かっしーのつぶやき
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| 2005年01月24日(月) |
フロイライン・ロッテンマイヤー |
22日のスナップ写真の数々を、早速会社の人がCDに焼いてくれました。 当日の私の髪型、本人的には夜会巻きアレンジにしてもらったつもりだったんですが…
写真にうつったその姿は、どう見ても「ロッテンマイヤーさん@アルプスの少女ハイジ」だったんでしたよ。
というわけで夜会巻き・改め、ロッテンマイヤー巻き泥酔ゾンビ女。 こっ…怖い・怖すぎる…
いい夫婦の日、で1月22日だから忘れずに来て下さいよ--- というわけで、本日は会社の同僚の結婚式&披露宴にお呼ばれしました。 朝早起きして美容院に寄って頭巻いてもらって横浜へ。思ったよりも千葉からあざみ野はととと遠かった…
お式はキリスト教の教会でした。ちゃんと聖歌隊が歌って、牧師さんが祝福します。
しかしニンゲンの根がヨコシマに出来ている私は、教会に入るとまさに「カナリア」のヴィム状態@ビヨヨヨーーーン&ガクガクブルブルになってしまうんでしたよ(笑)。
逃げるわけにもいかんので、気を紛らわすために 「あー、賛美歌なんか歌ったの幼稚園以来、312番♪い〜つくしみふか〜き〜♪ってなんでこの詞で結婚式なんだろう・謎、“星の世界”の作詞者・川路柳紅はお台場を作った勘定奉行川路聖謨の実の孫…」 とか、 「あー、昔見た劇団四季版“ジーザス・クライスト=スーパースター”では山口祐一郎がジーザス役でカッコよかったっけ・でもヘロデ王@もんたよしのりの方が輪をかけてイカレポンチな感じでアタシ的にはそっちのほうが好みだったんだ実は」 とか、そういう愚にもつかないことをダラダラ考えながら牧師さんのありがたいお説教を聴き流していた私は本当に地の果て天の極みに至るまでの不信心者です。すみません。招待してくれた同僚君&そのご親族の方々にはただただ申し訳ない。ごめんねごめんねこんな罰あたりが式に出て、嗚呼神様もしも本当に天にましますのならばどうかこの善良なる人々に祝福を。
厳粛なお式の後は楽しく披露宴。なごやかに食べたり歌ったり。
で、まあいろいろあってその後、披露宴→ご来賓の取引先様接待、の実質ダブルヘッダー飲みでべろーんべろーんのずーるずるのゾンビ状態になって帰宅。夜会巻きの泥酔ゾンビ女。怖い・怖すぎる。
帰り道マジ寒かったしんどかった、よくやった自分、よくぞ自力で帰ってきた…(遠い目)
| 2005年01月20日(木) |
心の師はモトコ様 3 |
ダテハコといえばそりゃもうなんたって五稜郭で土方歳三でGo!ですよねモトコ様!!
というわけで心の師・O林モトコ様がご自分のコラム内でバレーボールにかこつけて熱くかつピュアに幕末トークかましているのを読んでいたく感動した私は同じく幕末ファン。
そうかー、そういやモトコ様はその昔宝塚歌劇団星組の楽屋にまで遊びにいったことがある程のヅカファンだし、だとするとあの「誠の群像」も知ってるはずだし、とすれば別に大河流れでなくたって函館に行ってヒマがあったらばその足で土方歳三めぐりしちゃうのは当然つか必然だよなあああ。
この季節この雪の中、お仕事前の早朝に、わざわざ五稜郭から一本木関門の碑まで歳三参りに行ったのか。 …。
なんてピュアなんだモトコ様!(落涙)
それはさておき、モトコ様のコラムの幕末ピュアトークは、同じように史跡めぐりを軒並みしてきた私のよーな幕末ファンにとっては「あー、そうそう、そうなのよ」って感じで親しみ深かったです。そうそう、八木邸とか寺田屋とかあの頃のまま残ってる建造物に行くと、「昔の日本人はこんなに小さかったんだなあ」って本当に実感するんです。私ですらそうなんだから、モトコ様くらいの身長の方ならその感はひとしおかと。壬生寺・光縁寺・西本願寺を「ベタ」と言うあたりに、いかにモトコ様が熱く幕末にハマッているかが伺えます。
そして史跡めぐりをするだけでもかなり愛しいのに、あまつさえいわゆる「ご当地ノート」に(芸能人なのに)ピュアに書き込みをして回るモトコ様。 …。
なんてピュアなんだモトコ様!!(感涙)
「バレー界だって今、幕末日本のような、変わらなくてはいけない時なのです。私だって…」 とコラムを熱くしめくくるモトコ様。嗚呼、あなたはやっぱり私の心の師匠でつ。
それにしてもモトコ様。我が心の師匠モトコ様。
貴女的に、どういうキャスティングしてますか?! 知りたい!それが知りたい!! やっぱり吉原知子=土方歳三?あなたが近藤でトモさんが土方?でもって沖田総司が(以下あまりにも痛いので略)
「オレげのほうで蕎麦っつったらばはーけんちんそばだぁー、んだけんとも、かけでねーぞ、つけな。オレげのほうでは、つゆサけんちんで蕎麦さ食べんだー。んでもアレだよ。東京のスラーッとした蕎麦みたぐ蕎麦の先っちょのほうだけちょこーっとつゆサ浸けただけですすっちゃあーんと違あかんね。あったけーけんちんのつゆに冷たい蕎麦サドップリつけて、身と一緒によーく噛んで食べんだー。んだってはー、水府のあだりの蕎麦はホレボッツボッツしてっがら、あんまし噛まねーで飲み込もうとすっとはーのざえっちゃーかもしんねべよ。んだがらよ、オレげのほうでは蕎麦猪口もあんまし使わねーんだ。蕎麦猪口じゃー小せえがら蕎麦入れたらけんちんの身が出っちまーべ、だがらオレげのほうでは蕎麦のつゆは小どんぶりによそって出すんだわ。 うそでねーて!信じろて!」
対訳:
「私の故郷の土地では蕎麦を食べる時の付け汁はけんちん汁であることが多いです。とは言っても、かけそばにするわけではありません。つけ汁です。私の故郷の土地では、けんちん汁で蕎麦を食べる風習があるのです。でもお間違いなきように。東京の洗練された蕎麦のように、蕎麦の先端に濃いそばつゆをつけて粋にすすりこむようなものとは食べ方が異なります。温かいけんちん汁に、冷たい蕎麦を大いに浸けたのち、けんちんの具と一緒に噛みしめて賞味するのです。なぜならば、常陸秋蕎麦で名高い奥久慈近郊の蕎麦は往々にして蕎麦粉の割合が多く非常にエッジの立ったハード系麺である場合が多いので、そんな蕎麦を東京流に粋にすすりこもうとしたら、喉越しが悪くて咳き込んでしまうかもしれないでしょう?。そんなわけですから、私の故郷の土地では蕎麦猪口もあまり使用されません。蕎麦猪口では口径が小さすぎて、つけ汁に蕎麦を浸しこむ際にけんちん汁の具が溢れ出てしまう危険があります。ですから、私の故郷の土地では蕎麦の付け汁は往々にして小型の丼に盛られて供されることが多いのです。 嘘ではありません、信じてください」
って一生懸命説明したんですけどtimutaんはなかなか信じてくれないんですうぅぅぅ(涙)。 でもお汁粉のチェイサーとして彼女の作ってくれたけんちん汁はおいしかったです、サンキューtimutaん。
| 2005年01月15日(土) |
心の師はモトコ様 2 |
そこで、そこで、よりにもよってそーこーでー画面を切り替えるかッNHK-BS1ッ!!(ガシャン)(乱暴はやめて下さい!)
とご多分にもれずTV画面の前で逆上したレオトモ者なわたしであったよ。
まー何というか。 これですよ! この「並びの美」を!この一瞬値千金の花、美しきレオトモを!!これを他人のカメラアングルに惑わされることなく自分の目で納得いくまで見届け尽くすために、たとえ前に見た時と対戦チームが同じだろうがTV中継があろうがなかろうが、とにかくもう野越え山越え海越えて出来る限り試合を見に行っちゃうわけですよ!!特別観覧席代3000円払っちゃうわけですよ!!
というわけで今回実際に会場に実際に観に行っていた皆々様が本当にうらやましい…
いっ、いいんだ、私が見られない分もきっとあのO林モトコ様が、すべてを(いや、トモさん限定ならば120%くらいの勢いで)見尽くしまくって来て下さるに違いない。
よろしくモトコ様、お願いモトコ様。私の分までトモさんをよろしく<かなり混乱している模様
入船に近い築地のはずれに、和風甘味処むけの製菓材料を販売している「川梅」というお店があります。 一般のお客さんにも販売してくれていて、私なんかがひょいと入っていっても、たとえば粒あんだけ400g、豆かんの中に入っている豆だけ200g、あんみつの中に入っている求肥だけ100g、なんていう買い方が可能です。 基本的に問屋さんなのであんまり愛想はありませんが、詰め過ぎず粗過ぎずの味加減が私好みにちょうど良く、最近わりと足しげく通っております。 平日のみ営業、イートインなし、しかも店頭販売は10:00〜17:00と、ご近所でもない限りなかなか利用しにくいのが難と言えば難ですが…まあそんなところも、ある意味で築地っぽいというか。
ここでの私のイチオシは「豆かん」。つるりと粋で絶妙な、江戸の喉ごし。 それもそのはずこのお店、元は「海藻加工業」、つまり寒天屋さんです。 寒天屋さんが始めた甘味処と言えば、知る人ぞ知る門前仲町の「いり江」がありますが、このお店の豆かんも負けず劣らずなかなかいなせなお味です。近くまでお運びの際は、ぜひどうぞ。
というわけで、今日はtimutaんちの鏡開き用に、この川梅さんとこの粒あんこを買って帰ったのでした。
黒糖&甘味噌のハーモニー、まったりこっくりと甘いかごっまの味。
かたや蕎麦つゆは真っ黒醤油色、焼き締めて塩が真っ白に吹いた鮭の切り身がひとッペラあればドンブリ飯が三杯食えるというような塩っからい味付けで育った私にとっては、かごっまの味はあまりに優婉玄妙なやさしさに満ちているのでした。
鹿児島の食事処で、「お醤油下さい」とか「ウスターソースありませんか」とか言うやつが居たらそいつは間違いなく関東者だとか。
さもありなん。
というわけで、帰りの鹿児島空港でいきなり芋焼酎飲み倒して、空路東京へ戻ってまいりました。
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