| 2005年02月08日(火) |
自分でジュエリーを買う |
土曜日に書いた通り、 ちょっとしたお金が手に入ったので、 記念の品を買うことにした。
思いつきで、「ダイヤのピアス」なんて書いたけれど、 書いたソバから猛烈に欲しくなり、 色々ネットで調べたりしている。
ティファニーだと、 本当に小さいのしか手に入らないんだよね。 どこで、どれくらいの大きさのを買おうか、色々リサーチ中。
ネットで探しているときに、 「自分でジュエリーを買うなんて!」 というような内容の記事をいくつか見かけた。
そうでしょうか? 私は、欲しいものは自分で買うのが一番だと思うよ。
もちろん、負け犬の遠吠えだと思ってもらっても構いませんが。
いくらくらいなら自分で買う? えーっと、2〜3万かな?高すぎる? 高いよ!それは彼氏に買ってもらいなよ〜。
というOL座談会の記事も見てしまいました。 OLって、入社2〜3年目までの可愛くて若い子の総称なんだろうな。
私が過去に彼にもらった物で一番高いのは、 多分リングで5万円くらい(サプライズでもらったので値段は不明)。 あとは、一緒に買いに行った3万円代のリングとか、ネックレス。
自分で買ったもので、一番高いのは、15万円くらいのリングかな。 今、普段使いしているリングは、ほとんど全部10万〜15万円クラス。
だから、3万円の指輪を買ってあげるよ、と今言われたら、多分困る。 トシとってくると、あまりチャチなものしてもいられないし。
3万円の指輪くれるなら、 1人1.5万円のお食事を一緒に食べましょうって感じだよ。 それでいいじゃない?
確かに、こういう女って可愛げないよね?
でも、高価なモノをプレゼントされて平気な女性の気持ちは、 やっぱり私にはわからない。 自分はそれだけの価値がある女よ、って思うのだろうか?
年収に大きな差があればわかるけど。 私だって、年収1500万の男性からのプレゼントなら、 少々高くても平気かもしれない。
去年のクリスマス。 職場の男の子は彼女と1泊旅行。 クリスマスプレゼントとして、ブランドバッグ(8万円)を購入。 旅費も、全て彼持ち。 彼女からは、ネクタイがプレゼントされました。
その男の子と私は年収が同じ(職級が同じなので)。 少なくとも私と彼が付き合えば、そうはならないな〜。 旅費は半分出す。 ブランドバッグ自体は買ってくれるって言われても断る。 断りきれずもらっちゃったら、バレンタインにそこそこ高額商品を返す。 これも、可愛げないかしら?
正直いって、私は自分より稼ぎがすごく多い人と付き合ったことがないのだ。 今まで付き合った2人は、2人とも、私より150万程度年収は多かったけれど、 私が実家暮らしだったのに対して彼らは一人暮らしだったから、 家賃とか諸々考えると自由になるお金は私と似たようなものだと推測できた。 だから、あんまりお金を使わせるのも悪いな〜といつも思ってた。
もちろん彼らは紳士で、 私にお金を出させようとしたことはなかった。 食事でもお茶でも、出してくれた。 でも、私が「出すよ」と言えば、それを拒むことはなかった。
というわけで、私が思い切り主導権を握り、 大体、全体支出の1/3は私が出すような感じでコントロールしていた。 お食事をご馳走になったら、お茶を。もしくは次の機会のお食事を。 1/3っていうのが、また微妙なラインだけれども(笑)。
うちの母は、 「男の子とお茶を飲んであげるなら、お茶代くらい出してもらって当然でしょ」 と高校生だった私にのたまったような人なので、 今でも穏やかに夫の稼ぎで好きなもの買って暮らしていられるんだろうね。
私は特に玉の輿に乗りたいって希望もないんだよ。 分不相応な相手と一緒になっても気苦労多そうなんだもん。 やっぱり、ちまちまと、自分で稼いで、欲しいもの買うのが一番だ。
いいもん。 自力で、桃井かおりみたいに、いつか大きなダイヤ買おうっと。
明日はモトカレ(2人とも)の誕生日だ。
今夜、洗濯してもいいかしら? と、ネットで天気予報を調べたら、 ちょうど明日の欄に「2/8(火)」と書いてあって、 それで思い出した。
今年に入ってから、 2月8日のことを、多分4〜5回思い出した。
でも、全然、何の感慨もないの。 ほんと、卒業したな〜って感じだ。
愛なんて所詮幻想なのかもしれないけれど、 でも、2人とも、一瞬でも心から私を愛してくれてありがとう。 嘘のない気持ちは、キチンと私に伝わってました。
直接告げることはもうないけれど、遠くから祈ってます。 あなたたちにとって、 新たなる1年が今までになく良いものになりますように! そして心から、おめでとう。
出勤するつもりだった。
10時に起きた。 朝食代わりにフルーツを食べた。 会社行く気が失せた。11時に寝た。
15時半に目が覚めた。 テレビで、小学校対抗のドミノ大会を見た。 すぐにまた眠くなってきたから、また寝た。朝まで。
というわけで、日曜日はどこへ行ってしまったのか?
でもね。月曜日の朝はもうスッキリとした目覚めで、 生まれ変わったような感じ。 たまには眠り続けることも必要だよね。
法事に行ってきた。
今回は、ほんと身内だけで、気楽なもの。 おまけに、法事が30分間隔で立て込んでいたらしく、 お経も短くてほんと良かった。 あの本堂、すっごく寒いんだもん・・・
「おコメ持ってく?海苔はどう?お茶は?」と、 色々くれようとする伯母。 「もらってく〜♪」と嬉々として答える妹。
「別に何もいらな〜い」という私に、 「じゃぁ、薔薇持ってく?」と伯母。
知り合いのお花屋さんが、 売り物にならなくなったお花をよくくれるんだそうで、 今回もらったのも確かに少々咲きかけだったけど、 逆に「今が見頃」とも言える。
「薔薇?すっごい嬉しい!全部もらっていいの??」 って感じで、大きな薔薇の花束をもらってきました。
部屋中、花が溢れてて、素敵な感じ。
遺産の話をごちゃごちゃしていたけれど、 とりあえず形見になるようなものが何もないから、 まとまった額を孫全員にくれるということになった。
ふ〜ん。って感じだけど。 ダイヤのピアスでも買おうかな。
やっぱりもう少し外国語を勉強しよう。 って、何が「やっぱり」なんだか。
とりあえず色々面倒なので、 遊びとしての外国語をしばらくは楽しむことにした。 実用レベル・・・というのは難しいからね。
第一歩として、毎晩NHKの外国語講座を見ている。 ハングル語もフランス語もイタリア語もアラビア語も面白い。 もちろん、時間が合えば、ドイツ語会話も見ている。 制作費を安く抑えました風の変な人形劇(宇宙人とUFOが出てくる) の設定はどうかと思うけど、NHKなんてどれも似たり寄ったりだ。
フランス語に関しては、 ネットで超初級文法をチェックした。 基本構造はドイツ語も変わらないから。 とりあえず、人称と格変化、基本動詞の変化、疑問詞を確認。 これだけで、フランス語のCDを聴いていて聞き取れる単語が格段に増えた。 知っている単語を聞いて喜んでいる状態。
英語になると、知っているのに聞き取れない、という事態が、一番問題。 特に基本語ほど、聞き取れないときがあって、やばいと思う。 しかしその対策は簡単ではないので、後回し。
英語に関しては、とりあえず、 ラテン語ルーツの語源調査(特に接頭辞)と類義語の勉強をしようと思っている。
ラテン語ルーツは、 フランス語のCDを聴いていて結構英語と同じような単語が出てくるなぁ と思ったのがキッカケ。
英語の基本語の大半はゲルマン語ルーツだけれど、 全体の語彙に占める割合から見ると、ラテン語ルーツの語彙の方が多いのだから、 これは当たり前といえば当たり前だ。
たとえば、endとfinish。 ご存知の通り、endはゲルマン語でfinishはラテン語ルーツ。 フランス映画の終りは”fin”だし、ドイツ映画の終りは”Ende”だ。 両者が交じり合って、少々用法をずらしつつ共存しているところが興味深い。
で、じゃぁendとfinishは、どういう使い分けをされているのか? ニュアンスはどう違うのか?
私の感覚だと、endは名詞で、finishは動詞で使うことが多いのだけれど、 もちろんendは自動詞他動詞としても使用されるし、finishだって名詞になる。 endの方は、無理矢理終わらせるイメージがあって、 逆にfinishは自然に(時間が来て、材料が尽きて)終りになる、 もしくはしかるべき手順を踏んで終りまで到達する、 というようなイメージがあるけれど、果たしてそれは合っているのだろうか?
なんてことを、英英辞典と類義語辞典を使って、 勉強していこうかなぁと思ってる。
面白そうじゃない? と言っても、全然賛同を得られない環境に私はいるんだけれども。
ひそやかに楽しもう。 私の趣味は外国語です。と言えるようになるために。
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と、ここまで書いたところで、ネットで調査してみたら、 いくつか参考になりそうな情報が見つかった。 内容を要約して以下に記述。
・ラテン語の“finire”にはもともと「最後まで行き着く」 というような意味がある。 また、“finire”の名詞形は “finis”で、 「境界・境」という意味があるため、 英語の“finish”にもそのイメージが引き継がれている。
・「終結する」という意を示そうとする場合、 “stop”では終了の意味が弱く、状況によっては再開の可能性も含まれる。 “finish”だと、終ることを予期していることになる。 “end”だと、It no longer exists.を意味し、「終ってなくなる」つまり、 再開の可能性はないことを暗示する。
・finish は立派に仕上げをして終える complete は初めから終わりまで完全に終える end は行なわれていたことが終了する
確かに、I've finished my homework.という例文と共に 私の頭にこびりついているfinishのイメージは、 「自分で頑張って終わらせる」って感じだなぁ。
なんか、finishに関しては、派生語も含めて説明が見つかるけど、 end関係の記述はなかなか見つからない。 ドイツ語では、どういう使用法なんだっけ? なんてところまで気になりだしてきた。
しばらくは、このネタで遊べそうだ。
今日もお客様と打ち合わせだった。 少々緊迫。 そして怒りモード。 まぁまぁまぁ・・・・
実は今日は飲み会が予定されていて、 忙しいから参加できないという人たちに対して、 「飲み会の2〜3時間では状態はさして変わらないのだから参加しろ」 と主張する人たちがいて、もめていた。
私はといえば、そんなのみんな好きにすればいいのに。 と思っていた。言わないけど。
楽しそうな飲み会なら、仕事を後回しにしても参加して、 その分作業があぶれたら休日出勤する。
あんまり楽しくなさそうな飲み会なら、 仕事を理由に断る。 で、仕事をやる気になれなければ、さっさと帰っちゃう。
義理のある飲み会だったり、 社会人としてここは参加してお酌のひとつでもしなきゃ、 というときは、まぁ義務の一環として参加する。 でもそのジャッジは私に任せて欲しい。 「出ろ」とか「出ないで仕事しろ」とか、言わないで欲しい。 そういうところまでマネジメントしないと、 自分の作業をスケジュール通りこなせない人が多いから、 上の人も口を出さざるを得なくなるんだろうけど。
自由意志での残業や休日出勤はいいのだけれど、 強制されると反発したくなるよね。
今週は、ほんと、あっという間だった。 気をつけないと、大変な事態になりそうだ。
今日の打ち合わせの中で、ある名称を決める必要があった。 英語(というかアルファベット)で8文字以内の制限付き。
プログラム界では、母音を落として、子音だけに縮めるのが一般的。 たとえば、 MEETING → MTG PRICE → PRC ってな具合。
でもこれは、なじみのある単語ならともかく、 プロジェクト特有の用語なんかは縮めると何がなんだかわからなくなる。
結局今日は決めきれずに、担当者が宿題として持ち帰った。
というような話はどうでもよくて、 上記のように子音だけに縮めた単語の発音について、 会議の最中に熱く語ってしまった自分を 改めてコトバ好きだなと思ったというだけ。
日本語には、基本的に子音だけの発音がないので、 日本人は絶対母音をつけて発音しちゃう。
とか、子音の発音がどうあるべきかを、熱く語る女。 変だよね〜。
私は子音の発音が大好きなのだ。 私が好きな歌手はみんな子音の発音がクリア(洋楽ね)。
ドイツ語の r の発音とか、 英語で、語尾に残る t の発音とか、 そういうのが大好き。うっとりしちゃう。
今一番のお気に入りは、やっぱりUWEだな。 子音の余韻がゾクゾクするほど素敵だ。
相方(仕事上の、です)のテンションが、 朝からえらく低いので、どうにも仕事がやり辛い。
頼むから、暗い空気を撒き散らさないでよ。 と思いつつ、オチてるときの自分を反省。 やっぱり最低限の笑顔と爽やかさは、 社会人としていついかなるときも維持せねばならんね。
プロジェクト全体で、 仕事量が激増してきている。 ここから数ヶ月が山場であることよ。あぁ全くもう・・・
もう今日は帰ろうっと(って21時だけど)。
いやぁ〜疲れた。 長い1日だった。
朝からトラブル続きで、もうダメかと思ったよ。 でもヘラヘラしながら、「ヤバイ!」を叫びつつ、 大して緊張もせずに何とか難局を乗り越えた。 変な度胸だけついた。喜ぶべきか悲しむべきか。
結果、タイムリミットをちょっと越えてしまったけど、 でも肝心のタイムリミット自体が降雪のため延期されたから、 勝負はドロー。。。
***
欲しいCDが沢山ありすぎて困っている。
でも月に5000円程度を目処にしているので、 今月はもう買えない・・・って、 もう2月になったから、買ってもいいのか!
アマゾンでは、音楽商品を月に5000円以上買うと、 500円のギフト券がバックされるから、 買うときは5000円を超えるように計算するし、 1万円買ってもギフト券が1000円になるわけでもないから、 5000円を超えすぎないようにも計算してる。
月5000円でも、年間6万円ってことで、 多分、直近12ヶ月だと、10万くらい使ってるような気がする。
映画1800円、CD3000円、お芝居S席10000円。 モノの価値って色々だ。
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明日は客先。
スーツ着る日が多いと疲れちゃうなぁ。。。
今日のタイトルの「ひとり」は、 恋人がいないとか天外孤独とかそういうのじゃなくて、 パーティ会場の壁の花とかそういう感じ。
今週は各種イベントが多い週で、 社外に出る予定が数回あるのだけれど、 今日は会社の経営方針説明会が大きな会議場で催され、 その後、親睦パーティがホテルで執り行われた。
はっきり言って、そういうイベントは好きじゃない。 私は経営にも興味ないし(←こんなこと言ってるのバレたら首切られる)。
広い会場で、一体誰と一緒にいればいいのかわからない所在無さ。 ひとりでいればいいんだけれど、人目が気になるというか・・・ 単独でいると、絶対だれかれが 「何ポツンとしてるのさ?」とか声をかけてくる。 すれ違う、その一瞬。 つまり、ああいう場でひとりでいるのは、 社会的に推奨される事態ではないわけだ。 仲良くしなさいってこと。
その所在無さは、誰しも同じらしく、 結局同じプロジェクトのメンバが何となくより集まったりするのだけれど、 その寄る辺無さがまた嫌な空気。 嫌だとかいいながらも、 そこに所属しているということ、居場所があること、に、 ホッとしている自分が情けない。
でも、そういう場で、ずーっとひとりでいたりしたら、 少なくとも「コンサルタント不適格者」の烙印を押されることは、間違いない。
なんと言えばいいのかな。 好きな人と、好きな時間に会うのはいいんだけど、 沢山の人が押し込められた場所で、 この中の誰と行動を共にする?と迫られるのは嫌なのです。
これは私の社会性の無さをよくあらわしてると思う。 社交的な人は、会場をあちこち歩き回って、 多くの人に声をかけ、また、声をかけられている。
私はときどき前に一緒に仕事をした人や、 同期とすれ違っては近況報告をする程度。 でも、その人とずっと一緒にいるわけじゃないでしょ? それは、すれ違ったほんの1〜2分のことだからさ。
なんてことを考えながら、疲れた1日。 でも、経営方針を社長が熱く語るのを聞き流しながら、 私が抱えている懸案の解決策を1つ思いついたので、 まあ有意義な1日だったと言えるでしょうか。
私はやっぱり「ことば」ってものが好きなんだろう。 夜中に外国語講座を熱心に見るのも、 歌詞カードを一生懸命眺めるのも。
昨夜、テレビで京都賞の番組をやっていた。 そこで、チョムスキー(懐かしい!)を見た。 言語学に、とても興味を持っていた昔の自分を思い出した。
その番組には、グドール博士も出ていた。 70歳とは思えない美しさで、少女のような可憐な感じのする、 とても素敵な人だった。 これまた、人類学とか猿学に興味を持っていた頃の自分を思い出した。
そして今日。 金田一先生が、バラエティ番組に出てらした。 敬語とは、相手を不快にさせないこと、という説明に目から鱗。 ああ、日本語に私が興味を持ったのは、 金田一先生の著書を読んだのもきっかけの1つだったなぁ。
何がやりたいかわからないけど、 興味があるものはあるんだよね。
好きなことを仕事にすると、 辛くなるんじゃないかという思いが強いのだけれど。
たとえば、自動翻訳機の開発に携わるのなんか面白そう。 言語学的にも、システム的にも。 翻訳のロジックをどうするか、 変換辞書をシステム的にどういう形式で保持するか、 そういうポイントも面白そうだし、 とりあえず元言語の分析をするのも楽しそう。
私のこの上辺だけの、 何となくわかった気分になれればそれでいいという程度の、 中途半端な言語への興味で、 果たして何かを成すことができるのだろうか?
でも、コトバが好きだ。 なんてことを、さらにしみじみとかみ締める週末。
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