CYMA’S MURMUR

2005年07月24日(日)   TOEICとどうでもいい話


TOEICを受けてきた。
ま、実力通りかな。
終了5分前に解き終えたけど、
結構最後までいけなかった人もいるようだった。

文法問題がもうサッパリで。
ただの読解はすっごく簡単で。
なんでだろうね。
EUROSTARのチケット予約だの、なんだの、
旅行準備で実用的英文はいっぱい読んだからなぁ。

やっぱり私は、英語が読める、だけの人なのね。哀。

開始前には、みな問題集だの、単語帳だの、
それはそれは熱心に見ていた。
私は、先月まで勉強しながらポイントをまとめていたノートを、
結局帰国後一度も見ないまま会場にいた。
しまった、持ってくりゃ良かった、と思っても後の祭り。
何のために、ノートを作ったんだか、全くもう。

ちなみに私は、読みかけの沢木耕太郎を読んだ。
Harry Potter (の最新刊、だと思う)を読んでた子がいたなあ。
もちろん原書だ。

イギリスでは今月の16日がハリポタ最新刊の発売日だったから、
新聞やニュースでも結構取り上げられていた。
相変わらず、すごい人気のようだ。

かく言う私は、最初の本が出た頃、
すごくはまっていた妹から貸してもらってそのまま放置し、
「読まないなら返してよ!」と怒られたきり興味なし。

新聞に出ていた情報から、
新刊のストーリーの一端を妹に話したら、また怒られた。

話は戻って、何が新鮮って、「受験」っていう響きだね。
昨日初めて受験票を見て準備をしたのだけれど
(顔写真に9年前のものを使ったのは内緒。ばれないから大丈夫)、
持ち物が、

 ・えんぴつ または シャープペンシル
 ・消しゴム
 ・腕時計

ですって。新鮮じゃない?

えんぴつなんて、我が家には1本もありません。
シャープペンシルは、適当に引き出しをかき回して2本調達。
消しゴムも出てきた。
(前回受験時には当日にコンビニで買ったようなかすかな記憶)

社会人になってから、ノートだって当然ボールペンでとるし、
”消せるように”エンピツかシャープペンシルを使う、
なんて発想とは無縁だったからとても新鮮だった。

それから、会場。早稲田大学の西早稲田キャンパス。
迷いそうになったけど、
ちゃんと会場案内の人が交差点にいたから問題なし。

大学なんて、すごく久しぶり。
この雑然とした感じ。
時間と若さを持て余した若者たちの巣窟。
据え付けられた机と椅子。

オフィスで人間工学に基づいた椅子なんかに慣れちゃうと、
こういう椅子って嫌な感じだよな、なんて贅沢。

「早稲田と慶應受けていい?」と父に聞いて、
「ダメ」と言われたことも思い出した。
いや、行きたかったわけじゃないんだけど。

私に出された進学の条件は、

 ・私大に行くなら地元のみ
 ・実家から出るなら、国公立大のみ

というものだった。

おまけに、

 ・実家から出る場合も、
  父の単身赴任先(神奈川)から通える範囲で

という条件もあったっけ。

「じゃ、筑波受けようかな」

って言ったら、

「馬鹿。筑波は神奈川から通えないぞ」

と言われたこととか。
関東地方の地理なんてさっぱりでしたから。

それにしても、会場が大学で、
受験者も若い子ばっか。

企業命令で受験する人がいてもいいのに。

前の会社でIBMと仕事してたときに、
ちょうど課長以上に昇進するには
一定以上のスコア(忘れた800だっけ?)が必要っていう
決まりがIBMにできて、社員さんは騒然としてたな。
「俺はもう出世できない」とかさ。

そういう企業戦士がいてもいいのに、見当たらない。
彼らは、団体申し込みで会社で受験したりしてるのかしら。

なんというか、大学という場で、私自身浮いた感じを否めず。
決して居心地がいいとはいえなかった。
居場所がないというか。

3年以上前に受験したときの記憶はゼロで。

あぁ問題用紙にも書き込みしちゃいけないんだっけ、
とか当日会場で知る私も私だ。

多分、性懲りなくまたチャレンジするとは思うけど、
しばらくはやりたくないなというのが本音。

そういえば、どこかでTOEIC試験内容が変わるって記事読んだな。
アメリカ英語だけじゃなく、イギリス、カナダ、オーストラリア
なんかの音声も使うようになるとか。

カナダはいいけどさ。
コックニー訛りとかオージー訛りは、いただけないでしょ。

とりあえず、終わってよかった。結果に期待。






2005年07月23日(土)   本とDVDとTOEIC


旅行中に読んだ本。

■花を運ぶ妹 (池澤 夏樹 著) 文春文庫

なんか結構グッと来た。
旅行という雰囲気にも合っていた。
海外で不条理な出来事に巻き込まれる不安。
それに抗おうとする力強さ。
バリの不思議な空気。
面白かった。




旅行の前後で読んだ本。

■海馬―脳は疲れない (池谷 裕二, 糸井 重里 著) 新潮文庫

我が身を反省すると共に、
ちゃんと脳を活性化させるための
実用的な手法がわかる本。

とにかく動くこと。動き始めることが大切。
耳に痛いです。




機内で見た映画。

■Ice Princess
■The Wedding Date
■Millions
■The Pacifier
■Fever Pitch

上から下へと面白かった順。

”Ice Princess”は、ディズニー映画らしく、
わかりやすく見やすかった。
少女が夢を叶える物語であると同時に、
2組の親子の物語。

日本語吹き替えがあったのは、”The Pacifier ”だけ。
結構まじめにヒアリングした。




レンタルで見たDVD。

■CALENDER GIRLS

まぁ予想通りに楽しめる作品。



■Iris

アルツハイマーの女性の物語。
っていうと語弊があるか。
イギリスで著名な作家が、病で正気を失っていくさまと、
その失われていく聡明さ(若い頃の彼女の姿)の回想が織り成すストーリー。
やっぱり切ない。





明日、TOIECなんですが、
旅行の数日前から、帰国後、一切英語勉強してない。
徹底的にやる気がないの。

たとえば、問題集を開いて、10分我慢してやれば、
興が乗るとは思う。
それは「海馬」に書いてある通り、
刺激を与えてあげれば、そこからやる気が起きてくる。
でも、そのきっかけを作る元気すらない。

もうどうなったっていい。
行かない、って選択肢だってあるかもしれない。

就職も考えなきゃいけないし、
そういう前向きな行動を億劫に感じているのだ、私は。

でも、動かなきゃ。

動く。

8月は動こう。

実際の就職活動は、8月は暑くてスーツ着たくないから、
嫌なんだけど、それはともかく。

まずは、動くための、心の準備。

リハビリ第一弾は、明日のTOEIC。







2005年07月22日(金)   女性の呼び方

今回の旅行中、
どういう言葉で呼ばれたかと言うと、
圧倒的に madame だった。

フランス語だけど、
呼びかけとしては十分英語に取り込まれてる模様。

1回だけ、最後にWienを発つときの空港へのタクシー運転手さんは、
mademoiselle と声をかけてきた。
(ホテルのロビーのソファで待ってる私に向かって)。

それ以外は、marm だったかな。
特にフライトアテンダントの兄ちゃんはそういう呼び方してたな。

約10年前の卒業旅行でヨーロッパを周ったとき、
私に madame と言ったのはパリの空港のエルメスの店員だけだった。
しっかり覚えてる。その1回こっきりだ。
あぁ、madame が似合う年になったんだなぁ。

呼びかけでなく、私を指す言葉としては、
もう絶対的に young lady だった。

なるほどね。

ちょうど、”The Da Vinci Code”が社内ではやっていた頃、
同じく読んでいる最中だった上司が私に言ったのだ。

「主人公の女性も30代だけど、最初のルーブルに現れたときの
 描写は『若い女性』だったでしょ。西洋では30代は若いんだよ」と。

ま、米国の大学を卒業してる人が言うんだから、そうなんだろう。

大体、前にも書いたかもしれないけれど、
日本ほど未成熟な女の子を持てはやす国って、ちょっとない。

あと、なんていうかな。
外国は、オバサマたちの存在感が違うんだ。
日本にも、おばちゃんはいっぱいいるし、
日本の尺度で言えば、既に私もその仲間なんだろうけど。

そういうオバサマたち(50〜80代くらいまで)と比べると、
そりゃ私は young だわよ、と思う。

じゃぁ日本じゃそういう年齢の人は何かというと、
「おばぁちゃん」なんだろうか。
50代にはちょっと失礼すぎる?うちの母もそうだもんな。

今後の私の調査の焦点は、
私に対して”young”という形容詞がなくなるのは一体いつか?
ということね。







2005年07月21日(木)   世界の片隅



また、ロンドンでテロがあった。
本当に、際どいタイミングで旅行していたものだと思う。

イギリスでは、イスラム系の人への嫌がらせや襲撃が
既に600件を超えているとニュースで言っていた。

このようなテロは、いつ日本で起こってもおかしくないのだろうと思う。




ヒースロー空港へ向かうタクシーは、
伝統的なブラックキャブではなくミニキャブだった。

スーツケースを積み込むスペースの問題で、
私は助手席に座った。
そのため、ドライバから質問攻めに合い、
にわか英会話教室のようだった。
本音を言えば、放っておいて欲しかったのだけれど。

どこに行ったか、何を見たか、
今まで他にどの国に行ったか、
好きな街はどこか・・・

面倒だったので、適当に答えた。

「Londonも好き。みんな結構親切だし」

「Londonの人が親切なんてことはない。人種差別がある。
 私はバングラディシュの出身だ。
 もちろん日本人に対してはそんなことないかもしれないが」

おいおい、勘弁してくれよ〜。
私はただの通りすがりの観光者なのだ。
こんなとこで、racismについて議論する気はない。

カーナビは日本にもあるか、
免許は持っているか、
持っているのに何故運転しないのか、
日本からここまでの航空券はいくらか、
何時間くらいかかるのか・・・

止むことのない質問。

空港が近づいてきたころ、
カーラジオからテロのニュースが流れた。

「テロ、テロ、テロ!
 どこもそのニュースばかりだ。
 もとはといえば、アメリカがイラクに侵攻したからだ。
 アメリカのイラク侵攻は必要なことだったと思うか?」

あちゃ〜きたよ、微妙な質問が。
大体私の英語力はそういう繊細な問題を扱うレベルではないのだよ。
とりあえず、無難な答え方をする。

「私は、アメリカは侵攻すべきでなかったと思う」

「そうだろう?
 サダム・フセインは確かにいい人間ではないかもしれない。
 でも、あの国の人はみなフセインのもとで、なんとかうまくやっていたんだ。
 それを他所の国が余計な介入をすべきではないんだ」

彼の苛立ちは、なんとなくわかる気がする。
白人の客が相手だったら、
おそらくこんな話はしないのだろう。

彼はまたこうも言った。

「遠くの国からやってきて、
 数日間観光して、そして去っていく。
 そういう人にはLondonは良い街かもしれない。
 でも私のようにずっとここで暮らすものには、
 決して良い街なんかじゃない。
 私はLondonが嫌いだ」

でも、あなたは自分でここで働くことを選んだんでしょ。
とは、言えなかった。

世の中には大小様々な不幸と不条理が満ちている。

でもやっぱり、個々人がどうにかしなくてはいけないことなのだ。

基本の基本では、国家も人種も関係ない。







2005年07月19日(火)   旅行もいいけど、家もいいね


ってな感じで、くつろぎまくりの1日。
夜は、土産を持って実家に行ってきた。
母からの指令で、父上の洋服(Aquascutum)を買ってきたし、
その他細々とした雑貨や食品を。

向こうはちょうどセール中でお買い物にはうってつけだったけれど、
あんまり買い物心がくすぐられることはなかった。

なんでも、日本で買えるしねぇ。

さかのぼって、旅行中の写真を少々載せてみました。







2005年07月18日(月)   帰ってきました


無事、London & Wien から帰ってきました。

予想を上回るハプニングもあったものの、
全体的には問題なく楽しく過ごしました。
日焼けしたのだけが悔やまれますが・・・

Londonは、一部地下鉄が動いていない他は、
本当に正常な状態を保っており、
早々に犯人を特定したり、
なんかやっぱりすごい国だなぁと感心しきり。
CCTVって、すごいのね。

Londonは人々がgentleでfriendlyだ。
外国人にとても慣れている感じがする。

でも私はやっぱりWienの方が好きだし落ち着く。
Wienも人々はとても親切で、そして優しい。

考えすぎの被害妄想かもしれないけれど、
Londonでは、
「この子は拙い英語しか話せないのね」
と思われているのに対して、
Wienでは、
「この子は拙いながらもドイツ語でコミュニケーションできるのね」
と前向きに扱われている気がする。

国際言語としての英語の傲慢さとでも言うか。
鴻上尚史も書いてたもんな、
英語はイギリスの産業のひとつだって。

まぁともかく、ロングバケーションは一区切り。
週末にはTOEICがあるし、
そろそろエンジンをかける準備をしなくてはならない。
自信ないけど。






2005年07月17日(日)   旅行日記

最終日。
ほんの少しの時間も惜しんで、
定番、HOTEL SACHER へ。
もちろん、食べるのはSACHER TORTE。
12年ぶりだ。




この街にもこれでお別れ。
今度は、数年以内に再訪したいな。
St.Stephansdom前のフィアカー(馬車)。









2005年07月16日(土)   旅行日記

世界遺産であるWachau。
ドナウ川からの眺め。
川の水がきれいじゃないのが残念。




古い街 Durnstein の光景。









2005年07月15日(金)   旅行日記


Schloss Schoenbrunn
後ろには、Wienの街も一望できる。





Elisabethのお墓。
やっぱり大人気らしく、花が絶えない。




私がヨーロッパでもっとも愛する建物。
St.Stephansdom










2005年07月14日(木)   旅行日記


Wiener Schnitzel!
とにかく、大きい!
そしておいしい!








 < 過去  INDEX  未来 >


しぃま [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加