日々の泡

1986年03月03日(月) 司馬遼太郎著「関が原」読了

3月13日

日記に加藤諦三からの引用有り 「自分の幼児的願望に気づきそれを満足されることの方が重要だろう 中略 自分の中から他人に迷惑を及ぼさない限り禁止条項を取り払うことだ」という一節。単にアニメを映画館に見に行く事の言い訳にしているところがおかしい。

司馬遼太郎の「関が原」を読む。 全3巻を読み終わったとき、すっかりある一人の人物にとらわれた。

華やかな秀吉の活躍の陰にかくれるようにして時々その姿を現す軍師竹中半兵衛。 これからしばらく私の中での軍師ブームが始まる。

PHPの知的文庫の中に「軍師の研究」という一冊があった。 これをガイドブックとして次々に軍師物を読んだ。

 

確か 半兵衛 諸葛 楠正成の順ではまったような気もする。 そうそう、張良もいた。真田雪村の兄、真田 信之にもかなり長い間夢中になっていた。 



1986年02月03日(月) 「復讐クラブ」読了

2月3日

 「復讐クラブ」は子供を殺された母親の話。動機としては満足だがたった3年前に起こった事件が発端であり、人間のもっと深い陰惨な復讐心にはかなりかけはなれている。



1986年02月02日(日) 高橋克彦著「総門谷」購入

友人と野田へ(ますむらひろしの自宅訪問と言う野望につきあわされる。うかうかと助手席に座ってから 友人に「野田に行くのだ!」と宣言される。途中地図を買うために寄った書店で高橋克彦の総門谷上下2巻を購入。)



1986年01月31日(金) ロスマクドナルド「運命」読了

1月31日 ロスマクドナルドの「運命」を読む。 なかなか示唆に富んだ文章が在った。

永遠(とわ)の眠りを眠るべし

運命(さだめ)の司は現世(うつしよ)のわれらのまわりに

労苦(くるしみ)とはた悲愁(かなしみ)を積むなれば

 文中で引用しているハーディの「未だ生まれぬ貧民の子に」の詩の一節より

Doomstars この宇宙の本体をなす盲目的な「内在意志」を示す。この詩はそういう子供は闇から闇に葬られてこの世に生をうけないほうが良いという意味



1986年01月26日(日) ONCE AND ALWAYS by Judith McNaught

ONCE and Always judith McNaught   「オブローモフ」 全3巻を読み終える。気力の全くない彼が一応平安に子供を残して死んだ事にホッとする。 何か、妙に感動。 著者がこの1冊のみでドストエフスキー、トルストイに次いでロシア文学界第3位の座にあることも頷ける。



1986年01月17日(金) 「尼僧のようにひそやかに」

「尼僧のようにひそやかに」 この最後が妙に泣かせる。臨終の修道院長が尋ねる...「でも神を信じたいとは思うのでしょう?」 その通り、本当に。

(一体どういう意味なのか いまとなっては不明)



1986年01月13日(月) 吉川英治の新太閤記を読み返す

文庫より



1986年01月03日(金) ミイラ志願」高木彬光著

地獄の読書録より



1986年01月01日(水) 伊達騒動殺人事件

ロンドン塔殺人事件 高幡不動尊の帰りに参道の古本屋にて購入



1984年06月15日(金) 小栗虫太郎「黒死館殺人事件」購入

単に版の日付がこの日だっただけだが、多分この頃購入したのだろう。書名に惹かれただけだったような気がする。結局読まなかったのではないだろうか。なんの記憶もない。09/7/12書庫から持ってきたのだが、買ったことすら覚えていなかった。


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