かっしーのつぶやき
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| 2006年12月29日(金) |
吹きすさぶ風がよく似合う |
くにんーのせんーきとーひーとーのぉいうぅー♪ (てかああ本当に自分が9人いたらいろいろ楽だろうなあぁ)
などと思わず口ずさみそうになってしまったのは、例年の如く会社の大掃除と納会を済ませた後グダグダに疲れた体を引きずりつつ帰省のため上野駅に着いたら頼みの常磐線が折からの強風のため運行見合わせ中だったからでした(ガクリ)。 遅れている電車がいつ入ってくるか予測がつかなかったため、寒風吹きすさぶ常磐線のホーム上をうろうろしつつ待つこと2時間弱、やがて16:00発のはずの特急がやっとホームに入線してきたのが17:50頃。乗れたはいいけど途中でも徐行運転が続き、結局帰宅できたのは夜8時を越えていましたです。
でもってそれから家でごはんたべて当然のように酒を飲まされやっとあんこ用の鍋にとりつけたのは9時も過ぎた頃、そしてそれから2キロの小豆を炊くこと4時間、やがて総重量5キロ近くになんなんとする鍋いっぱいのつぶあんが完成したのは実に午前1時過ぎ、嗚呼それはもはや餅つき当日になってからのことだったんでありましたよ(遠い目)
帰宅してからずーっと鍋の傍にいたから、上野駅で冷え切った体もすっかりあたたまったのでまあいいとしよう。 ああそれから去年と違って今年は大鍋ひとつで炊けたので若干(うん、若干だけど)手間がはぶけて楽でした。 …。 とりあえずその、あれだ、とにかくなにはともあれもうあんこはできたんだ、うん…(昏倒)
| 2006年12月28日(木) |
彦根城でひこにゃんと握手!約束しよう! |
今までこの世で最もかわいい着ぐるみは「つばくろう」(東京ヤクルトスワローズの応援キャラクター)だと信じて疑わなかった私の心も、この国宝・彦根城築城400周年祭キャラクター「ひこにゃん」には、かーなーり、揺れました。
いわゆるただキャラクターが可愛くて人気が出た、というのとはちょっと違う。 人気が出たのは、キャラクターの魅力プラスこの「着ぐるみ」姿の、人の虚をつく愛らしさゆえではないかと。 でっかくてまあるい頭部、ふかふかのおなか、ミトンをはめたような手。それが短い足でむきゅむきゅと歩いてきて、かといって近づいてきても言葉を喋るわけではなく、ただのほほんとした気配だけを送ってくる。その、等身大の着ぐるみでなければ出せない特別なほんわか感、優しい現実感みたいなものが見る人の心の扉をやさしくたたく、そうそのミトン手で。というような感じのところが、人気のゆえんなのではないかと。
より詳しいしぐさ等はオフィシャルブログでどうぞ。 http://www.hikone-400th.jp/blog/
それにしても… ひこにゃんですらお城の煤払いなんかしてお正月に備えてるというのに… ああっ、気が付いたら年末年始の準備がまだ全然スカスカです!どうすんだ俺!
というわけで、またしても今年も年末年始は更新ストップ後日書き足しです。 あああ小豆が!大量の小豆がふるさとで私を待っているのです!!
ではでは、どちら様も、よいお歳を!
我ながら痛いタイトルだ… だって今の私の心象的にどうにもハマってしょうがないこの歌詞。 つーか世間様はクリスマスだからいっそ丁度いいんじゃね天使?みたいな(なげやり)
まあ、青木ほどの選手ならそのうちきっとメジャー行きたいって言い出すんだろうなと思ってはいたので予想通りといえば予想通りなんですが、でもさすがに、まさかプロ3年目が終わったばかりのこの時期にしかもこういう段取りで、実は大学時代からずっとメジャーが夢でした近いうちポスティングで移籍希望ですって言い切っちゃうとは思っていなかったのでしたよ。
改めて自分がプロ野球ファンとしては既にオールドタイプであることを痛感したです。ええ。
(20日の下交渉後、報道陣には「メジャー行きは全く考えてない」と話したけど) 「すいません。その時、すごい考えてました」 っておいおいおい(苦笑)
そこまで残酷だといっそ清々しいですが。
それでもね。 人は愛をつむぎながら歴史を作るのよ女神なんてなれないまま私はやっぱり野球が好きなのよ。
てなわけで、 こうなったら青木宣親君にはいつか海の向こうで誰よりも光を放つ神話になってもらいましょうね、というお話です。
今季終了ヤクルツファン的打ち上げを宮崎地鶏炭火焼のお店でしました(笑)。 ちなみに北海道料理の店も候補にあげてみたんですがtimutaんが鮭のちゃんちゃん焼きは苦手だって言うので宮崎地鶏にしたのです(バカー)
フリで行って案の定一度は入れず、予約を入れなおして待ってやっと入店できました。早く地鶏にドップリ行きたかったがために、ビールすっとばして最初から「きろく」をロックで頼んだらけっこう大きめのコップになみなみ注いで出してくれまして、なかなか気骨あるお店とお見受けしました。 案の定、何を食べてもおいしかったです。しあわせしあわせ。
炭火の煙とたばこのけむりでふかふかになって外に出れば、年末、この季節の新橋、内幸町界隈はなんとも独特の賑わい。
私はいろんなものをちゃんと受け止めて生きてるかなあ、などと、ふと自らを省みる、そんなひとときなんでした。
| 2006年12月15日(金) |
クリさんは今でもやっぱりみんなの栗山先生なのだった |
先日秋田で高校球児とプロ野球選手のシンポジウムがありまして、スワローズの選手数名が参加したんですが、コーディネーターがこれまたスワローズOBの栗山英樹氏だったんでした。
そのクリさんが、自分の新聞連載のコラムに、その時のうちの米野選手について書いてくれたです。 …。 いいこと書いてくれたです(涙)
ありがとうクリさん、そういうふうに誰も目に留めないような細かい表情やちょっとした動きをちゃんと見ていてくれてる人がこの世にはいるんだって、そう思えることは本当に心強くて、胸が熱くなる。
クリさんは現役のころも今も、そういうとこちっとも変わってないって思った。 そう、クリさんはいつだって「みんなの栗山先生」、現役でチームの中にいても、評論家になっても、メジャーを取材しても子供の野球教室を見ても、野球をする人に対するクリさんの目はいつでもフェアで、いつでも深くて優しくて、そして語り口は静かに熱い。
クリさんはいつもそうやって独りでいろんなものを見つめ続けて、心に容れ続けて、クリさん本人はしんどくならないのかなって思うこともある。まだ彼が現役選手で私がもっときゅんきゅんとファンモードで彼を見ていた頃から、その感覚はずっとあった。今も時々そう思う。もちろん、彼が何を思っているかなんて、本当のことは本人にしかわからないのだけれど。
私は、本当の意味での「先生」ってのは、その心の中に真にまっすぐでキラキラしたものを永続的に持ち続けられる人でないと決してなれないものだと思ってる。 そしてたぶん、クリさんは、ほんとの意味で「みんなの栗山先生」なんだろうな、と思う。
そう、そのクリさんに、栗山先生にあんなふうに書いてもらったことだしね。 ますますがんばれ米野選手、と心から思ったことでした。
東京ヤクルトスワローズの来季のキャプテンとして、例の、セ界一の美脚野手・宮出隆自選手が任命されたそうな。歴代最長身キャプテン誕生です。
って実は今日の今日まで「選手会長」と「キャプテン」の違いがわかってなかった私なんですが。 まあ大まかに言うと、「選手会長」とは対球団フロントとか対連盟とかそういう対外的・公的な活動がメインで各チームに必ずいなければならない役職なんですが、それに対していわゆる「キャプテン」と言われるのはまあ球団によってはいたりいなかったりもするくらいの、グラウンド内での統率役というか号令隊長というか喝入れ番長というかそういう感じのお役目…のようです。
で、改めて任された宮出選手は気合も新たに「死ぬ気でがんばる」と言っていたそうな。うっうっうっ。 私個人的には単に今のそのままの宮出選手が好きなんで、そそそんなアナタ死ぬほどがんばらなくても、なんて思うんですが。
チームという集団の中での個人、個人の集合体としてのチーム、をそれぞれちゃんと考えわきまえながら日々の練習、日々のゲームをこなしていくというのは、そうそう誰にでもできることではないと思うので…
そういう仕事を任された宮出選手を、私は来季もまたしみじみと応援しようと思いますです。
| 2006年11月29日(水) |
『坂の上の雲』を読み返す |
先日の『坊っちゃん』に引き続き、松山ゆかりの文学再読シリーズ。 次は、司馬遼太郎の『坂の上の雲』でござります。
ってこれは文庫本で8冊もあるからしばらくかかりますですが。
冒頭、秋山兄弟や正岡子規の少年時代のくだりなぞを読んでいると、明治初期の松山の空気、松山の光みたいなものが、見てもいないのにその場にいるごとくうわーーっと入って来る感じがします。 ほんの何度かしか行ったことがないのに図々しいことこのうえない言い様ですが、そんなふうについ我がことのように語ってしまいたくなる、そういう感覚がどうしてだか生まれてしまう街なのですね、松山ってところは。
幕末流れだったり野球つながりだったり国文萌えーだったり戦艦燃えーだったり、てなわけで私にとっては一作で何度も何度もおいしい『坂の上の雲』なのでした。司馬せんせいありがとう。
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