったこともあったかもしれない、そんなつきあいに過ぎなかった書店の主と私は私語をかわしたことがなかった。 最後だからと言ってそのドライ感を失うことは妙に嫌だった。 本を受け取り、それでも名残惜しくそばにあった購入予定であった「日経PC21」も買う。 そんな形で私とこの書店との関係は終わったのだ。
| 2003年04月21日(月) |
貫井徳郎「修羅の終わり」購入 |
中身を吟味するまもなく、ついでに立ち寄った書店でそそくさと購入。 とにかく貫井徳郎の小説を読みたかった。分厚い。文庫のくせに千円札では足りなかった。 いずれにしてもまだ「西行」を読んでいるため、当分お蔵入り。忘れないうちにここに記しておく。
| 2003年04月18日(金) |
辻 邦生「西行花伝」読み始め |
昨日会社の隣の内外書店にてお昼休みに購入。 交差点の角にあり雑誌中心の小さな本屋であるが、壁の一面の棚には新刊を並べ立てたりせずに、本屋の主人の趣味が覗えるような単行本、文庫本、新書が所狭しと並べられいて見ていると他人の部屋の蔵書を読んでいるようで楽しい。
いろいろと吟味をした結果、食事をする時間がなくなってしまうため、少々妥協をしつつ表題の本を買った。分厚い文庫で千円出しておつりが硬貨数枚。 本当は貫井徳郎の本がほしかったのだが、それまでのつなぎとして買ったのだがなかなか面白く、これなら最後まで読みとおせそうだ。
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