かっしーのつぶやき
DiaryINDEX|past|will
| 2008年06月07日(土) |
なにゆえ人は汝にのみ憧る |
そのときまで、自分がこんなふうに泣くとは正直なところ思っていなかった。
少しは泣いてしまうだろうな、くらいの覚悟はしていた。 だけど、ああ、だって、あれからもう6年も経っているのに。
そのとき。 匠ひびきが黒燕尾姿で「宝塚わが心のふるさと」の旋律にのせて静かに踊り始めたのを見た、そのとき、私の全身がわなわなと震えはじめた。それはまったく比喩ではなく、文字通り、意志の力では止められない質の震えが膝のあたりからがくがくと起こってきて、私はとっさに両手で膝をおさえずにいられなかった。
匠ひびきが踊っている。 夢ではない。 匠ひびきが、今、目の前の舞台で、黒燕尾で踊っている。
ああ。
そうして震えをぎゅっと堪えていた身体の底の底のほうから、やがて一気に噴きあげてくるようにして涙が溢れ出た。 身動きもできないままに涙はあとからあとから湧き出して、頬を頤を幾筋も伝い胸元まで流れ落ち、それでも止まらなかった。
瞬きの間も惜しんで舞台を凝視しながら、ああ、人間の涙はこんなふうにもほとばしり続けるものなんだ、と頭の片隅で思っていた。 まるで眼球が洗われていくようだ。
だって、匠ひびきが踊っている。
あの指先、透きとおって虚空を劃るあの動き、あの首、一瞬の緊密な空気を逃さず象るあの角度、あの瞳、伏せるまぶたの憂い匂う陰影、ああ、そして、そんな彼女の体の動きひとつひとつをさながら恋い慕うかのように映る、どこまでも優美な、あの黒燕尾のライン。
匠ひびきが踊っている。
私にとって、そのとき、劇場の空気すべてがひとつの結晶のようだった。 透きとおって緊密で、匂うような陰影をたたえる、ひとつの美しい結晶。 自分もまたその中に溶け入り同一に結晶化するかのような陶酔を味わうこと、私にとって匠ひびきのダンスを見るということはそういうことなのだと、改めて思った。
◆
そして、そんな匠をやさしく従えるように、舞台の中心、やさしいうす藤色のドレスで歌うヤンさんは、とても美しかった。
ありがとうヤンさん。 匠ひびきを踊らせてくれてありがとう。
「できることならもう一度」、そんな奇跡をこうして現実にして見せてくれた貴女に、私たちはどれだけ感謝しても足りない。
ありがとう、ありがとう、ヤンさん。
場面が変わり黒燕尾の匠ひびきが夢のように消えてからも、何度も何度も心の中でそう繰りかえしていた。
| 2008年05月15日(木) |
ターマはきょうもみどり |
ターマ違う(笑
先日、初めて、新撰組局長・近藤勇の墓参りに行った。
高幡不動の石田寺や函館旅行には何度も行ったことがあるのに、近藤さんの墓所を訪ねるのは実は今回が初めてなんである。改めて考えてみるとそれは土方ファンとしてもあんまり不遜な態度だったんじゃないか、というかあのトシちゃんのことだから、土方のとこには墓参して近藤さんとこはスルーするような新撰組ファンはそれこそ士道不覚悟で(以下略)という気がいまさらしてきて、それだけ私にとっては土方歳三オンリーマイラブ人生が長かったということなのが、それはともかくせめてもの思いを込めて、掌を合わせてきたのであった。
竜源寺のすぐ近くには今でも近藤勇の血縁につながるところの近藤さんちがあって、近藤勇のお墓は今でもちゃんとその近藤家代々の墓所の囲いの中に建っている。ああ、近藤勇という人は、本当にずっと昔からそして今もこの土地にある家のその縁につながる人で、本当にこのあたりに生まれて育って、ある日たまたま時流に乗って行っちゃったけど元々は本当にふつーの田舎のアンちゃんだったのだなあ、と実感する。
日野の石田寺にあるトシちゃんのお墓もそうだった。歳三の墓、というより「土方さんちのお墓」。そこにおまいりするときは、トシさんのお墓参りだわキャーという感じではあまりなく、基本的に腰低く土方さんちのお墓の敷地の中に入らせてもらって「すみません土方家代々の皆さん、縁もゆかりも無い者ですが歳三さんのお墓にお線香あげさせていただきます」的な気分になる。たぶん私自身が、墓参りだの盆暮れ彼岸の行事だのにやたら熱心な田舎育ちの人間だから、余計にそんなふうに思ってしまうんだろう。
つまりそういう私の中の田舎DNAみたいなものがそれだけビビッドに反応してしまうくらいに、近藤さんや土方さんがそこにいたという痕跡は、今でも多摩の田舎の事物風景の中、地縁血縁のその中に、まるで息づくようにして存在し続けている。私にとって多摩の風景がなにもかも目に鮮やかに映るのは、その緑が濃いからだけではなくて、そこを通り過ぎていった「彼ら」と、後の世の人たちが彼らに馳せ続けるその思いのそれぞれの濃さが、今も深くせつなくそこここに影を投じているように私には見えるからなのだろう。
などと、昼下がり、陽炎の立つ初夏の川べりを歩きながら思った次第。
さる筋からもう少しメリハリのある生活をしなさいと叱られた。 私の側の言い分は省略。
とは言え、生活にメリハリを利かせろと突然言われても何をどうしたらいいかわからない。ので、まずはこのところずっと不義理をしていた方々にメールを書いてみた。
怠れば、喋り方も書き方も描き方もなんでもかんでも忘れてしまう私なのだということを、日に日に思い知る。 ボサっとしてんじゃねえゴルア、と叱ってくれる人がいるということは、確かに幸せなことなのだ。
だいぶご無沙汰してしまいました。
先日のチャーちゃんのお茶会レポをtimutaんにupしてもらいました。 チャーちゃんが、自分の先生や先輩がたや後輩たちを今でもどんなに敬い心深く愛しているか、そしてファンの存在をどんなに大切に思ってくれているか、その気持ちのまっすぐさが聴く人ひとりひとりの心に伝わってくるような、そんなお茶会でしたから、その場のあたたかさが少しでもレポを読んでくださる方に伝わるといいなと思いながら、メモを書き起こしました。
今回はスーツなんてカッチリ着て行って緊張した姿勢のままメモし続けていたためか、お茶会が終わった頃にはやや腱鞘炎気味でした。 でも、upしてもらった後、皆様からからたくさんのねぎらいのお言葉をいただいて、本当にありがたかったです。
ありがとうといって下さる皆様がたに、私のほうこそ心からありがとうございます。
私が書くものが少しでも誰かの、何かの役に立てればいいな、と思います。
白木蓮の花のランプのようなチャーちゃんに歩く足許をほんのり照らしてもらったような、そんな今の気持ちを心の中に大事にしまって、また何か書いていこうかな、と思っております。
| 2008年01月11日(金) |
そんな毎日が立派だなんて魂が熱くならなきゃ恥ずかしいだけ |
新年明けまして松も取れました、今年もよろしくお願い申し上げます。
◆
ふりかえると2ヶ月もここの更新をサボっていて、前回更新の時点では「来年早々に行っちゃおう」と未来形で書いていた尾張名古屋への押しかけ宴会ももう既に過去になってしまった。ぼーっとしていたようでもあり、その一方ではゆっくり椅子に腰を落ち着けている間もなかったような気もする、変な感覚のまま過ぎ去っていったこの2ヶ月あまり。
11月半ばには、弁護士・T野くんのお祝い会その2、があった。 面子は、2年前にT野くんが司法試験に合格した時にもお祝いと称して集まって飲んだ面々で、元はといえば幕末同人の友達つながりだったはずなのだけど、あっちが切れこっちが伸びで今やほぼ単なる飲み仲間と化している。なりゆきで私が幹事になって、なりゆきでおととしと同じお店に予約を入れたら、店だけじゃなく部屋までおととしの時とまったく同じになった。偶然だけどなんか面白いなと思っていたら、そのあと行った二次会のカラオケも2年前と同じ店でかつ以前と同じ部屋に案内されたのだった。前回と今回で来られた人と来られなかった人がいるけど人数は大体同じくらいだったので起こった現象、なんだろうか。 みんなも「ここって前の時と同じところだよね」と気づいて苦笑していたけれど、それでもなお悪びれず、これまたやっぱり前の時と同じようなバカ話をして、同じようなバカ唄を歌って大いに飲んで笑った。今年の話題は、もっぱら銀魂と電王。昔取った杵柄というか元幕末同人つながりなせいか、銀魂がほぼ一般教養のごとく語られるのがおかしかった。そしてなぜかいつも盛り上がる仮面ライダーネタは、2年前は響鬼で今年は電王。歳は変われどそのつど盛り上がるポイントがなんとなく似通っているから、こんなに長年ダラダラつきあってこれたのかなと思ってみたり。
夜更けて最後に駅での別れぎわ、「T野くんのお祝いのために集まったはずだけど全然お祝いの会じゃなかったね、ただのいつもの飲み会だったよね」とお互い苦笑しつつ、でも楽しかったね、また飲もうねと言って解散したところまで前回と同じで、そしてそれが今日はかえってほのぼのと嬉しかったのだった。こんなふうに、うっわなんかあたしらおんなじことしてるよなー、というような感慨を、しかも明るい気持ちで(それが大事)抱きながら、なにげなく日々を暮らしていけることこそ、幸せという名の何かのひとつのかたちなのではないかと、このごろ思う。
12月はじめには、会社のPCが壊れた。 もともと旧型で、もうどうにもメンテナンスできずとうとう買い替えするほかなくなった、が、予算がなく、新マシンを買ってもらえる年明けまでは、会社のフロアの片隅に放り出してあった半スクラップ並の中古PCをなだめすかしながら使わなければならなくなった。使えることは使えるけれど、けっこうな頻度でフリーズする常時ドキドキのPCでは会社でのネット逍遥も思うようには出来なくなってしまい、そして私は実は自宅のPCもナニでアレだったりするので、自動的になんとなく世間様と疎遠っぽくなりながらの年の瀬に突入した。 ネット環境がなくなるといきなり疎遠になったような気がする私の世間様とのつながり感ってやっぱりどこか問題があるんじゃないのか、とか殊勝に頭の端っこで考えたりもしたけれど。
しかしいったん田舎へ帰省するとそこは「ITってそれなに、おいしいの?」的な正しい日本の年末風景の只中、だった。もはや携帯を覗くことも忘れがちになりながら、例年のごとく5kg近くのあんこも煮た。毎年餅つきをする師走30日は今まで必ずと言っていいほど良いお天気の日が多かったのだけれど、今年はどういうわけか朝から真冬の雷雨で、家中で異常気象だ地球温暖化だと言い合いながら、それでもやっぱり(根性で狭い軒下を使いつつ)例年のごとくみんなで大騒ぎしながら餅つき。のして丸めて伸ばして食べて配って、が終わる頃には雨はすっかり上がっていた。
例年と違ったのは、甥っ子1号が今年初めての元朝参り(方言。つまり二年参り)を体験したこと。昨日の季節外れの冬雷雨で空気がさっぱり洗われたおかげか、今年の年越しの夜空はことのほか星がきれいだった。磨いたように黒く澄んだ空に細かい星までくっきり見えて、まるで理科の教科書の冬の星座図みたいだなと家族みんなが口をあけて空を見上げていた。今年10歳になる甥っ子1号、生まれて初めて見る元朝参りの夜空があんなにきれいな星空で、本当によかったと思う。
2008年の年明けには、松も明けぬうちから尾張名古屋に乗り込んだ。 (詳細はtimutaんの日記を参照。) 私とtimutaんとT野くんの久々の三人旅、一応この旅は一連のT野くんのお祝いの総仕上げ、のつもりだったけれど例のように例のごとく「いつもの飲み会」になだれ込む。銀魂の話をしているうちに、いきおいお互いの過去(幕末同人)の話になった。昔話をあちこち掘り返されては、あああの時はあの人が、そんな事が、うへえぇええと呻く私。同じ時代に同じような狭い業界(笑)で似たような活動をしていても、本人の立ち位置と心構えによって同じ出来事がずいぶん違う感覚で受け止められているんだなあ、と当たり前のことを改めて実感してしまった。
酔いが進むうちにだんだん銀魂の近藤・土方の話とリアル新撰組の近藤・土方の話がクロスオーバーしていって、なんともアホらしくて楽しかった。そこに声優つながりで戦国BASARAのの話とリアル戦国、というかリアル大河(いやあれだってドラマだからフィクションだから)話も重なってくるものだから、もうわけがわからない。この面子でこのテのヲタ話をする時の、「なんでもあり」的な思考のフットワークの軽さは本当に好きだ。そういう軽みというかヌキを面白がる感覚、それを斬り結べる心の剄さをとりあえず持ち合わせていてよかったと思う。 6時間超、ひたすらダラダラ飲んで食べて、最後は眠い目をこすりながらそれでも続くマニアックな話。みんながそれぞれ目の細かさの違う感性のヤスリみたいなものを心に持っていて、既知のことでも改めて自分の感性を(望むと望まないにかかわらず、ではあるが)ゴリゴリ磨かれるような感覚があって面白かった。痛気持ちいい、ってこういうことなのかなとふと思ってみたりする。実は足裏マッサージに怖くて行けないくらい痛みに弱い私だったりするのだが、今日はなぜかそういう気分で、爽快だった。
今回は、熱田神宮にお参りして、シロノワールとたませんと名古屋モーニング食べて、名古屋城を上から下まできちんと見て(青松葉事件のぷち勉強までして)、仕上に小倉トーストもしっかり味わって、と本当にガッツリ尾張名古屋を満喫した気がする。 最後は「次の名古屋は、コアラとドアラ!」と笑いあって、名古屋駅の新幹線改札口で手を振った。 帰宅した後、声嗄れと表情筋が筋肉痛。そのくらい、笑い通し話っぱなしの2日間。ああ、楽しかった。
| 2007年11月04日(日) |
時には無邪気にはしゃいでみたいと |
友人のT野くんが、弁護士になった。
そう言うと1フレーズで済んでしまうけれどそれはしんじつ本当に大変なたいへんなことで、おめでとうおめでとうと何度言っても全然足りない。この素晴らしくうれしい出来事に対して、自分の言葉があまりにも追いついていない気がして我ながらもどかしい。そしていざそのT野くん本人に面と向かったら今度は胸がいっぱいになってしまってもはや肝心のお祝いの言葉すらろくに発することができず、久しぶりに会ったのだけど結局はいつも通り相変わらずのバカ話ばかりしてしまった、ということにしておこう、しておいてくれT野くん。
長年の夢を叶えた彼女への私からのお祝いのプレゼントは、『銀魂』のジャンプコミックス1〜10巻。晴れて弁護士になった彼女にいろんな人がいろんなお祝いをしただろう(するだろう)から、私はどうせなら一番バカバカしくて記憶に残るプレゼントをしようと考えたのだった。騙されたと思って読んでみてくれそして面白かったら続きは自分で買ってくれと言ってリボンもかけず本屋の紙袋のまま渡した。きっとあんまり嬉しすぎると時として人はトンチキなことをやらかしたくなるのだろう、ということにしておこう、しておいてくれT野くん。
T野くんは『銀魂』は未読だった(確認せずに10冊揃えて買ってきた私も私だ)けれど、彼女と私はもとはと言えば幕末畑の同人仲間だったので、だいたいの話はノリで通じてしまった。リアル幕末歴史の知識がひととおりあればあとの作品世界の説明は最小限で済んでしまうあたりがこのマンガの実はすごいところなのだ、と変なところで感心した。
読み終わったらどの人物が好きになったか教えてね、と言ったらそういうアンタはどいつが好みなのよと切り返され薮蛇。
その後も新撰組の話とか昔の幕末同人界の話とか特撮の話とかでもりもりと盛り上がり、日曜の夜の空いた居酒屋の中で私たちのバカ笑いの声ばかりが景気よくはじけていた。「おめでとう!」と笑顔でグラスを合わせられる出来事があったことももちろん幸せだったけれど、お互いの状況を問わずいつでもこうして相変わらずのバカ話で大笑いできる相手がいるということこそがやっぱりしみじみと嬉しいのだと改めて思った。 さんざん積み上げたバカ話の〆として、こうなりゃ来年早々に名古屋のTさんの所におしかけ宴会やりに行っちゃおうと尾張方面に伺いも立てず勝手に決めて、気分よくそれぞれ帰路についた酔っ払い三人だった。
こんな私とそれでもずっと友達づきあいを断たずにいてくれているT野くんは、本当はとても優しい人なのだと思う。これから弁護士としてきっとたくさんのいい仕事をしていくことだろう。優しくて面白くて本当は頼もしい“辯護士”、我らがT野くんの前途を祝して、もういちど、乾杯!
先週と今週と、2週連続でとてもよい天気の日曜日。 どちらの日も家にいて、秋冬用の布団を押入れから出し、むきになって干した。
ふかふかふかふかふかーーー
おひさまのにおいはただそれだけでなんだか元気になる。 子供の頃、風通しのいい西日のよく入る部屋で大きくなったせいかなと思う。
湿気キライキライ。
心の湿気もついでに飛んでってしまうといい。うん。
|