CYMA’S MURMUR

2004年10月14日(木)   過ぎ去った関係



モトカレに限らず、

  過ぎ去った関係

ってものが私は結構好きかもしれない。



ふと気付いた。




ちょっと前に会社で席替え(小学生っぽい単語だな)があり、

別のフロアに移動したのだけれど、

そこは前に一緒に仕事をしたことのある人がいっぱいいて、

そしてなんだか楽しい、

のだ。




一緒に仕事していたころ、

すっごく仲良かったってわけでもないのにね。




きっと、

一緒に仕事していないから利害関係もなく、

だからこそ友好関係を保てるのだろう。

こういうところが、

「過ぎ去った関係」のメリットだ。

現実にとりたてて接点がないということ。

・・・・偶然以外・・・・



お互い深い興味があるわけでもないから、

わざわざ連絡を取ったりはしないのだけれど、

ちょっとすれ違ったりすれば雑談するし、

偶然同じタイミングになってランチに一緒したりするし、

その程度の距離感って、とてもいい。



それぞれの、今のプロジェクトの悪口言ったり、

共通の知人の噂話したり、

近況報告したり。



こういうレベルの付き合いって、ホッとするな。

もちろん、上辺だけのお付き合いなので、

これ以上どうもなりようがないし、

それでいいんだけどね。



過去は美化されるというのもあるし、

お互い不満をいだきつつも、

共に昼夜祝日を問わない苦難を乗り切った!

という連帯感・・・なんだろうか。



そう。だから、ただ一緒のプロジェクトにいた、

という事実だけではダメで、

一時期ではあっても、ある程度、蜜な時間を過ごした相手、

が、今となると心地いいのよね。



なぁんてことを、

わざわざ海外旅行土産のお菓子を届けにきてくれた

同僚を見ながら考えた。



その人とは、

数え切れないくらい真夜中のタクシーに同乗したし、

色々食べ歩きにも連れてってもらった。



当時は、結構、嫌いな人だったんだけど(仕事のやりかたが)、

今はそうでもない。不思議。







2004年10月13日(水)   モトカレのこと

最近、モトカレのことを考えている。

せっかく忘却の彼方へ押しやることに成功したばかりだってのに、
あんなことがあって連絡をとってしまってから、
気になるっちゃ気になるのだ。


彼と結婚したい。
かもしれない。


えぇ?なんで、いまさら??


付き合いたいってわけではない。
大体、恋愛感情はもうないし。
彼と、キスしたりエッチしたりすることだって、もう想像できない。
恋愛対象じゃないんだよね。


じゃぁ、結婚したいって、何さ・・・

結局、『駆け込み寺』として、明確にキープしたい。

ってことみたい。←みたいって、ヒトゴトかよ。


どこか思考回路変ね、私。


結婚にしろ付き合うにしろ、
もう一度親密になれば、それは必ず破局を迎える。
世の中に「絶対」はないとはいえ、99.9%破局する。
もうこれだけは自信あるもんね。


どう考えたって、今の関係がベストなのだ。


現状のように、
年に1〜2度私がヘルプを求める程度の関係なら、
多分、あと5年〜10年は軽く続くだろうと思う。


そんなに心配しなくたって大丈夫。
万が一、彼に彼女ができたり、彼が結婚したりしても、
私が夜中に電話して泣きつくことは可能なはず。←迷惑なヤツ。



ちょっとだけ言い訳をしておくと、
私の行為は普通に見てとても傍迷惑に見えますが、
彼の特異なキャラクタにとっては、
それほど迷惑行為でもなく、
むしろ私は変わったネタ提供者、程度の扱いだと思われます。



精神的に非常事態を迎えたときに
(もしくは現実的に法律的に実務的に非常事態を迎えたときに)
一番頼れる相手がモトカレであるという事実に、
私はやはり傷つき寂しく思っているのだ。


今は私に付き合っている人がいないし、
モトカレにも相手がいないから別にいいけれど、
もしかしたら私は付き合っている人がいても、
モトカレにより信頼を寄せるのではないかと、
そのような心配まで出てきたりして。



この先何があろうと、
私の中でモトカレの占める位置は不動なのだ。

彼の存在が私を救う。
大げさではなく。



ただのモトカレにそんなに依存していいものか?

そんなに大切なレスキュー隊なら、
身近にとどめておく必要があるんじゃないか?


なぁんていう馬鹿げた発想が、
「結婚したい、かも」につながったのでしょう。



ほんと、馬鹿げてる。



モトカレから独立しなきゃいけないなと思う。←理性では。
でも、頼れるもんは頼っておけばいいじゃない、と思う。←本音では。



今のところ、特に彼に連絡しなきゃならない用事もないし、
また何かコトが起こるまで私と彼は疎遠なままだ。


このまま何もなく過ぎ去っていけばいい。


私も彼も離れた場所で、それぞれ幸せになれればいい。



でも多分、そう簡単にことは運ばない。
なにせ世の中、Troubles are many. なのだから。







2004年10月12日(火)   DVD



DVDプレーヤが大活躍。
私が買ったのは、YAMAHAのDVD-S540。

リージョンフリーの設定も行い(あっけない程簡単!)、
下記3種類全て問題なく再生できることを確認した。

・北米版(Region1 NTSC)
・欧州版(Region2 PAL)
・日本版(Region2 NTSC)

今まであまり意識したことなかったけれど、
やっぱり字幕ってとても便利。

何でも再生可能ってことになると、
どの国の商品を買うかは、
価格と、おまけ(Making映像など)と、字幕、
の3点の問題になる。

日本語字幕に固執していてはメリットをいかせないので、
国内版にこだわるつもりはないのだけれど、
今回購入した日本版は、日本語字幕だけで英語字幕がついておらず、
それはそれでショックだったので、
字幕のチェックは大切だなあと思った次第。

ちなみに欧州版(フランス語メイン)は、
仏語、英語、独語、西語、の字幕つきのものだった。
これは色々な意味で長く楽しめそう。

ただ、思ったほど買いたい商品がなくてツマンナイ。
1回見るだけならレンタルで構わないし、
わざわざレンタルしてまで見たい映画もないし(メンドクサイ)、
やはり繰り返して見るとなるとミュージカルなんかが、
突っ込みどころ満載で面白いのだけれど、
結構好みがうるさいので選べない。




それにしても、JCS、面白い。
1973版と2000版を交互に見て楽しんでいる。

台詞はなく、全て歌で綴られるミュージカルなのに、
若干の違いはあるとはいえ、98%歌詞だって同じなのに、
解釈と演出でこんなにも違うものになるんだな。

2000版は、1973版より作品としては面白いんだけど、
グレン・カーターってどうもなぁ。
ジェロームもなんだか微妙な空気出してるし。
いや、ほんと、面白いんだけれど。
やっぱりテッド・ニーリーのはまり具合に比べちゃうと、ね。







2004年10月11日(月)   休日出勤

休日出勤中。

ほんとは昨日も出勤しようと思ってたんだけど、
土曜日に夜更かししすぎて(寝たの朝5時)、
かったるくてパス。

仕事は、捗らず。問題続発。

特に、愕然とするほどのパフォーマンスの悪さが発覚して、
焦りを通りこして呆然としている。

そりゃ、SQLがまずいのもわかってるけどさ、
ここまでレスポンスが帰ってこないのってどういうこと?
SQLServerの限界なのかしら。
Oracleなら、これくらいちゃんとこなすはずなんだけど。
そもそも、DBの作りが悪いんだ。
いやいや私が設計したわけじゃないし。

今回は、既存のシステムと同じ仕組みを用いての新規開発なので、
既存システムを踏襲できるところは全て踏襲している。
個人的にはとても好みでない仕組みも多いのだけれど、
今回だけ枠組みを変更しても、
ゆくゆくメンテしていくお客様の情シスの担当者が混乱するし、
致し方ないところ。

それにしてもなぁ。
これどう回避しようかしら。
もう既にスケジュールにビハインドなのに、
さらにパフォーマンス対策なんて始めたら、
ニッチモサッチモな状態になっちゃうよ。

明日からの1週間が勝負だなぁ。というか、寝る暇ないかも。

ため息しか出ない。


****

ごめんなさい。>SQLServer。

私が悪うございました。
単純ミスでCartesianになってた、、、
あぁ単純な原因でよかった。


あと数時間頑張ろうっと。

********

やっと一山超えた。

予定していた時間の、10倍は費やした。
ああもぅ・・・

元々は、お客様のデータ整備が遅れているせい。

データをもらえるはずの期日はとっくに過ぎているけど、
向こうの作業が終わらないらしく、
仕方なくデータ手作りに乗り出したのだけれど、
そこで色々トラップにはまってしまった。

あと1時間頑張ろうかなぁ。
もう帰りたいけど・・・






2004年10月10日(日)   アルコール


日曜の夜。

1人でチューハイなんぞを飲んでいます。

私が1人で家でお酒の類を飲むのは、
3年に1度あるかないかの珍しい出来事。

このチューハイは、通販で買った品物と一緒に、
試供品として我が家に届いたのだけれど、
半年以上も冷蔵庫に寝かせてあったのだ。
でも今日は久々「酒だ!」という気分だったので。



祖母の死が、
とても、しっくり来ている自分を、
持て余している感じ。

もう会えないんだなあ。
何をどう頑張っても会えない。
優しくしてあげられない。
もう二度と。



とても冷静に、
悲しい事故だったけれどこれでよかったと、
納得させるポイントを数え上げてみたり。



ふと。
−−−ああ、もう、ゴキブリ団子作ってもらえない。
なんて、どうでもいいことに思い至ったり。



今、少々、号泣したけれど、
どういう反応をしめすべきなのかわからない。
「べき」なんてないんだろうけど、
もっとトコトン泣き喚くべきなんじゃないかとか、
残された人が嘆き悲しむと故人は成仏できないとか、
どのみち人間はいずれ死ぬんだからとか、
死んだら無になるだけだから、
私の中にある祖母の思い出を大切にしていくべきだとか、
なんだかよくわからない考えがぐるぐるしてる。





ただ、今回の突然の祖母の死でわかったのは、


私は孤独ではないんだな

ということ。



孤独っていうのは強いことなんだ。




孤独って言うのは、
寂しいとか誰かに話したいとか分かち合いたいとか
理解して欲しいとか、全く思わないことなのだろう。



少なくとも泣きつける相手がいて、
不安をぶつける相手がいて、
だから私は弱くて、そして孤独でない。



多分、幸せなことなんだろう。


どんなチッポケな人生だって、
スタートを切ってしまった以上、
進んでいかなくてはならないのだから。
孤独でないというのは、幸いなのだろう。




私は祖母を愛していた。とてもとても。
でもそれ以上に、祖母は私を愛してくれていた。

孫の中で、祖母は私が一番好き。
それは、親戚中の共通認識だった。
私が一番のお気に入り。
だって、初孫で、一緒に過ごした時間も一番長かったし。



でも今回お葬式やその他のイベントで、
祖母が大事に思っていたのは私だけではないのだなぁと
そんな当たり前のことに気が付いた。
みんなが祖母を大切に思っていて、
祖母もそういう人たちに囲まれて幸せだったと思う。




私が祖母にしてあげられることはもう何もないけど、
私は祖母のことを決して忘れない。
50年後だって、忘れないよ。

そして、とりあえずは、真面目に仕事して生活していく。
誰からも後ろ指さされないように。
祖母が自慢に思えるように。

いつか、
ひ孫でも見せてあげられればいいんだけれど、
そればっかりは思うとおりにはならないから。


だから、見守っててね。






2004年10月07日(木)   デリカシーのない人たち

朝から激しく憤ってしまった。
相手は父。

悪い人ではないんだけどねぇ。
どうにもこうにもデリカシーに欠けるのだ。

いや、やっぱり許せないよなぁ。
父の周辺の人も含めて。
本気で許せない!




この件に関しては、妹も私の味方をしてくれたけど、
でも妹は父の状況もわかると言う。




一般的に、お悔やみって、どの程度のことを述べるものか?

私の常識では、
「大変だったね」
「大丈夫?」
「残念だったね」
「あんまり気を落とさないでね」
というラインかな。

間違っても、
「土砂の状態はどうだった?」
「何軒の家が流れたの?」
「遺体はすぐ見つかったの?」
なんてたずねるべきではない。
決して!




私の職場は、プロジェクト単位で、
そのプロジェクトも流動的なので、
だから人間関係が希薄なのだと、妹は言った。

妹のように、入社以来同じ部署にいると、
会社の人との関係も強くなるし、
そういう同僚は、色々興味を持って聞きたがって当然だ、と。

他人の不幸や、珍しい災害に興味があるのは当たり前だと思う。
でも、それを口にする?大の大人が?嬉しそうに?

それは、非常識っていうんじゃないの?




何故、父が、会社の社長に、
被害状況を報告しなければならないのか私には理解できない。

父自身の親の話であるなら、好きにしてくれればいい。
(それでもどうかと思うけど)
でも、今回は、義母の話でしょ?
そんなのを、なんで社長にいちいち詳細に報告しなきゃなんないの?



事故の詳細が載った新聞記事を貸して欲しいと言われて、
理由を尋ねたらこの有様。

社長が聞きたがってるから報告する?
はぁ?何それ!?

祖母のことを全く知らない人に対して、
そんなことをペラペラしゃべって欲しくない。

かなり強い調子で断りのメールを書いたけど、
それ以降父からの返信はない。

全くどうなっていることやら。

でも私の怒りはおさまらない。

私が大人げなさすぎる?






2004年10月06日(水)   無神経

久々に、
「あー恋人欲しいなぁ」という気分。

ただ単に物寂しいだけなんだけど。

寒くて寂しい夜に、隣に体温を感じたいな、と。

でも、もう、誰かとちゃんとした関係を結べる気がしない。

私は1人で完結しようと思えばある程度できちゃうタイプみたい。

それでも。ちゃんと誰かと関わりたい。

しっかし、まぁ、今年はロクでもない一年でした。(まだ3ヶ月弱あるけど)

祖母の死というのが一番今は大きいけれど、

それ以外に、嫌になるほど何もなく(悪いことがないだけ感謝すべき?)、

ただ無為に流されてきちゃった感じがホトホト嫌になっちゃうよ、全く。

自業自得ですが。




話は変わって。

今回の祖母の事故について、
私は会社ではリーダーのみに報告した。
もちろん、その声は、周りの席に聞こえていたと思うし、
第一報を受けて取り乱して泣いているところを目撃されてもいるので、
プロジェクトのメンバも事情は承知してくれているはずだ。
特に誰も私に声をかけない。それはそれでありがたい。

一方妹の会社では、休んでいる妹を追いかけて、
興味本位な部長が電話をかけてきたそうだ。
祖母の名前を尋ね、現地の状況を根掘り葉掘り・・・
その他にも、「顔はキレイだったの?」という
無神経極まりない質問をした同僚もいたそうだ。

妹は優しく、また大人であるので、上手くかわしたようだが、
私だったら、切れると思う。




人の死というのが、未だかつてないほど、身近に感じられる。

今までだって、祖父を亡くしてきているのだけれど、それとは段違い。

それだけ、祖母が私にとってかけがえのない人だったということなんだ。






2004年10月05日(火)   モトカレ



祖母の訃報に動揺した私は、
またしてもモトカレに電話した。
事故の知らせを受けた日と、
お葬式も何もかも終わって帰ってきた日と、2回。

奴は私の駆け込み寺だ。
向こうがどう思ってるかわからないけど、
これはもう運命なので、引き受けていただくしかない。

真夜中に電話しても平気で
(たいてい起きているし、熟睡していれば電話くらいじゃ目覚めない)、
泣き喚いても平気で(そんな様子は今までに何度も見せているから)、
私の話を深刻に受け止めすぎることもなく、
たまには私の思いつかない視点から有意義なアドバイスをくれ、
「何か気分転換に面白い話してよ!」と無理矢理馬鹿話を強要できる相手なんて
そうそういるもんじゃない。

若い女の子を追い掛け回すのはやめたらしい。(正直ちょっとホッとした)
今はフリーで、仕事も暇で、私の長電話に付き合う余裕があるらしくラッキー。
相変わらず、親友K子ちゃん(また最近彼と別れたらしい)の
長電話にも付き合っているらしいが、
私も二番目のクライアントとして無料でカウンセリングしてくれるらしい。
ありがたいことに。

「死んだらどうなると思う?」と聞いてみた。
彼の死生観は、初めて聞いた。彼らしかった。
うーん、なるほど、そういう考え方もあり?

説法で、「暗闇の中、幅一尺の道を、49日間歩いていく」
という死後の世界の話を聞かされ、
そのイメージがどうにも怖くてたまらないのだ。
ただひとり歩き続ける。灯明の薄い光だけを頼りに。

私は特に霊的なものは信じないけれど、でも、何かの気配を感じることはある。
怖くて、怖くて、家の電気を消せなくなってしまった。
家中の電気と、テレビをつけっぱなしで眠っている。

モトカレは、今週末引っ越すらしい。
引越し先は近所だけれど、電話番号は変わるらしい。
もし、私が電話したときに、その番号が使われていなかったら、
私のショックはもう計り知れないものだったと思う。

  3ヶ月は、新しい番号がアナウンスされるし、
  第一携帯の番号は変わらないんだからショック受けることないじゃん。

と奴は言うけれど、そんなことはない。
私が電話をかけるのは、今までの実績的に、年に数回だ。
それも切羽つまったとき。
長電話を想定するので、携帯ではなく、固定電話にかける。
だから、そういうシチュエーションで、電話がつながらなかったら、
私はもう立ち直れないだろう。

  まぁ、今回はこうして引っ越すこと話したんだし、いいじゃん。

って、まあそれはそうだけどさ。
携帯の番号が変わるとか、引っ越すとか、そういう基本情報の変更だけは、
お願いだから絶対教えて、と再度お願いしておいた。
さくっと忘れられる可能性も高いのだろうけど。

べたべたと連絡を取り合うつもりはない。
でも、何かあったときには、いつでも連絡が取れる状態でいたい。
これって、ワガママかな?

別れて、辛くて辛くて、2年以上かけてなんとか乗り越えて、
ようやく彼のことをなんとも思わなくなったところだった。
自分で自分が不思議だった。
あんなにも激しかった感情が、一体どこへ消えたのか。

それでも。
私は彼のことを1人の人間として好きだし、尊敬もしている。
悪い面も知ってるけどね。
私が精神的にどうしようもなく落ち込んで彼に助けを求めるとき、
必ず電話は2コールか3コールで彼につながる。
それが、よりどころになっている。

こういうときに電話できる相手が、モトカレだけだなんて、
自分の人間関係もこれでいいのか・・・って思うけどさ。
なんかおかしくない?

そう彼に言ってみたけれど、別におかしくないでしょ、と言う返事だった。
そうかしら。
傍目には、まだ私が彼に未練があるとかそういう風に見えるのかな?
私はただ彼を利用しているのだけれど、
利用されたといって怒るような人じゃないし、
暇なときに私の話し相手をするくらいはどうってことなくて、
多分私をうっとおしく思ってもいないようだから、
特に誰に迷惑をかける関係でもないんだな。

もしかすると、10年後、20年後も、
彼は私の緊急避難所であるかもしれない。
それはそれで、そういう運命なんだろうなぁ。






2004年10月04日(月)   祖母



祖母とお別れをした。



雨の音が怖くなった。大きな雨粒が窓を叩く激しい音。
田舎の風景も怖くなった。
今まで自分を包み込んでくれるように感じていた山の木々が、
突如襲い掛かることがあるということを知ってしまった。
そして、ほんの数日で山景色がまるで何もなかったかのように
澄ました顔になることも。



祖母は、家族を深い愛情でくるみ込んでいた人だった。
最期の最期まで、弱いところを見せず、
逆に残される私達をとことん思い遣り、手助けしてくれた。



私の手元には、祖母から来た何十通もの手紙が残された。
従妹の携帯には、本当に何の気なしに撮影した動画があった。
土砂の中から奇跡的にアルバムが1冊発見された。
若かりし頃の祖母や、祖父母の結婚式の写真、そして幼い私と写る祖母。



今祖母は、先に亡くなった祖父と一緒にいるのだと思う。
それで、幸せだと思う。







2004年09月30日(木)   祖母の死



まだ遺体は見つかっていない。
早朝から、自衛隊が活動してくれている。
ありがたい。

遺体は見つからないかもしれない。
最悪、川に流されてしまっているだろう。

私は今日も出社して仕事している。
「休んでいいよ」とは言われたけど、家にいてもすることがない。
テレビだって、ニュースだけを放送しているわけではない。

仕事は何故だかとても捗っている。
ときどき涙ぐみ、無心でキーボードを叩き、その繰り返し。
目が腫れてる。頭が痛い。

鉄道もまだ止まっているし、道路も復旧していない。
どういう手段を用いたのか、母はようやく現場にたどり着いたらしい。

もう祖母は死んでいるのだ。
間違いなく。
最期が、苦しくなく、恐怖を感じる暇もなかったことを強く祈る。
そして。
なんとか遺体だけは見つけて欲しい。

*

ここまで書いたところで、見つかったとの連絡があった。

とりあえず、よかった。

死んじゃった事実に比べれば、どうってことのないことだけど。





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