くるくるくろりくくろにくる
いんでっくす|ふるいの|あたらしいの
商店街で「石焼芋」のノボリを見かけた。 ちょっと寒くなって来たからか。
そう言えば先日友人と酒を飲んでいた時、石焼芋が大好きな子供を演じていたということを告白してみた。
幼い頃から「い〜しーやき〜もー」の声を聞くとソワソワし、親にせがみ、ねだり、そして走り出る、を繰り返してきた。が、そんな手順を繰り返してきた割には、いざ食べるとなると苦痛で仕方が無かった。 実際、甘い物を好まず、尚且つ口内の水分を奪っていく咽に詰まるタイプの食い物が嫌いな子供だった。故に幼少時はドーナッツ・蒸しパンが嫌いでラスクの類は食えかったと記憶している。バームクーヘンも年輪で剥がして食べる事が出来なければ嫌いだったろうなぁ。
そんな私が何故?
何かを覆い隠す為にベタな子供で在り続ける為に石焼芋を買い続けていたのだろうか?何か格好良い匂いがする…と思ったが、 冷静に考察すると、石焼芋が好きなのではなく石焼芋を「買うのが好き」な子供だったということに気が付いた。気が付いちゃった。
石から掘り出される芋。 おもちゃのようなバネ秤。 薪で燃えている釜。
あれが見たかったのか。なんだ全く普通の子供だ。
しかも買わせた挙句に食わないじゃー親の逆鱗に触れますわなぁ。 そんじゃ我慢して食うわ。そうかそうかそう言うことか。
そんなことの為に「この子は本当に石焼芋が大好きだった」などと親に記憶されているとうのはなんか悔しい気がする。そんな話なら、仮にデマでも「この子は餅を一升食った」なんて話のほうが天才の片鱗を覗かせるってもんだ。
お兄ちゃん頑張れと思う。
時間とは正当に怒る事さえも奪っていく。残酷だな。
突出した感情を寸分違わず突出させたままで生きていくのは、非常に草臥れることなのね。これはねぇ本当に安定剤飲んでヘロヘロしていないと生活出来ねーって思う。
そうは言っても、人は生きていかなければならないので、自己防衛のためにも色々な物をしまっていくし、で、結局怒りは風化しそうになるのよね。
怒りを持続させる為に生活を続ける。 でもその生活を続けるにあたって怒りの感情の地均しが行われる。
本末転倒のようだが最善の方法。
そんな中にあってお兄ちゃんの不機嫌な表情がやけに印象的だ。
私の弟がそんな状況で帰ってきたら、取り合えず胸のバッチは毟り取って、派手な兄弟ゲンカをかますと思う。
泣いて鼻水垂らしながら母親に止められるっていう小学生レベルのケンかが理想。
珍しく酒の回りがよろしくなかった昨晩。 体調が良くなかったのか、連休中の食生活のと言うか生活そのものの不摂生の賜物か… が、就寝前に流し込んだ某内服液のおかげで元気なお目覚め。
ちっきしょー今日も良い天気じゃねーか。 一昨日は布団、昨日はGパン、だもんで今日はクッションと座布団が干される番だ。そんなこんなで日向で読書。CDをとっかえひっかえ。で、気が付きゃ夕方っていうか夜。
急に思い出して、冷蔵庫を満たすべく1週間分の食料調達に閉店際のスーパーへ。
この季節は大型スーパーの駐車場が気持ちよくって好きさ。 閉店間際だから車も少なく本当にだだっ広い。 湿度の少ない風が吹いてくる。 見上げればちょっと膨らんだ半月。半分のくせにやけに明るい。 雲は一つも無い。
こうなったらルーフを開けて満足行くまで月を愛でようと思うのが人情。 BGMは今マイブーム中のTahiti80だし、思いのままだ。
西へ西へ西へ…
飽きたら左に曲がって
南へ南へ南へ…
思ったより早く海へ辿り着いた。
海岸沿いの通りを流して帰路につく。
9時半には帰宅しているはずが11時半かい。
牛乳がぬるくなっていた。
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