かっしーのつぶやき
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2004年12月08日(水) 石鹸とお砂糖

旅館やホテルでお部屋に付いてくる石鹸。
カフェでお茶やコーヒーに付いてくるお砂糖。
どっちも捨てられません。我ながらみみっちいと思いながら、いつも持ち帰ります。
子供のころ、母方の祖母が、何かにつけて繰り返し言っていたことが今でも頭にしみついているからです。

「昔、戦争が始まって、一番最初に手に入らなくなって一番困ったものは、石鹸とお砂糖だ」

太平洋戦争が始まって夫は徴兵され、幼い娘二人を抱え、日を追うごとに劣悪になっていく衛生環境と栄養状態の中、彼女はその時、どれほどひとかけの石鹸とひと匙のお砂糖が欲しかったのでしょう。
戦争が終わってそのあとどれほど暮らしが豊かになっても、彼女はどんなに小さくなった石鹸でもほんの少しの砂糖の残りでも、無駄にすることを家人に許しませんでした。
そのことを思い出すと、やっぱり今でもどうしても粗末にできないのです。石鹸とお砂糖。

毎年12月8日がくるたびに、今の自分が石鹸とお砂糖を、そういう心がけを、ちゃんと大事にしているかどうか、心のすみっこで、確認します。


2004年12月05日(日) キンメの煮付け 2

1日1匹の勢いでキンメの煮付け。
しかし今日入った店のキンメの煮付けは急いで作ったらしく薄味でいまひとつ、つかいま三つくらい。
魚はそりゃ新鮮さが命だけど、ただフレッシュであれば味は二の次かっていうとそればっかりじゃないと思う。キンメとかアカジとかの類の魚は、うーんとこさお砂糖とお醤油効かせて濃いーい味を染み染みにしないと、せっかく乗った脂がもったいないような味になっちゃうんだよなあ。

…って何だか知ったかぶりの食通じじいのような言い草ですみません。煮魚好きなもんで、つい。
ちなみにキンメとキンキ(うちの在のほうではアカジと呼びます)はよく混同されるけど別の魚。

昔うちの田舎の居酒屋で食べたアカジの煮付け、ありゃーうまかった…〆張鶴の純米が死ぬほど合って、鳥肌もんだったっけなあ…

(うーん、やはりじじくさい言い草だ)


2004年12月04日(土) キンメの煮付け

伊豆ったら金目鯛だよなあ、という訳で下田でキンメの煮付けを食す。うまー。
どうでもいいけど、温泉旅館の夜の食事で、いわゆる四足の動物の肉が出てこなかったのって初めてかも…


2004年12月03日(金) カナリア舞う空

12月は、「カナリア」。匠ひびきファンにはもはや説明不要。

12月、一年で最後の月、夜空が冷気でツンと澄み街角にクリスマスツリーが飾られるようになるこの季節が来るたびに、あのお芝居を見たあの時間、暗い劇場の中であのキャラクター達と一緒の空間に居た「あのとき」が、そのまま結晶になってこの宇宙のどこかにいまだ在るような、そんな不思議な感覚に陥ります。

東京の銀座・中央通りも、毎年恒例のクリスマスツリーが華やかに飾られました。ミキモトの大きなクリスマスツリーの周りには、今年もまた沢山の人が集まってイルミネーションを見上げています。
そんな街角を歩いていると、ふとあちこちに、そのクリスマスツリーの梢、そのビルの時計塔のてっぺんに、なんだか「彼」が、そう、ヴィムが、あのビー玉みたいな大きな瞳を光らせながら不思議そうにこっちを見ているようなそんな気がして、胸がぎゅうっと切なくなるのです。

優しくはなれないけど、せめてしばらく冷たい言葉を人に投げつけずにいようとか、思ったりします。

こうして毎年毎年12月が来るたびに、カナリアに救われるんだろうなあ、と思います。
ありがとう正塚せんせい…


2004年12月02日(木) 我らハイパーレスキュー隊

東京消防庁の消防救助機動部隊、通称「ハイパーレスキュー」。阪神大震災の教訓から配備された超精鋭部隊です。
災害時のニュースなどで、困難な使命を果たそうとするその姿に胸打たれた方も多いのではないかと思います。

このハイパーレスキュー隊の、シンボルマークというのがですね、犬のマークなんですよ。
ふにゃーと優しいセントバーナード犬の横顔。
ああいう厳しい仕事をする人たちがこんなマークを胸や肩につけてがんばっているのかと思うと、かなりグッときますです。

がんばれ、ハイパーレスキュー隊。


2004年12月01日(水) 新橋でちゃんこ鍋

会社のぷち接待で新橋でちゃんこ鍋。
気持ち的にはこっちが接待する側。つまりたいこもちをしなければならない側。

お相手は御年70過ぎ・でも現役バリバリ商売人のおじさま。
戦前の榛名湖天然氷スケートの話やら戦後の闇市、アメリカさん相手の荒稼ぎ武勇伝等々、貴重な昭和史の1ページといった感じの濃いい話をたっぷり伺って参りました。
私は自分よりも年かさの方に昔話を聞くのが基本的に好きなので特に苦にはなりませんでしたが、一緒に連れてこられた後輩@1980年生まれ24歳は、そもそも話に出てくる単語からしてほとんど解らなかったようで、ただただ目を白黒させながら終始無言でちゃんこをつついておりましたとさ。

まあそういう私も、御年95過ぎの商売人おじさまに

「地下鉄で日比谷の練兵場跡に行くにはどれに乗ればいいの」

と聞かれた時は、さすがにそれが今でいう日比谷公園のことだと判るまでには一拍時間がかかりましたけどね…


2004年11月26日(金) 拳骨

うちの在のほうの言葉で拳骨を喰らわせる時は「ゲンコ、のすぞ、コラ」と言います。

目から星が出ます。


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