かっしーのつぶやき
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timutaんのバレンタインアホ話(すまん、けしかけたのは私だった)。
ティラミスって、tira=「上げる、引っぱる」mi=「私を」su=「上へ」だから、直訳すると「私を引っ張り上げて」だけど、意訳していくと「私を元気づけて」→「私をハイにさせて」→「私を天国に連れてって」→「私を(以下略)」、のよーな意味にどんどんなってしまったりするのよおぉ〜ん。
…って、すみません私も今まで知りませんでした…
まあマスカルポーネチーズはストロング油脂だし卵やらエスプレッソやらカカオパウダーやら、気づいてみればティラミスっていかにもハッスルな材料ばかり入ったお菓子なんだが。
ゆで卵の黄身食べないどころの話ではなかったでつね!! もうートモさんたらオトナなんだからあーーー(逃走)
↑ そうね、世の中のコドモさんから見ると一応オトナじゃなきゃいけない歳なんだと思うよ>35歳(自分もそうだからあえて言ってみる)。
「到着地、岡山空港の現在の気温はマイナス3℃」
機内アナウンスを聞いて耳を疑いました。マイナス3℃?東京より寒いの?<西日本はおしなべて東京より暖かいと思い込んでいた
そして辿りついた岡山県体育館は設備も暖房もすべてが非常に寒い体育館でございました。国体前だから仕方ないでしょう、思い起こせば私の出身高校も年代モノの老朽体育館でしたが、IH会場になることが決まった途端にまるでリゾートホテルかと見紛うようなゴージャス巨大体育館に建て直したもんですよ…
パイオニアの選手が防寒のためか下のジャージを脱がずに裾を膝まで捲り上げた状態でアップしてました。 その姿が、なんとなく義経袴の女武者みたいに見えたので 「わー、会津の娘子軍みたい」 と呟いたらtimutaんに叩かれました。ダメでしたか>娘子軍。
で、戦う吉原知子ですが。
先日鶴岡では真水で洗ったかのように見えましたが、今日の彼女はもはやそれすら通り越し、さながら透き通るが如く美しかったです。
単に、体育館の照明が暗くて青白かったからそう見えただけかもしれません。 ただ私は、愛華みれのサヨナラ公演の日程最後の頃、限界ギリギリの体力を文字通り振りしぼるようにして踊っていた匠ひびきが、こんなふうに日ごとに透明度をいや増して美しくなっていくように見えたことを鮮明に思い出していました。
あれは、何か大切なものに自分の働きを献じようとしている人の、一瞬垣間見せる美しさなのかもしれません。
再演成った「そして誰もいなくなった」、チャーちゃんの舞台姿を久しぶりに久しぶりに見て、どうして自分が匠ひびきという人にここまで惚れたのか、その理由が改めて、骨の髄からよく解りました。
思えば1999年6月から2002年6月までのきっかり3年の間、匠ひびき見たさに、ただそれだけのために、台詞も演出も役者も何一つ変わらないまったく同じお芝居とショーをそれこそ一公演で自分の年の数ほど繰り返し繰り返し観に行ったものでした。 人に話せば「どうして同じもの何度も見るの?飽きないの?」と不思議がられたけれど、一度観れば二度、二度見れば三度と、何度でも何度でも観ずにはいられなくなるのは、私にとってもはや当然を通り越して必然の域のことだったのです。 どうしてこんなに私は匠ひびきの身体表現に惹かれて惹かれて仕方がないのか、どうしてここまで彼女の身体の描き出す線をこの目で追うことに耽溺せずにいられないのか、その謎が自分でもはっきり知りたくて、メルロ・ポンティの『知覚の現象学』まで読んで考えてみたけど結局はっきりとは掴めなかった、その訳を、今日、久しぶりに匠ひびきのダンスを観ていて、それこそ春の光の前に氷が一気に融けてしまうように、あっけなく理解できました。
舞台の上で、匠ひびきが生きている、それだけでいいんでした。
シンプルな結論です。でも真実です。 どんな理屈も哲学も、彼女のステップ、彼女の裾さばき、彼女の首の線、腕の線、紫電一閃・ものみな殺す視線の前には、一切意味を成さなくなるのでした。
私にとって、匠ひびきは、そういう人なのです。
昼の部が終わって劇場を出るとき、 「ああよかった、夜の部であの姿、あのダンスがもう一度見られるんだ」 と思った瞬間に私の背筋を駆け抜けたあの幸福感、視神経が美味なるもので充溢するような、あの感覚。 それこそが、私が匠ひびきを何度でも何度でも観ずに行かずにいられないそのエネルギーの原泉なのだと思います。
そしてそれから、その匠ひびきに、あの短い秒数の中であんなにも彼女の佳さを引き出しうる振り付けを施した振付担当の広崎うらん氏はやっぱり骨の髄まで振り付けのプロなんだと改めて感服しました。 ありがとう、うらんちゃん(涙)
厳冬の日本海は、詩人の比喩を待つまでもなく本当に空を呪っているのです。 温暖な太平洋岸で育った私にとって、猛吹雪の中で荒れ狂う日本海はあまりにも恐ろしい風景でした。
というわけですみません雪国の冬甘く見てました。帰り道、乗っていたタクシーが田んぼの中の十字路を曲がった途端にごうごうたる地吹雪のためフロントガラスが真っ白になり前後左右が雪の白以外まったく何も見えなくなった瞬間、恐怖のあまり私の記憶もホワイトアウトしてしまいましたです。
冬がこんなにも厳しい土地で、冬の最中に行われるバレーボールの国内リーグ戦に、それでも地元のチームだからと足を運んで応援してくれる山形の人の心意気に思わず涙しそうになったことでした。
鶴岡公演、じゃなかったVリーグ鶴岡大会へ行ってきました。
どこでもそうですがちょっとした露店が出たりしてなんとなくお祭りみたいな賑やかなロビーに、愛らしい張り紙が。
「・コンニャク ・おにぎり ・パンフレット ・グッズ 」
この場合、地元名産・玉コンニャクの煮付けが先です!Vリーグのパンフもグッズもさしおいて、玉コンニャクが筆頭です! あまつさえ「毛筆の手書き」「墨字に朱筆でポイント波線入り」なのでもう昔なつかしお習字テイスト満載。あんまり素朴で愛しくて、しばらく眺めておりました。
で、戦う吉原知子ですが。 今日の彼女は、真水で洗いぬいたが如く美しかったです。
そして壮絶なまでに痩せていました。 それはもう、美しき阿闍梨とか言っておちゃらけてた自分を心底恥じなければ見て居られないほどに。 試合前のアップで、そんな彼女の頬に次第に血の気が通ってくると、まるで薄いガラスのランプに灯がともるかのように見えました。
この人はどこまで己が身を削って戦うんだろうと素で思いました。 一流のアスリートだからいわゆる一般人が痩せたのやつれたのというのとはまったく質が違うのだろうけど、それでもそれは傍から見守るしかない私にとってはどうにも言葉を失わせる程の凄絶さで。
そしてそれでもそんな彼女をどうしようもなく美しいと感じてしまう、私の業も相当深いです。
風邪っぽいらしくしきりに手を口元に持っていってはこほこほ咳き込んでいたトモさん。誰かの手のひらから、包み紙をむかれた喉飴らしきアメ玉をひょいと指先でつまんで取ってぱくりと口に入れる仕草が、なんだかとても愛しかったです。
| 2005年01月26日(水) |
エーベルバッハ少佐は吉原選手の夢を見るか? |
「ばかものーーーっ!!」
申し訳ありませんっ!! ででででっ、でもね、
1. 眼光が鋭くて 2. 部下に恐れられつつ、凄く愛されてて 3. 外見はハードだけど結構おちゃめな所もあって 4. そして何より怒号とベタフラッシュの背景がシビれるほど良く似合う
ってあたりがものすごく共通してると思うの>クラウス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハ少佐と吉原知子選手。
…でもそうするとモトコ様が伯爵になっちゃうなあ(笑)
| 2005年01月25日(火) |
匈奴が郷土で強度に強弩の絵を描いた |
匈奴て!<timutaんの日記1/24付参照
王昭君かい。(でもtimutaんのイメージは蔡文姫のほうだと思う)
匈奴云々はともかくとして、ええ出ますよ納豆。学校給食に。ねばーん<同日記1/21付参照 給食には納豆が出るし蕎麦はけんちん汁だし夏祭りの目玉イベントはマンボウの解体ショーだし浜にはウミガメだのジンベエザメだのやたら漂着するしそれに群がる土地者の言葉はケンカ上等だし、おおなんだかそう書き連ねていくともーのーすごい田舎、というより既に異界に近い私の匈奴、もとい郷土。 同じ関東なのにー(涙)
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