かっしーのつぶやき
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2007年01月27日(土) コートの中では平気なの

ひさーしぶりに某所でバレーボールをやってきました。

ここのところ野球若年男子の言動を見聞きしては精神的にアップダウン激しく疲弊しささくれていた反動か、なんだかもう無性に、何も考えずに自分の体をガーッと動かしたくなりましてですね。

私が思い立ったらすぐにとっつけるスポーツというと水泳かバレーボールで、で今はひとり黙ってコースを行き来する水泳よりも、走って声出して打って拾って転がってほこりだらけで汗ボーボーのザッツ☆バレーボール!な気分だったわけで、ちょうど渡りに舟のタイミングで体育館へのお誘いが来たので、飛びついてきましたんですね。

やぁ、動きました。
ボールは見えていても足が追いつかなくてむちゃくちゃ情けなかったです。
昔からそうだったけど本当に決定的に持久力がない…とほほほほ。
でも久しぶりにスパイク(もどき、くらいの奴でしたが)打ったりして、楽しかったです。

昔はあんなにバレーボールが嫌いでイヤイヤ部活に行ってたのに。ねえ。
人生ってのはまこと不思議なもんであります。


2007年01月20日(土) 燕組トップスター

トップスターと言っても東京ヤクルトスワローズの残酷な天使様・青木宣親君の話です。

去年のクリスマスに彼の衝撃的な「近いうちポスティングでメジャー行きます」宣言の報を聞いて以来ソコハカとなく寂しくやるせないような心持で一連の現象をとらえていた私ですが、それから松が明けるまでずーっと「残酷な天使のテーゼ」を心に流し続けてたらいいかげんそんなうらぶれモードにも飽きてきたので、もうどうせですからこの現象を前向きにとらえるべくここらですべてをサクッと切り換えてしまおうと思い立ちました。


てなわけで、これから青木が本当にメジャーへ行ってしまうまでの時間が1年なのか2年なのか3年なのかは知りませんが、とにかくその1年か2年か3年かの間に東京ヤクルトスワローズで起こる青木に関することすべてを

「NPB燕組トップスター・青木宣親様の、壮大なサヨナラ公演」

だと思うことにしました(笑)


ホラ私ってしょせんオールドタイプなプロ野球ファンだから。選手の移籍っていったらトレードしか知らない人間だから。トレードでもなく、現役引退でもなく、自分の好きな(しかも人気絶頂の)選手が「もっと環境がいいところで野球がやりたいから」って理由で自分のひいき球団を笑って去っていく、っていう状況は実はこれがはじめてのことだから。これから先のその人を応援していくためにファンとしての自分の心をいったいどのへんに置いておいたらいいのかわからないのよ。ほんとうにわからないのよ。

その点、宝塚のトップスター様なら、わたくし過去に心から愛した人を文字通り血涙もって見守りお送り申し上げた経験が忘れ難く心身に刻まれてございますので、ココロの準備もしやすいというものでございます。

もうこうなったらいっそのこと宝塚のトップスターに就任したのと同じだと思えばいいんだ、と。
宝塚のトップスターなら、たとえどんなに美しくどんなに絶大な人気を誇るスターでも、就任後何年かすれば必ず退団する日が来る。“その人”は、まさに人気の絶頂において退団を発表し、それから半年なり1年なりの間、サヨナラ公演という名の壮大にして華麗なる惜別の日々をファンとともに送るのだ。その限られた日々は、ファンにとって確かに涙とともに歩むものではあるけれど、それでもほんとうに大切な、かけがえのない宝石のような時間となって心に残る。そうしてすべての涙が流れたあとで、その人は、すべての美しい思い出の揺籃、愛すべき古巣を、文字通り「卒業」していくのだ。笑顔で。
それと同じことだと思えばいい、これから青木がスワローズを退団してしまうまでの年月を。


つくづくバカな発想だとは思うけど、そうやって考えを切り替えることで、私も笑顔でいたいのだ。
どうせメジャー行っちゃうんだろ、なんてヒネた目で、神宮球場のダイヤモンドを駆ける君のユニフォームを見ていたくない。


いつか近いうちに迎えるであろうサヨナラ公演千秋楽、…もとい最後のファン感謝デーには、青木には胡蝶蘭の花束持ってオープンカーに乗って手を振れとまでは言わないけれど、まあ私は個人的にシャレで白い服でも着ていってみようかとか思います。

嗚呼このプロ野球と宝塚を一緒くたに語ってはばからぬという大暴挙。
どちらのファンの方にもさぞかしご迷惑かつご不快であろうとは思いますが、私といたしましても己がココロの平穏は自力で図らねばならんというなけなしの使命感の上に思いついた言わば当座の苦肉の策でございますので、どちら様におかれましてもあしからずご了承いただけますようお願い申し上げます。

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ああっ、そんなことつらつら考えてたら、なんで青木のお茶会がないんだろうって気が猛然としてきた(笑)
なんでやらないんだろうお茶会。やればいいのにお茶会。お茶会でなくてもトークショーでも何でもいいけど、せっかく近いんだから明治記念館とかでさー、質問コーナーとか握手&プレゼントタイムとかやってさー、ダメ?そんでもってついでに途中で米野きゅんがゲストで花束持って乱入して来るとか一曲歌って嵐のように去っていくとかないのか。ないか。しょぼん。

…(遠い目)

ああ、去年のファン感で「青木が羽根しょってやってくる」なんて言って笑ってたそのバカ発想が今またこんな形になり変わり己がココロを救うよすがとなろうとは、あの外苑の銀杏並木も黄金に色づく秋の日には、夢にだにも思っておりませなんだ。よよよよよ。


2007年01月08日(月) 君はトレジャー・ハンター

今年の甥っ子への誕生日プレゼントは、ただ贈るのではなく「隠してあるのをヒントをもとに探し出してもらう」という形式にしてみようと思い立ち、正月のうちに仕込んでいったのでした。
「××家の、夕日に一番近くて窓にカーテンのかかった部屋の中、同じ大きさの引出しが三つタテに並んだ家具の、向って一番左にある引き戸をスライドさせてご覧。そこに赤いバンダナに包まれたものがある。それが、プレゼントだ!」みたいな。

果たして誕生日の翌々日、彼から誇らしげな報告電話が。

「隠してあったの、見つけたよ!」

そうかそうか、見つけたか。よかったよかった。

プレゼントの中身はケストナーの『エーミールと探偵たち』と江戸川乱歩の『青銅の魔人』。
三学期のはじめはたっぷり探偵気分にひたってくれたまえ。


2007年01月02日(火) 歌い初め

昨年秋のカラオケデヴュー以来、すっかりカラオケ好きになってしまった甥っ子1号にせっつかれて今年の歌い初めに行きました。
カラオケと申しましてもうちのカラオケは完全オトナ仕様のアニソン&特ソン大会。

どうせアニソン大会だから構いやしねえとばかりに、私も正月早々自虐的な気持ちで「残酷な天使のテーゼ」を入れてみたら、歌ってる途中からなんだかウルッと来て声まで震えてきちゃってなんだかなあでした。

ああ今の私の腐れきった心にあの歌はほんとーに青木宣親君への惜別ソングだとしか聴こえん。
ヤクルトはそう自由を知るためのバイブル…(シャレになってない)

ある意味自分のピュアさ加減に自分で驚愕です。とほほほほ。


2007年01月01日(月) かき初め

書くほうじゃなくて描くほう。
熱血一筋ヲタ修行街道まっしぐらの甥っ子1号が、この年末年始の大トピックとして持参してきたのは「自分で考えたスーパー戦隊シリーズ」の設定画でした。

小学3年生にしてオリジナルキャラですか!!

…まあなんと言うかカエルの子はカエルというかヲタ純粋培養の当然の帰結というかえーとその。
しかもその設定、それなりにちゃんと王道は押さえてあったりしてなかなか侮れない。何より彼がその内容についてとても熱心に説明をしてくれるのが微笑ましかったです<叔母バカ

というわけで、今年のかき初めは、甥っ子1号の記念すべき初オリキャラのデザインをファインアップするというお仕事となりました(笑)

いやはや、まさかこんなところで、長年培った「人様のキャラを勝手に真似て(自分の絵柄にすり替えて)描く」という同人誌的というか二次創作的ヘタレ系絵技が活かされることになるとは思いませんでした。まったくもって人生とはわからないものであります。


2006年12月31日(日) 兄弟船

今年の紅白も特撮ネタあり。昨年は仮面ライダー響鬼でしたが、今年はあの、ウルトラ兄弟。
家族やふるさとを大事にしようというのが紅白の根底のテーマのようだったので、特撮ヒーローといっても単体ではなく「ウルトラ兄弟」にしたのがいい感じでしたね。
しかもそのウルトラ兄弟さんたちにお祭りハッピを着せ、鳥羽一郎が「兄弟船」を歌うその背後に並ばせて大漁旗を振らせ手拍子を揉ませるというナイスな演出。バカバカしいんだけど楽しかったー。そうです、こういうのはこのくらいコテコテにやったほうが賑々しくていい。うちの実家では大受けでした。甥っ子1号も喜んでたなあ。

こういう楽しい記憶の断片が少しずつ彼の内面に積もって、いつか大人になった時「子供の頃の大晦日とか正月って、なんか楽しかったなあ」って思い出してくれたりしたらいいなあなんて思いました。
こんなのもウルトラ兄弟もみんなみんな含めて、日本の伝統文化だと思いますんですよ。

どうせならもうウルトラ兄弟さん達には毎年白組応援団としてレギュラーで入っていただくというのはどうでしょう。
ウルトラの母には赤組に寄ってもらって、で当然、ウルトラキングは審査員兼ご意見番ということで。


そういえば紅白見ながら、その一方では甥っ子1号主催の「年越しスペシャルトランプ&かるた大会」が家族で行われていたはずなんだが(そして結構白熱展開したはずなんだが)、一体どうやってそれとこれを同時進行できたんだか後から考えてもどうしても判らない…

まあそんなことはともかく。
やがてトリを聴きつつ身支度して、両親といつものように元朝参りへ。

おみくじは大吉、でも「女難に注意」(なんだそれ)。
お神酒いただいてみかんを貰って、地域の青年会の元・同級生から金箔入り日本酒をコップになみなみいただいて(当然その場で飲み干して)、コートのポケットを貰ったみかんで膨らませながらゆらゆらといい機嫌で帰ってくれば、もう新年。

眠い目をこすって船を漕ぎつつ私らの帰宅を待っていた甥っ子1号は、来年は僕も行くからねともにゃもにゃ言いながらお布団の海へ速攻ダイブ。
そういや私も、子供の頃の元朝参りはもう眠くて眠くて、ほとんど寝たまま親に半纏もごもご着せられてそのまま肩に担がれて近所の神社へ連れて行かれたっけなあ。


そんなふうにのんびりと、平和な田舎の正月がやってまいります。


2006年12月30日(土) だが我々は餅のため

昨日あんなこんなで大変な思いをしつつ炊いたつぶあんですが、翌日身内の人間から「甘さが足りない」とダメ出しがありました(涙)
目前で容赦なく追加投入される大量の赤ざらめを茫然とながめつつ、ああやっぱり体も心も疲れて弱ってる時には弱気な味付けになってしまうのだわ、いかんいかんこんなことではと深く反省したことです。

餅つきのほうは例年どおり誰かが怒り誰かがふてくされ子供は叱られ泣き喚くという通常運転のうちに無事終了、そしてやはりこれまた例年どおり誰さんの家には餅はいくつだだの誰さんの家の分には納豆餅は入れないでくれだの大騒ぎのうちに餅は各ご家庭に配られていきました。

去年も書いたけど、まあそうやって有り難がってもらえるうちが華と心得て、毎年当然のようにこうしてお餅つきで大騒動をしながら年の瀬を迎えられる喜びをしみじみとかみしめつつ、いよいよ大晦日へとカウントダウンなのでした。


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