ありがたや!橋○寿○子 - 2002年08月30日(金) T○Sで信じられないぐらい超ロングランを続ける ホームドラマ、「渡る○間に○はなし」 脚本は橋○寿○子。 私が彼女と聞いて思うことと言えば、 笑って○○ともで若い子に混じって浮きまくっている 「オコゼに眼鏡をかけさせたような顔を持つただのオバサン」 ということだけだった。 なので、彼女の偉大さなんて全然分からなかった。 いや、分かろうともしなかった。 しかし、昨日の夜9時、パソコンを打っていた私は 彼女の偉大さに遅ればせながら気がついたのだった。 我が家のパソコンはテレビと背中合わせにリビングにある。 その日は土曜日にとある団体に提出しなければならない ものを作ってしまわなければならなかった。 (何もしてない。提出は土曜日なのに・・・。 これは、集中しなければ!) どれ、テレビを消してやるか〜〜と、思ったものの、 さびしんぼうの私のこと。音がないのはちょっと寂しい。 で、適当な番組をつけて結局は”ながら作業”。 その時、たまたま選んだのが「渡る○間に○はなし」 そして、あの橋○寿○子の偉大さに気がついたのだ。 だって、ぜんぜんテレビの音が気にならないのである。 私は大抵そうしてテレビをつけっぱなしでパソコンを 打つことが多い。メールやら日記やらetc・・・。 例えばそんな時サスペンスをやっていたりすると、 エッ!誰が殺されたの?犯人はどなた?等と見ても いないのに聞こえて来る音やセリフに反応してしまう。 ニュースも同様で、抵抗勢力がどーしたい?と つい手を止めて見入ってしまったりする。 ところが、あのドラマにはそういうことがない。 あまりに長寿番組なので普段見てない私には、 それぞれの家族の関係や歴史がまったく掴めない。 今までの経緯を把握するだけで、一年ぐらいかかりそう。 それに、出演者が高齢者の視聴のみを狙ったとしか 言いようのない人選てのも、私の興味を削ぐ原因かもね。 はなっから理解することを諦めると、いくら怒るセリフが 聞こえてこようが、泣く声が聞こえてこようが、 平気の平左衛門だ。 まったくのBGM感覚。 これはいい! とりあえず音が鳴っているので寂しくもないし、作業も 邪魔されないではないか。 「渡る○○は〜」はとんでもない高視聴率だと聞いたことがある。 だから、ご長寿。 だから、私にとってBGM。 なんてナイス発見!今度なにかを真剣にやる時は 木曜の夜にしよ〜〜と! まさに、橋○寿○子さまさまなのであった。 おしまい。 ... 洗濯屋のおばちゃんに教わる正しい答 - 2002年08月29日(木) ドトールもないこの町に来て早2年と半年。 月日の経つのは早い。 私には子供がいないので、このマンションの 他の住人と知り合いになることもなく、 だから、当然友達もいない。 まさか、友達欲しさに無理矢理朝起きて、 隣りの公園で子供を遊ばせるママさん達の輪の中に ど〜〜もど〜〜〜もど〜〜〜〜〜〜も!!なんて 真打ちの落語家じゃぁあるまいし、いきなり入って ゆくわけにもいかない。 だが敢えて一人知り合いを挙げてみろ!と言われたら、 思い当たるのはただ一人、洗濯屋のおばちゃんである。 そして私は、そのおばさんから先日、旦那の容姿に 関する正しい答を有り難くも頂戴した。 それは私が新潟に帰ってる間に彼が出していた 背広をイヤイヤ引き取りに行った時のことであった。 キキーっといつものようにキレのあるブレーキさばきで 自転車を洗濯屋の前に止め、中に入ろうとすると、 私を見つけたおばちゃんが、蟹のように両手で Vサインをしながら、しかも左右に振りながら 私をお出迎え。 私が不在の間に一段とテンションが上がった人に変身してる。 帰りたくなるところをグッとこらえて、ガラガラと ガラスの扉を開け、一歩足を踏み入れた途端・・・・ 「まぁ〜〜!あなたの旦那さんってスッゴク格好いいのね〜〜」 とどっから声出してんだい!?というほど、噴火寸前。 この暑さで幻覚でもみたんじゃぁなかろうかと思ったが、 そこは、ホレ!この人しか知り合いもいないわけだし、 とりあえず「そうですかぁ〜〜。」なんて交わしてみる。 「そうよ〜〜、ハンサムで、色が黒くって、 がっしりしてて〜。ナニ?スポーツマン?何やってんの?」 誉め殺しの上に質問攻め。 「あ〜〜、サ〜フィンやってんですよ〜。」 と言うと、 「あらまぁ〜〜〜〜、そ〜〜なの!ど〜〜りでね〜〜 で、何?あなたも??」 私のこの白ブタのような外見を見て、どーしてその質問 なのだ?それに、男の趣味にいちいち付き合わない 「可愛げのまったくない女」というのが私のウリ。 その後もおばちゃんはキレイに仕上がった 背広を袋に入れながら、格好いいを連発。 あんまり言われるので 「いやぁ〜〜、私の実家ではゴリラ呼ばわりなんですよ〜!」 といってみた。 旦那は目がパッチリしていて目立つ顔ではあるが、ゴツイ 作りと迫力で実家での彼のあだ名は「ゴリラのゴリちゃん」 これで、おばちゃんも少しトーンダウンするに違いない・・・ 等と思ったのもつかの間、おばちゃんは 「まぁ〜〜〜、ゴジラ〜!私ゴジラだ〜〜いすき!」 と完全に聞き間違い。 (いやだネ〜、なに言ってんの、ゴジラじゃなくてゴ・リ・ラ!) しかし「私ね〜〜、ゴジラのぬいぐるみも持ってんの!」 なんて、おばちゃんとても楽しそう。そんなに喜ばれては この際「間違えてます!ゴリラです!」と言うのも野暮。 それに、”ごつい”というカテゴリーでは妙に一致してる。 ともすれば、そっちの方が正解なような気さえするではないか。 (じゃあ、正解〜〜〜!) そう結論づけた私はイヤイヤしたお使いで 「実は旦那がゴジラ似だった」という正しい答を胸に 店を後にしたのだった。 さっそく実家に電話してあげよう。 おしまい ... 日本一短い母への親孝行・・ - 2002年08月28日(水) 「おいしいキムチラーメンがあるんだて〜。」 実家に帰ってから耳にタコができるほど、 私はそう何度となく母から聞かされてれていた。 そんなにおいしいなら東京に戻る前に食っとくか! と思い、一人でズ〜ルズルと食べるのもわびしいので 母も誘うことにした。 「ねえ〜キムチラーメン食べにいかない〜。」 「いいよ〜。いつ〜?」 「明日の昼。おごるよ!」 「エ〜!いいの〜、悪いよ〜。」と母。 「悪いよ〜」とは言いながら、大福餅のような顔 がさらにデレ〜っと伸びたりしてうれしそうだ。 なんか良い提案したネ〜私。 で、母が言うには、そのキムチラーメンには味が2種類 あるらしい。醤油ベースと味噌ベース。 「おとうさんとさ〜、この前2人で行った時、私は味噌で お父さん醤油の方食ったんだて〜。そしたらそれが まぁ〜ずかったんだて〜〜。やっぱ、味噌だて〜〜。 グワハハハ〜!」 私にレクチャーしながら、得意げな母である。 どうやら、1/2の確率で父が”ババ”を引いたのが 愉快痛快でしょうがないらしい。 ・・・大人げない。 ところで私は今まで生きてきて、母には一回しか おごった経験がないという親不孝もいいとこの娘である。 記念すべき第一回は、思い起こせば十数年前、 ファーストフード店のアイスコーヒーだった。 たまたま一緒に買い物をしていて、喉が乾いたというので コーヒーをごちそうしてあげることにしたのだ。 それ以来私は「コーヒー通の母親にどーしようもない マズイ出がらしアイスコーヒーをおごった女」として 実家の歴史に名を残すこととなってしまったのであった。 あの時はジャンクな店を選びすぎた。で、あれほど母が マズがるとは思わなんだ。 だが、今度は違う!明らかに「おいしい!」と本人が言う ものをおごるのだ。 これは、感謝されるハズだ。汚名挽回のチャ〜ンス! 次の日、家から歩いて7分ぐらいの所にある そのキムチラーメンの店へと向かう。 母はチャリで私は歩きである。 母に案内されて店につくと、そこはナント、去年の夏、 同時に帰省していた妹と一緒にラーメン食った店ではないか! 父親に「うまい!」と勧められて行ったのだが、 特別「イケル!」てなワケでもなかったという評判倒れの店。 オイオイ、大丈夫か!? ・・・不安である。 さて、席につき、メニューも見ないでお目当てのモノを オーダーしようとすると、 「あたし、中華丼と普通のラ〜メンのセットがいいな〜。」 と突然な母。 (エッエ〜〜〜!今日はキムチラーメンじゃあ・・お母様・・。) 結局、母の所に運ばれてきた物は、思いつきで頼んだ 中華丼と普通のラーメンのセット。 まあ、いいか!親孝行に押しつけは禁物である。食いたい物を 食ってもらうのが一番ではないか。 だが、そう思い直したのもつかの間、私の耳に聞こえてきたのは 「ゲッ、、このラーメン煮干しで出汁取ってるて〜〜、 あたし嫌いだて〜〜。」という信じられない声。 (ウソでしょ〜〜お母様・・) その後も母は私のおごりだということを忘れたかのように、 「おいしくなぁ〜い。油っぽ〜い。煮干しが生ぐさぁ〜い。」 を目の前で連発。 さんざん騒いで半分残し、とっととレジを通り過ぎてゆく母。 さんざん騒がれて半分残され、レジでお金を払う私。 店を出るとすでに母はお気に入りのチャリにまたがって 「ハァ〜イ!」と私をお出迎え。 自転車なのに歩きの私に合わせてもらうのも悪いと思い、 「お母さん、先帰っていいよ。」と言うと 「そ〜お!じゃっあね〜〜〜〜!」 母は躊躇いもせず、ビュ〜ンとチャリをこいで行ってしまった。 ・・・あ〜あ・・・・・・・・・・。 こうして私の短い親孝行は終わったのだった。 おしまい。 ...
|
|