私がキノコに勝利する日! - 2002年07月16日(火) エノキの栽培では、定評のある私だが、 昨日、観葉植物の鉢の中に、 キノコが生えているのを発見した。 植えた記憶など、まったくない。 すばらしく鮮やかな山吹色のキノコ。 しかも、表面がてろりんとしていて ウーパールーパーみたいだ。 おまえはいったい、なに茸か? 5センチ程のヤツが、観葉植物の茎を中心線として 左右対称にニョッキ ニョキ。 抜いてしまおうかとも、思ったが、 その不気味さは、手をほんの少しでも 差し伸べたら”パク”っと、私の方が食われ てしまいそうだ。 しばらく見つめること、7分。 何故?これほどまで気持ち悪いのか? それは 「ここは頭の部分さ。」 「じゃあ、こっから下は胴ってわけね。」 等と、判別が一目で、できないからに違いない。 ・・・・・・・。 例え黄色くのっぺりしていても、 シメジや椎茸のように、傘の部分と胴体が 色でハッキリ分かれていれば、それはそれで、 可愛いかも。 私も安心していられるというものだ。 そこで、マジックで顔を描いて見ることにした。 マジックをシッカと握りしめ、ペン先を 近づけるものの、怖い、怖すぎる。 万が一、パクッと食べられてしまい、 この世から突然いなくなった日には、 旦那も困るに違いない。・・・たぶん。 そう思うと手が震える。 この家がジメジメしてるから、キノコ が生えてしまったのだ。 この上は、太陽ビームでやっつけるしかない。 ヨイショ!と鉢をベランダに出した。 キノコ菌を殺すにはもってこいの暑さと日差しだ。 そして、丸一日。 今日、ヤツらを見るとしょんぼりと頭を垂れていた。 「生えてきてごめんなさい・・。」と反省 しているようであった。 私は、勝った、不気味な物体に。 ふっふふ〜ん。 勝利のアイスコーヒーをゴクっと飲む私だった。 おしまい。 ... でっかいバイアグラ - 2002年07月14日(日) 土曜日のこと。 友達の家にお泊まりしに行く為、 普段あんまり乗らない電車に乗った。 千葉方面へと向かうその電車は、 ガラ〜ンとした空き空きだった。 道中、非常に眠くなり、目を半開き にして窓の外を鼻タレ小僧のように ポケ〜と見る。 フワァ〜ン・・あくびをしようとした その時、私のあくび用に開いた口が、驚き で、そのまま閉まらなくなった。 「バイアグラ、あります!」 と、いう薬局の前に備え付けられた デッカイ看板のせいだった。 大きさは、 畳3畳ぐらいはあった。絶対あった!うん、あった! そして、そのスペースをいっぱいいっぱいに 使った大きな文字。 今時、バイアグラを売り文句に商売をしようと いうその根性にも唖然としたが、なんたって、 その迫力は、立っているものも、萎えさせてしまう程 見た者を萎縮させる。 まさに、広告主の意図とは、まったく逆効果。 大失敗。 私が男なら、EDの治療を受けるがな。 CMでもペレが言ってるではないか。 「私なら、そうします。」と まったく、その通り。さすが、偉人だ。 だいたい、たとえ萎縮しなくても、あれほど デカイ看板を掲げる店に入るのは、とっても 勇気がいる。 打ち身で湿布を買おうという時も、 頭痛でバファリンを買おうとする時も、 それが、男性の場合なら、「やぁ〜い、バイアグラ男・・。」 女性なら「あらあら、性生活で苦労してるのかしら。」 と、ご近所から見られてしまう。 心外だ。 そんな余計な事に思い巡らし、ふと、 斜め前の席に顔をやると、さっきまで、人間のハズだった 女の子の顔がとっとこハム太郎になっていた。 私の知らぬ間にお面をかぶっていたのだ。 それにも、かなり驚いた。 ひと言、断ってください。 ゴトゴト揺られながら、千葉に向かう私であった。 おしまい。 ... ピンクのミトン - 2002年07月13日(土) 池袋を久しぶりに会った友達とブ〜ラブラした。 池袋西武のバーゲン熱気にやられまくって、1時間。 そして、買ったばかりの靴が2足、 部屋のすみっちょから、私を見つめている。 ・・・・・・・・・・・・・。 (お前はシロガネーゼか!) (いえいえ、めっそうもありません。千住ネーゼです・・。) と、私も私で自問自答。 お金もないのに、靴を買ってしまったのは、 私が、物欲の固まりだからではない。 楽しかったのだ。久しぶりに気のおけない友と会って。 彼女は高校以来の親友。 青春って時を一緒に過ごした。 私は彼女を追いかけるようなところがあった。 冬、彼女がピンクのミトンを買うと、 私も同じものを買い、その冬、私と彼女の手は、 双子のピンクのオバQと化したのだった。 また、ある時、彼女はピカピカツルツルのサテンに チュールレースをふわっとあしらったロマンチック なクッションを上手に作った。 素敵だったので、私も挑戦してみた。 できあがった作品はヨレヨレのサテンにガギガギと 裁断されたレースが痛々しい女心の”この字” もないようなしろものに仕上がった。 作ってる時は自分が「死ぬほど家庭科が苦手だ」なんてことは、 忘れていたが、できあがったモノは 「裁縫をするなんて、お前、気でも違ったか!?」 と言いたげなのだった。 その後、私が進学の為上京し、そのままここで就職。 彼女は地元に残った。 2人は、会うこともままならなくなったが、 彼女の旦那さんの転勤で、こうして新幹線の力を 借りずとも、会えるようになったのだ。 あの頃に戻って、ギャーギャー、ワーワー言いながら 買った靴は、きっと履き心地がいいに違いない。 ちんまりと並んでいる靴達を見て、ニンマリと笑う 私であった。 今日はいい日だった。 おしまい。 ...
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