かっしーのつぶやき
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| 2006年07月15日(土) |
友を選ばば書を読みて六分の侠気四分の熱 1 |
チャーちゃん@匠ひびきさんの出るお芝居を見るため名古屋へ行きました。
私にとって名古屋と言えば長年の畏友・Tさんの街。 今回も私らのアホアホツアーにお付き合い願ってしまいました。 いつもほんとにすみません&ありがとうございます>Tさん
さて、以前からずっとTさんに「こんど名古屋に行ったらシロノワール食べます絶対食べます!」と暑苦しく主張しつづけてきた甘党の私。Tさんはそんな私に呆れもせず(否、呆れつつ、かもしれないが)、最近名古屋駅地下街に出来たというコメダ珈琲のピカピカの新店舗へ案内してくれたのでした。
というわけで到着するやもう取るものもとりあえず頼むはシロノワール(レギュラーサイズ)。 やがてテーブルにサーブされたそれは、まーさーに、魅惑の御姿…
大きなドーナツ型の温かいデニッシュパンの真ん中に、ソフトクリームがぐるぐるぐる。これにさらにメープルシロップをかけていただくのです。3人で2皿取りました。このシロノワール、なんたってパンは温かくソフトクリームは冷たく、したがってみるみるうちにアイスは溶ける溶ける溶ける、これをパンにからめて食べる食べる食べる。メープルシロップをかけてから以後は三人とも言葉少なくなりとにかくもぐもぐもぐもぐ一気に食しました。 Tさん曰く、「宴会のカニ状態(みんな食べるのに集中してしまうため会話がなくなる)」。
…ああ。 今思い出しても幸せになるくらいおいしかった… 魅惑という次元を超えてもはや既に禁断の味に到達してるんじゃないかってくらい… 名古屋のひとはいいなあ、いつでも好きなときに近所でシロノワールが食べられるなんて…
そのように幸せに浸りながらも、次は噂の名古屋名物「小倉トースト」を食べてみたいものだと更に思う甘党&つぶあん好きの私。 Tさんちには、テーブルの上に常時「トースト用あんこ」が置かれているそうな。うらやましがっていたら、Tさんご本人は実はあんこ嫌いだそうで、「あんこだけ食べるならまだしも、バターを塗ったトーストにあんこを載せるっていうごちゃ混ぜ感がイヤ」とおっしゃる。なるほど。
そこでふと思いついたので
「あ、でも私、あんこ蕎麦とかあんこうどんなら平気です」
と口に出したら、Tさんとtimutaんに凄い勢いでドン引きされました(笑) そらもちろん「めんつゆ」は無しですよ。普通にお餅を入れて食べるいわゆるお汁粉とか善哉とかの中にお蕎麦orうどん入れて食べるだけですよ。ちゃんと炊いたおいしい小豆のあんこベースなら、お蕎麦でもおうどんでも単においしいだけだと思うんだけど… ダメ?
コメダ珈琲から茶店に流れ、夜は夜でまたTさんに案内してもらって引き続き飲み会。 世にもアホらしいヲタな話から結構シビアな話まで、ゆらゆら話しながら笑いながら美味しいビールでまったり酔っ払って、夏の宵は至極極楽上機嫌。
…で、ふと隣のtimutaんを見たらば、… 寝てるがな!!(驚愕) うわー。「居酒屋で飲んでて寝ちゃうともだち」、って見たの学生時代以来かもしれん…
後の経過についてはtimutaんの日記参照。 つまりは、それだけ(つい寝込んじゃうくらい)リラックスできる面子で飲んでたってことだよね、うんうん。
約一ヶ月のご無沙汰でございます。
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吉原選手引退の心の痛手がことのほか大きく何も手につかず…というのは嘘で、実を申せば、ここしばらくはずーっと、自分とバレーボールにまつわる文章なんぞをつらつらと書き連ねておりました。
私、バレーボールについては本当にいろんな思いがありまして。 この機会にきちんと自分なりにまとめて書いてみることで、長年の自分の気持ちの整理がハッキリつくかなあと考えたんですね。
という訳で、文章の出来はともかくつらつらと長文を書きました。 書ききる事で自分の気持ちの切り換えも自分の中でキッチリできました。
ですがその文章において、自分にとってのバレーボールへの思いと自分のプライベート(出身地とか家族とか)とを切り離して語ることがどうしてもできなかったんですね。 その結果、内容的に不特定多数の方に読んでいただくにはどうにも不適当なものになってしまいまして。
結局、その文章については自主的に封印することにしました。
一ヶ月も間あけて結局封印の報告かい、って感じですが、やはり自分以外の人に迷惑はかけられないので…。 すみません。
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…
ところで、トモさんが引退してからこっちひたすら傷心を抱え涙とともに文章を綴っていたというわけでは全然なく、その合間には旅行に行ったりサービス残業続きでで心身ヘロヘロになったり実家帰ったりヤクルトスワローズ見に神宮へ行ったり神宮へ行ったり神宮へ行ったりなんかもしていたわけですが。
まあそれに関しては後日。
とりあえず、まずは再開のご挨拶まで。
| 2006年06月16日(金) |
センチメンタル・ジャーニー |
今だから白状しますが、私は、去年(05年)の黒鷲が終わった時点で、十中八九トモさんはこれで引退してしまうだろうと思っていたのでした。
優勝したからとか後継がどうのとかそういうことではなくて、ただもう、去年の黒鷲でのトモさんを見ていて、そのの戦いぶりが 「ああ、トモさん、これで最後なんだ」 と自然に思わせられるような、そんな気迫と情熱に溢れるものに私には思えてならなかったからです。 トモさんのユニフォーム姿はもうこれで見納めなのだと、一瞬一瞬ごとに自分に言い聞かせながら見ていました。 去年の黒鷲観戦日記が、「瞼のトモさん」というやたらメロウなタイトルとそして内容だったのは、そのせいです。
だから、あの後私は、天童への旅行をとても急ぎました。もういつ「吉原引退」の報が入ってきてもおかしくないと思っていたので、その知らせが届く前に、トモさんがまだユニフォームを着ているうちに、天童という町をこの目で見ておきたかったのです。彼女が引退してしまってからでは淋しすぎる。まだトモさんがいるうちに、トモさんの暮らす町として、天童を目指して旅しておきたかったかったのです。その時点ではまだ天童で例のサイン会が開催されることは判りませんでした。私個人的にはトモさん引退のニュースが今日入るか、明日聴こえてくるかという心持ちでしたから、行くなら今しかない、というある種の焦燥にかられていたのです。旅行の計画を立ててから実際に行く日までの間にも、トモさんが今この瞬間にも辞めてしまうのではないかとひそかに恐れ続けていました。もしも本当にそうなってしまったらもう仕方ない、今度の旅は「ザ・傷心旅行」に切り換えて感傷に首まで浸かってこようじゃないかと覚悟していました。
後からいろいろ事情を知って思い返してみると、去年のあの天童旅行は本当はまさに文字通り傷心旅行になってもおかしくないタイミングだったわけですが。
あれから、また、いろいろありましたね。 本当にいろいろ、またたくさんの思い入れが、降り積もりました。
明日から山形にたらりと行ってきます。 と言っても天童へじゃなくて、月山の見える山あいの温泉に、骨休めに。
というわけで、今度こそ本当にセンチメンタル・ジャーニー・イン・山形、です(苦笑)
| 2006年06月06日(火) |
愛と栄光の10カウントゴング 2 |
吉原知子選手の引退記者会見が行われました。
ネットニュースで見たその時の写真は、どれも笑顔でした。 明るい色のフラワーアレンジがテーブルに置かれた壇上で、シャープなスーツに身を包み、マイクに向って話すトモさん。 とても美しかった。
トモさんのその笑顔を見た瞬間、現役引退の文字を最初に見た時と同じようにやっぱり目の前にバチッと火花が散りました。 でも最初のニュースの時に散った火花がたとえば無色な白熱光だったとしたら、今回散った火花は、なんだろうもっと色も音も温度もあったというか。 一瞬の火花じゃなくて、まるで遠くからのぞむ花火のように、音は聞こえないけどゆっくりとやわらかく光が開いていくのを見ているような。
去年のVリーグ決勝が終わって茫然自失の状態から立ち上がるときに、私は自分の心に誓ったのでした。 吉原知子という人が、今のバレーボール界を生きるラスト・サムライならば、私はせめて心の中だけででも、彼女を追って走る足軽になろうと。 トモさんが最後の一歩を走りきるその瞬間まで、きっとトモさんもそうであるように一日一日を今日を限りと思い定めて、いついかなる時にどんな報に触れてもしっかり心の真っ芯で受け止められるように、バレーボーラー・吉原知子の一ファンとしていつだって肝を据えて生きていようと。
私の、吉原知子という人に対する惚れ方は、そういう惚れ方でした。
今までいろんな愛する人の引退や退団の報に触れるたびに泣いてきた私だけれど、今回は、泣きませんでした。 トモさんのサヨナラの笑顔を、未来を語る笑顔を、ただただ、熱く、美しく、受けとめました。
心の中、万感の思いで打ち鳴らす、10カウントゴングとともに。
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以下与太話。
ところで、元宝塚ファンの私には、今回のトモさんの記者会見はどうしても
「ヅカのトップスター様の退団発表記者会見」
に見えてしまって仕方ありませんでしたよ(泣笑)。
しかも、場所は日比谷の帝国ホテルだったというではないですか。帝国ホテルといえば、道を一本はさんですぐ向かいは、まさにあの東京宝塚劇場です。サヨナライベントでトップスター様が胡蝶蘭に埋もれ白いオープンカーに乗って手を振るのを帝国ホテル側から涙で見送るファンもたくさんいたりする、そういうロケーションです。そんなところにトモさんの記者会見会場設定したのは一体誰ですか。絶対わざとだろう<決め付け
などとくだらない妄想を抱きつつその後もさらなるニュースを漁っていたら、まあ当然と言えばおそろしいほど当然なんですが、記者会見が終わった後その会場袖には、トモヲタの星(<誉め言葉)・大林素子様が、大きな花束を持って待ち受けていらっしゃったのでした。
こうなるとここでまた元ヅカファンの私としては当然、
「トップスター様のサヨナラ公演千秋楽日に行われるサヨナラセレモニーにおいて、 トップスター様がゆかりの深い組子や同窓生から花束を受け取る感動の場面」
を連想しないではいられないわけです。
会場が帝国ホテルだったのは偶然にしても、この花束持って駆けつけたモトコ様は、そりゃ無論その行為は親友であり戦友である吉原選手へのモトコ様からの心からの労いの意味ではあったんだろうとは思いますが・だーがーしーかーし、その胸中奥深くにはどこかに「お互いヅカファンのあたしたちだから、せっかく最後のイベントなんだから宝塚っぽくキメちゃえ!」みたいなノリが少なからずあったんではないか、と同じ元ヅカファンとしては大いに邪推するものであります。ええええ、もうこの際だからさせてもらっちゃいますとも!で、さらに邪推に邪推を重ねさせてもらうと、一応背景にはパイオニアのチームロゴが映っていたので、斎藤真由美事務局長も一枚噛んでいてくれたりするとアタシ的になおゴージャスでハッピーです(何がだ)。
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そう、こんなふうにバカ話して泣いたり笑ったりしながら、少しずつ、トモさんがコートにいないという現実に慣れていくんだと思います。
| 2006年05月30日(火) |
愛と栄光の10カウントゴング |
吉原知子選手が現役引退を表明しました。
今朝、ネットニュースで「吉原引退」の四文字を見た瞬間はバチッと眼前に火花が散ったような感覚がありました。 でも、冷静にその事実を受け止めたような気がします。覚悟を決めて構えていたキャッチャーミットに、まっすぐ球が収まるように。 私の鋤鍬の如きなまくらサムライ魂も、トモさんを追いかけて走ってきたことで少しは鍛えられたということなのでしょうか。 そうだといいんですが。
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timutaんの日記の「夢のトモさん引退記念試合&セレモニー案」を読んで、私も吉原選手のどりー夢引退記念試合を妄想してみたんですが、いかんせん私の頭だとどうしてもそこに
北斗晶の引退記念試合
のイメージが重なってしまうのでした。そう、ライトアップされた四角いリングに向けて一直線にのびる白い花道、やがて音楽とともにその上を般若の面つけて西陣織の能装束みたいなガウン着た激シブかっこいい北斗晶が入場して来ると、迎えるリングの上では北斗晶の最後の対戦相手である長与千種が、万感を込めた静かに燃える目で彼女を見据えているんですよ!
…。
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だってどんなに自分の心に言い聞かせたって寂しいものは寂しいから。
どんなにどんなに惜しんでも惜しみきれるはずもないから、せめて心の中で鳴らす10カウントゴングは、熱く、愛しく、麗しく。
ネットに上がってきたトモさん@東北楽天イーグルス2軍の試合の始球式、の勇姿を見ては 「水原勇気だよねー!」 とハシャいでいる私らは本当に本当にどうしようもないトモさんバカフリークなんだと思ひます。
ところで、東北楽天イーグルス(一軍のほう)の監督、野村克也氏は、性格が暗いのボヤキが多いのといろいろ風聞を立てられがちな方ではありますが、こと野球に関しては純粋で鋭い「実を汲む」眼を持っている人なんではないかと思います。 漫画家の水島新司先生は、『野球狂の詩』で水原勇気を描くにあたって、「女性のプロ野球選手」というのは実際のところは有り得るのかどうかを現実のプロ野球関係者に聞いて回ったんだそうです。で、聞いた誰もが「女性にプロ野球選手なんてできるわけがない」とはなから否定する中で、ただ一人、この野村克也氏だけが、「決め球があってワンポイントリリーフならば、いける」と答えたのだそう。 以前ヤクルトの監督だった頃にはそんなに好きではなかったのだけど、このエピソードを知ってからは、ノムさんがどうもキライになれなくなりました(っても、今のカツノリの使い方はどうかと思うけど)。
というわけで、何が言いたいのかというとつまりあえて希望、つかどりー夢を述べれば 「水原勇気のように美しいアンダースローで投げ込むトモさん」 も見てみたかった、という話です(笑)
余談の余談。
『野球狂の詩 平成編』では、水原勇気は40歳超にして投手コーチ兼現役投手として復帰したらしいですな…
| 2006年05月10日(水) |
狙えホームラン♪ 2 |
今日は球場には行きませんでしたが、携帯サイトで試合経過を調べていたら、中盤の1イニングに「11」の文字が。
隣の回の数字と混ざっちゃったかと思いましたが、何度見ても「11」。 これって1イニングに11点取ったってこと?えええええ?
帰宅したらプロ野球ニュースのキャスターさんもやっぱり「何度見ても11点ですねー」と苦笑してました。 今日も今日とてラロッカが大当たり、続く打線にも火がついてあれよあれよといううちに大量得点11点。 むろん、打順はくるりと一巡、ラロッカに至っては同じイニング中に2本ホームランを打っちゃったというんだからすごい、というかある意味バカバカしいような試合。
…先日5/3の神宮でさんざんな試合を見たあたしらとしましては、華々しい戦果に喜びながらその一方でこっそり 「んな一度に出さんで、他の試合に小出しにしてくれりゃーいいのにー…」 と思わんでもなかったですが…
ちなみに、後からニュースで知ったんですが、1イニングに同じ選手が2本ホームランを打つのって、セ・リーグにおいては1993年の池山隆寛以来13年ぶりのことなんだそうですね。 そうなのかー(遠い目)。やっぱり、イケって凄い選手だったんだなあ…
で、ここで私がかつての池山隆寛について語り始めてしまうとまたかーなーりー字面が暑苦しくなると思うので、自粛しときます(苦笑)
今ではその池山も、今季から東北楽天イーグルスの打撃コーチを務めていたりします。 セ×パ交流戦は、今年もまたいろんな意味で、感慨深い戦いなのでありました。
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