かっしーのつぶやき
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以前も書いたけれど、今年はGW明けから職場の面子が変わり、そして7月から私自身の業務分担もがらりと変わりして、仕事がかなり忙しくなった。慣れないことが多くて心身に余裕がなくなってしまい、気がつくと塩が溶けるように過ぎ去ってしまっている日々、をもはや思い出の中で回収する気力も無い。やたらウラビレていた10月、親知らず抜歯後の痛みに全てが費やされた11月、が過ぎて、風邪引いて治ってふと気がついたらもはや師走も半ばだ。冬至まで、あと少し。
忙しいとは心を亡くすと書くのだとはよく言ったもんだと思う。この約半年間、確かに、たとえ余った時間があっても、そしていろいろ思うことは実際多かったのだけれど、でもそれをいちいち文章に結実させようという気分までにはどうにも手が届かない日々だった。ナンデモイイカラ書ケバイイジャナイ、と思わないこともなかったけれど、ろくでもないことを書いてこの状況にさらに自己嫌悪をかぶせてそれに耐える甲斐も見つからなかった。
なんとなれば、今これをこうして書いているのも、このまま行くと多分この年内は何も書かないで終わってしまいそうで、それはさすがに気が引けて、なのである。
…。
マレーネ・ディートリッヒだったか、その母親が、係累が何か所在無げにしていたりするのを見るといつも、ぴしゃりとこう言ったそうな。
「何かしていなさい!」
うん。私も、何かしていようと思う。
| 2008年09月29日(月) |
誰のためでもいいじゃないかみんなその気でいればいい |
昨日は、広島カープの本拠地・広島市民球場での公式最終戦だった。 それなりに長くセ・リーグを見続けていて、考えてみればセの他の球場は神宮はもとより東京や名古屋のドームもハマスタも、あの甲子園にだって(高校野球だけど)とりあえず一度は行ったことがあるのに、広島市民球場だけは不思議と縁がなくて一度も行けなかった。今更ながら残念。
そんな名残惜しい気持ちで今日のスポーツニュースをネットで見ていたのだが、その文中に踊っている
「真っ赤に染まったスタンド」(注、カープのチームカラーは赤) 「必ずここへ帰る」 「宇宙戦艦ヤマトのテーマ曲を全員で合唱」
という文字の並びを見て、とっさに
「ああ、広島市民球場のお別れ試合だから “真っ赤なスカーフ” を歌ったんだなあ」
と思ってしまった私であるよ。
でもニュース本文をよく読んでみたら、みんなで歌ったのは宇宙戦艦ヤマトの主題歌のほうであって、エンディングの「真っ赤なスカーフ」ではないのだった。
よく考えてみれば、ペナントでの広島市民球場での試合はこれで最終戦だけど実はまだリーグ3位が決まってなくて、これからの試合の結果如何ではカープが3位になってクライマックスシリーズに出てしかもそこで勝ち進んでもしかしたらひょっとしたら日本シリーズで広島市民球場にリターン決めてくれるかもしれないぞ、っていう時に「真っ赤なスカーフ」ではあんまりしんみりが先に立ち過ぎる、だから今こそ主題歌のほうの「♪必ずここへ帰ってくると / 手を振るひとに笑顔でこたえ〜♪」って歌詞が胸にぐっとくる、というのはよくわかる、のだが。
でもせっかくだからこっちも歌ってほしい「真っ赤なスカーフ」、だってホラ2番には「♪必ず帰るから 真っ赤なスカーフ / きっとその日も迎えておくれ」って歌詞があるし(しつこい)
…。
などという与太もそれはすべて広島市民球場という古きよきボールパークへの愛惜の念尽きざるゆえと思し召せ。 ありがとう広島市民球場、忘れないよいつまでも。
| 2008年09月28日(日) |
「第54回 奥州 二本松の菊人形」は10/1〜11/23まで開催です |
都営線に乗っていてふと見上げた車内広告が二本松の菊人形まつりの宣伝で、あーこういうのってその年の大河ドラマのネタで作るんだよなー今年は篤姫でバクマツだから二本松としても気合入るよなー、とか思いながら見るともなしにぼーっと眺めていたのだが、ふとその写真のうちの一枚の片隅に、例の朱赤に白のダンダラ模様も鮮やかな「誠」一字の旗が写りこんでいるのを発見。
おお、するとダンダラ旗の前に置かれているあの騎馬姿のおさむらいさんの菊人形は当然土方トシちゃんな訳だな、菊人形の形がなんとなく着物袖っぽく見えたんでとっさにトシちゃんだとは思わなんだよだって二本松の頃ってもうトシちゃんはフランス式イケメン軍服姿だし、それにしても菊人形で軍服って表現しづらそうだなあ黒っぽい紫の小菊とかで固めて胸にひともと白菊が映えるとかするとそれっぽく見えるかなあ、などと思っているうちに九段下で電車を降りた。
で、その後なんとなくその二本松菊人形トシちゃんが忘れられなかったので調べてみたら、二本松観光協会のサイトにはこう書かれてあったのだった。
-------------- http://p133.pcsn.co.jp/~nihonmatsu/ 第一会場 : 大河ドラマ「篤姫」 〜新撰組・独眼竜 政宗〜
「幕末の動乱期、徳川宗家のため、また日本の未来のために力を尽した篤姫の生涯を鮮やかな菊人形で表現します。 また、東北みちのくに縁のある「新選組」「独眼竜政宗」も菊人形絵巻で華麗に表現します。」 --------------
…。
いや、筋は通ってるんだが。菊人形を見に来た一般の人にはそれで十分だとは思うが。 でも副長と奥州筆頭がいっしょ盛りってそれって何の中井祭り?
| 2008年09月16日(火) |
尾骨なんて放っといたって治るわよ |
また職場で階段から落ちた。
去年の7月に事務所が引っ越してからずっと階段落ちが無かったため、きっとオチ運のようなものは旧事務所に置いて来たんだと勝手に解釈して安心していたのだが、その油断が災いしてまた新たな落ちにつながったような気がする。ところ変われど私はやはり相変わらず不注意な人間なのだった。
今回の落ち方は、階段を降りていく途中でつるりと足が滑り、諸手を挙げて仰向けに倒れつつ臀部にて着地というか着段し、最下段に足先が着くまでそのまま臀部で段々々と滑落、というもの。人間の体で一番丈夫だと言われるところでもって滑落しただけあって、派手に落ちた割にはどこも折れも裂けもしなかった。強いて言えばとっさに体を支えようとして打ったらしい腕やら脚やらにあちこち青アザをこしらえた程度。
もはや入社してから何度目なのか数える気力も無いくらいたびたび職場で階段落ちをやらかしている私なのだが、しかし一度も骨折やその他大事に至ったことはない。注意散漫であるがゆえにあちこち痛めて鍛えられて頑丈な体に育ったのか、それとも頑丈であるがゆえに怪我をナメてかかって注意散漫な人間になったのか、どちらが先かはたまた真実なのかは天地のみぞ知る。
ところで、今回、臀部とともに尾骨も強打した。したたか打ってもお肉部分は痛くないが、骨となるとさすがに響く。実はこれを書いている今も痛い。今、勢いよく階段を駆け上れとか三塁へスライディングしろとか言われたらちょっと泣きが入るくらい痛い。
これは尾骨をけっこうひどくやってしまったな、と自覚した際に、とっさに頭に浮かんだのが今回の標題のセリフ。三原順のマンガ『X day』の中で、主人公のダドリーがある事件に巻き込まれいろいろあった挙句階段を転げ落ちて尾骨を骨折するのだけれど、本人が大層に痛がるのを見て隣人の看護婦・ロザリンが笑って言うのだ、
「尾骨なんて放っといたって治るわよ!」。
…。
整形外科行ってすみません階段から落ちたんですと言って尻を出すのは嫌なので、この際彼女の言うことを信じたことにして放っとこうと思う。
| 2008年09月02日(火) |
お前の描いた詩は俺を不良くさせた |
サザンオールスターズの曲で1曲だけ選ぶとしたら何だ、という問いがいかに愚問かという話をしていて、
「それを言うなら吉田拓郎も1曲だけは選べないよねー」
とtimutaんが言う。
(説明しよう、私ら二人にとって吉田拓郎とはまさに青春のいちぺーじなんである。そういう世代とかいうんではなく、ただ私らだけが高校時代に勝手に聞いて勝手にハマっていた。今でも高校時代の夏休みを思い出せば、青い空と白い雲を背景にして傍らのラジカセからはいつも拓郎が流れていたような、故郷の夏風と一緒に拓郎の音楽を呼吸して生きていた気がするような、そんな恥ずかしい濃さで、拓郎なのだ。)
だがしかし、こんだ私は
「いや、Ronin。なんてったってRonin」
と身も蓋も無く即答なんであった。
以下に言い訳を書く。「Ronin」ってだってほらあの幕末青春グラフィティの映画版の主題歌だったのだ、あの最初のフレーズ、♪あのひとーのやわぁーはだにー、の、「わぁー」のところの拓郎の声、あのぞっとするほど明るい青空に立ちのぼっていくような響きを聴くともうそれだけでだーーーっと頭の中で幕末が自動実行、青空で夏草で汗だくで裸足で走り回ってヒマワリ畑でガトリング砲が火を噴いて高杉晋作は血を吐きながら酒を飲んでて、ああやっぱり吉田拓郎は何がどうあってもたとえ頭がアフロでも私にとっては永遠の高杉晋作なんだよもう、というような暑苦しい連想がめんめんと続きだすわけなのだった。ろーにん、ををを、ろーにん、いーん、なーいてぃーんえーいてぃふぁあーいぶ。つまりあの「幕末青春グラフィティ」という一瞬の虹のようなバクマツ系ドラマ&映画のシリーズを思春期どまんなかに視聴してしまったという業のために、いまだバクマツファンの殻をつけたまましらばっくれて人生を渡っている私としては、高杉晋作で1曲選べと言われたら自動的に吉田拓郎、いや吉田拓郎で1曲選べと言われたら高杉晋作、即ち幕末青春グラフィティ、すなわち「Ronin」、という思考回路になってしまうのだった。
しかもそれをそのまま放置しておくと、今度は拓郎は拓郎でも「元気です」を聴くとこれってなぜだか近藤土方な気がするんだよね、このなんか悲壮明るい感じがどこか新撰組つか幕軍っぽいのかもね、みたいなもはや熱病的な方向に妄想が舞い上がっていくわけなのだが、それは余談(ほんとうに余談だ)。
| 2008年09月01日(月) |
本当は見た目以上涙もろい過去がある |
今年の夏は街のあちこちでサザンオールスターズの曲がかかっていたような気がする。夏といえばサザン、というのはいつものお約束にしても、やはり活動休止宣言のせいか今年は耳に入る率がやたらと高い。
それは夏が過ぎ9月になっても変わらず、たとえば今日も駅前のスーパーの店内有線放送で何の脈絡もなく「Bye Bye My Love」が流れていたり、この間は突然「みんなのうた」が降ってきたりして、個人的に危険だ。サザンは、いかんのだ、サザンは。その曲が流れてくると同時に自動想起される思い出たち、その情景がことごとく、濃いから。いい曲であればあるだけ、思い出すその情景もちょっと鮮やかに過ぎて、こたえる。
いろんな、いろんなことがあったから、私らはきっと60歳になってもサザンのあれ聴いちゃ痛いこれ聴いちゃ痛いって言ってるんだろう。
てなことをtimutaんと言い合っているうちに、「じゃあ痛いついでに、サザンの曲で1曲だけ選ぶとしたら何だ」という話になった。なったはいいが、結局選べずじまい。だって好きな曲が多すぎて、たとえベスト5に絞るのだって難しい。そう、強いて選べというのなら、せめて「今日、いまの気分で、選ぶとしたらどの曲にする?」くらいの範囲でなら。それにしたって迷う。あれこれ考えて、考えれば考えるほど思い出すことが多くて選択肢は増えていき、やっぱり私には決められないんだと途方にくれるのがオチだ。
…、
何の話をしているのだっけ?
そうだ、サザンだ、あの思い出のサザンオールスターズの曲。Can't you hear me? My love.
| 2008年08月31日(日) |
Can't you hear me? |
7月初旬から俄かに仕事が忙しくなり、心身ともに余裕がなくなった。
日々是胸突き八丁上り坂、終わりも見えず、やがて反動で茫然自失。 力も入らず、気がつけばもう8月も終わりである。
目の前を通り過ぎていくだけで私の時間の中には影も残さないことがたくさんあるような気がする。
それでも、今日も、新しい声が耳に届くだろう。 掴めたら、学んで、汲んで、心に容れていきたいと思う、この頃。
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