CYMA’S MURMUR

2002年07月24日(水)   久々ハイ!

雨降るかと思ったけど、今日もいいお天気。

何とかチケットも取れそうで、気分もいい。

目指すはハンガリーとチェコ。
ブダペストとプラハの2都市だけ。
移動をECにしようか飛行機にしようか思案中。

ウィーン経由で、ってプランもあったけど、
面倒くさいからやめちゃった。

いちいち通貨を替えなきゃいけないのも負担だし。

でもウィーンでアイスカフェ飲んで、ヴィーナーシュニッツェル食べたかったなあ。

約10年前、1ヶ月共にヨーロッパを周った友人とのようやくの旅行だ。

初めて出会ってから10年が過ぎ、
その間のお互いの恋愛とか、家族の状況とか全部知ってて、
そしてまだ友人であることは、有難いことだと思う。

ボスに旅行日程変更の話しなきゃなあ。

その前に仕事しなきゃ。





2002年07月23日(火)   ダブルブッキング

やってしまった・・・

他社にした問い合わせの分が生きているから、
チケット取れません、とBAが言っているらしい。

そっちの会社には正式回答してないのに・・・

失敗したなあ・・・
航空会社への搭乗者氏名登録はフライトの1ヶ月前から・・・
という私の知識は古いか間違っているかどっちかなのね・・・

慌てて最初に見積もり取った会社にキャンセル入れたけど、
どうなるかなあ。

例の不動産でごたついてたときのことを思い出す。
ダブルブッキングなんて別にする気なかったけど、
はからずもそうなっちゃったんだもん。

憂鬱。
これでチケット逃したら、どうしたらいいんだろう・・・
フライトも決まったと思って、ホテルの予約もしたってのに・・・

神様お願い!!
チケット私から奪わないで!
今は旅行だけが頼りで生きているのに!!

反省してるので、お願いします。





2002年07月18日(木)   夏旅行

今日は全く仕事しなかった。
休んでしまいたいくらいだったが、
ボスとのインタビューがあったため仕方なく出社。

インタビューでは、まあよいお言葉をいただき一安心。

あとは何をしていたかというと、チケット取得合戦。
昨日、夏の旅行の予定が決定したのです。
友人と中欧へ。ウィーン、プラハ、ブダペスト!

スタートが遅すぎるのは重々承知なのだけれど、
色々都合があって決められずにいたのだ。

で、9月半ばの連休を含んだチケットを取ろうとしたら、
もう何をやっても無理で。
ヨーロッパ方面全滅らしい。
ピーク割増でやたら高いし。

現在予備を押さえつつ、
日程をちょっとずつずらして調整中。

一日問い合わせのメールを書いたりしてました。

旅行いくんだ〜ふふふ。

何が何でも成就させねば。





2002年07月17日(水)   寂しい夏

すごい久々の日記です。。。

毎日朝から晩まで働いてました。
深夜3時〜4時のタクシー帰宅が6日連続。
さすがに頭が働かなくなってきた。

昨夜の作業でひと段落したので、
今日は夜さっさと退社して友人と食事。
仮病を使ってでも早く会社から逃げるつもり。

抱えたタスクと、次々湧いてくる緊急案件で、
すっかり振り回されてしまった。
でも深夜作業をするといろいろな人と親密度が増すので、
それはそれでよかったかも。

転職から3ヶ月が経過し、ようやく馴染んだといえるかもしれない。


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話は変わって、
仕事の必要で最近ずっとORACLEの会議室をチェックしてるのだが、
ハンドルネームが女の子っぽい「あき」とか「ゆう」とかだと、
詰まらない質問でもレスがいっぱいついている。

男って単純・・・?

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彼のことを思い出して辛くなることは全くなくなった。
思い出さないわけではなくて、辛くはならない、というだけですが。

去年の今ごろのこと、彼と過ごした夏をよく思い出す。
いいことも悪いこともあって、でもまあ終わったこと。

恋に落ちるなんて案外簡単なことかもしれない。
理屈もなにもなくて、突然やってくる。

一生を通して唯一の人、なんてあり得ない。
その時その時、唯一の人を大切にすればいいのかもね。

相手が違えば、自分の状況も違うわけで、
だから可能性はいくらでもある。

きっとね。

ダイエットして次の恋を待たなきゃ、
とちょっと思った。(残業中の飲食は危険!)
一緒に花火を見に行く相手もいない寂しい夏でした。





2002年07月08日(月)   真夜中の恐怖、ささやかな結末


蒸し暑い夜、熟睡中の午前3時半。
玄関のインターフォンが鳴った・・・気がした。

眠りを破られて不機嫌になりながらも、
ドアの外に誰かいる気配に一気に心臓が冷える。

一体誰が真夜中にインターフォンを押すのだ?

先日の鍵騒動で鉄壁の守りが証明されたとはいえ、
その気になれば錠なんてあっという間に破壊される。
それよりも、ここは1階なのだ。
ベランダへの侵入はあまりにも簡単。
窓を割られたら終わりではないか。

泥棒が、人がいるかどうかを確かめるためにインターフォンを押したのでは?

まだ寝ぼけた頭でそんなことを考えながら、
部屋中の明かりをつけ、玄関前で息を潜める。

魚眼レンズで確認する。誰もいない。

数分様子を見ていたが、何も起こらない。

気のせいだったのだろうと自分を納得させ、
眠ろうとベッドに戻った瞬間、再び玄関で物音がした。

心臓が跳ね上がる。

足音をしのばせて玄関へ。
・・・誰もいない・・・

でも確かに音がしたのだ。
確認したくても怖くて扉は開けられない。

結局明かりをつけたまま、緊張しながら眠りについた。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

そして翌朝。

出勤しようとして玄関でキーを捜すが見つからない。

はっ!と思い当たった。

またまた心臓が凍りついた。
それと同時に昨夜の物音の原因がほぼ確定された。

私の予想が正しければ・・・
あるモノを期待しながら、ゆっくりとドアを開ける。
ドア枠の淵に、小さな張り紙。

「ポストの中を確認してください。102 山田」

安堵と恥ずかしさで今度は一気に顔に血が上る。


ことの起こりは前日の夜。

会社から帰ってきた私は、
マンションの入り口で小さなゴキブリを発見したのだ。

一人暮らしで初めての夏。
あの生き物と遭遇したくない一心で私は様々な情報収集と予防策をとってきた。

部屋の外での遭遇とはいえ、
隙間から我が家に侵入する可能性があるものを見過ごすわけにはいかない。

慌てて家に飛び込み、玄関に常備している「ゴキジェット」でゴキブリを退治。

そして。

そそっかしい私は、あろうことかキーをドアにつけたまま放置してしまったのだ。

真夜中に帰宅した心優しい隣人は(まだ顔を合せたことはないのだけれど)、
隣家のドアに刺さりっぱなしのキーを見てインターフォンを押してくれたらしい。
返答がないので一旦家にもどり、親切なメモを作成して我が家のドアに貼り付け、
キーそのものはポストに投入してくれた、ということだ。

なんていい人なの、山田(仮名)さん!
運が悪ければその鍵を使って押し入られるところだった。
気づかない間に合鍵を作成されたりしたら大変なことになっただろう。

それにしても、私はアルツハイマーか何かじゃないのか。

キーをさしたまま忘れてしまうなんて。

隣人もキーのついたままのドアを見て、
不可解に思ったことだろう。

ああ、本当に山田さんありがとう。

以後気をつけます。






2002年07月07日(日)   未練

なんだかまた彼のことが気になりだして、
ふと会いたいなあと思ったり、
思い出に引きずりまわされる日々。

そしてついに電話をしてしまった。

会社でプレゼンをする必要があり知恵を借りたかった、
というのが表向きの理由。

ただ声が聞きたかっただけなのかもしれないけれど。

でも彼は出なかった。留守電が空しく応答した。
無言で受話器を置いたけど、ナンバーディスプレイだから私からってわかるだろう。
彼が私の番号を削除していなければ。

電話なんてかけてしまったことを、激しく後悔した。

彼からコールバックがなければないで、また傷ついてしまう。

どうして余計なことしちゃったかな、私・・・

彼と最後に話したのは、別れ話の翌日の電話。

「やっぱり指輪返して」ってという私に、
「わかった。いつにしよう?」というメールが来て、
「急がないから、都合のいいときでいいよ」と答えて以来音信不通。

多分もう指輪は返ってこないなあと思ってた。
それはそれでいいじゃん。
過ぎたことは変わりようないし。そう思ってた。

それでも。
私はこんなに離れてしまったのに、
今でも彼のそばにいる人たちに嫉妬する。

具体的に言うと友人達。

彼は友人をとても大切にしていて、
それは多分一生続くのだろうけれど、
私との関係は呆気なく終わってしまって・・・

焦っても仕方ないけどね。
うまくいかないなあ、色々と。




2002年07月04日(木)   鉄壁の守り

ちょっと仕事が落ち着いた途端、体調不良。

早く帰ろうっと、19時という退社時刻に感動しながら帰途へ。

駅のホームに立った途端に元気が湧いてきたので、
進路を家ではなくデパートへ変更。
サマーバーゲンを堪能してようやく家の最寄の駅についたのが21時20分。
悲劇はそこからだった。

鍵がない!
キーケースごとない!

一瞬で事態を理解した脳が、パニックでどうにかなりそう。
バーゲンに行った私が悪かったの?これは罰?

はやる心を抑えて家まで急ぎ、
家のドアの前でカバンの中身を全て点検。

やっぱりない!

血の気が引いていく。

鍵は先月大家の意向で取り替えられたばかりなのだ。
私が2月に引っ越したときにも取り替えたはずだから、
うちは替えなくてもいいですよ、と軽く主張してみたが却下されたのだ。
取り替える前の鍵は、高い金を払って合鍵を作製済みだった。
新しい鍵にはまだ合鍵を作っていない。
OH MY GOD!

諦めて錠前屋さんを呼ぶ。

夜道で鍵屋の到着を待つ間、別れた彼が鍵をなくしたときのことを思い出していた。
同棲前で、デートして二人でタクシー帰宅した日だった。
あの時やっぱり業者に依頼して、2万円近く取られてたんだよなあ。
あっという間に開いたって言ってたよなあ。
彼が鍵をなくしちゃったから、私がもらってた合鍵を一旦返したんだよね。
あれ、でも、こないだまで私のところにその合鍵あったな。
もう一回もらったんだっけ?記憶がないや・・・・

電話での予告通り、業者は10分でやってきた。
スーパーマリオのようなルックスのおじさんだった。

「あ〜EC錠か、こりゃ難しいわ」

その第一声に呪われたかのごとく、
何をしても我が家のドアは開かなかった。

<1.ドアの隙間から針金方式>
隙間がほとんどない上に、ドアガードが邪魔をして上手くいかない。
この手段は呆気なく放棄。

<2.ベランダのクレセント錠に挑戦>
「案外ベランダの方が開くかもしれないね」と適当な予想の元に、
がたがた窓ガラスをゆさぶるが、あと一歩のところで開錠失敗。

<3.ドアの魚眼レンズ経由で>
魚眼レンズをはずし、そこから差し込んだ棒で開錠を狙う。

マリオおやじは、
「もうすぐEC錠を開ける機械が発売されるのよ。6万円」

などとどうでもいい情報を私に提供しつつ、作業を続ける。

「おかしいなあ。これで開くはずなのよね」
「開くと思うんだけどなあ。開けば売れるよね」

どうも魚眼レンズから鍵を狙う道具は彼のオリジナルらしい。
「1セット4万円で売るとさ、全国に10万人は鍵屋いるからね、いいでしょ」

うちの鍵も開けられないのに4万円なんかで売れるわけないだろ!!

苦闘1時間半。結局シリンダー錠を壊す以外方法がないという結論に達する。

私は疲れた身体をもてあましながらも、
鉄壁の守りが証明された我が家の堅牢さがちょっと嬉しかったりして。

6,000円お支払いして、マリオおじさんとはお別れ。

神様、一体私どんな悪いことしましたか?
これは何の罰なのでしょうか?
あまりの境遇に打ちひしがれながら、一晩の宿を求めて実家に向かう

P.S.駅に落し物が届いていました。神に感謝。






2002年07月02日(火)   まだ泣くのか

いまだに彼との思い出フラッシュバックがおさまらない。

何も感じないつもりだったけど、
なんかやっぱり辛いみたい。

去年の今ごろ。
本当に幸せいっぱいだった頃。

色々な場面が浮かんでは消える。

私はただそれを眺めてる。

何も感じちゃいけないと言い聞かせながら。

存在の欠如はただでさえ物悲しいのに、
それが大切にしていたものだとすれば尚更。

まだ泣くのか、私。

まだまだ続くのか。

仕方ないね。






2002年06月30日(日)   離婚作戦会議

久々に実家に顔を出し、おいしいご飯を堪能。

旅程の書かれたFAX用紙が机上にあったので、
「どっか行くの?」と母に尋ねたら・・・

大学時代の友人が離婚しそうなので、
みんなで集まるのだと言う。

離婚を報告する会、ではなく、
離婚した友人を慰める会、でもなく、
離婚を前提に知恵を持ち寄り作戦を立てる会、
であるらしい。

それぞれ勉強する時間も必要だから、
開催は2週間後にするわね、
ということであるらしい。

何ともたくましくて、微笑ましいなあ。

ただ「自分だったら何もかも終わってから
友人に報告すると思う」と言う母は、
まぎれもなく私と同じ血が流れていることを痛感。





2002年06月28日(金)   20%の私

「ポネット」という映画を見た。
途中の30分ほどだけれど。

前から見たいと思っていたのだけれど、
寝る前にテレビをつけたらBSで放送していたのだ。

幼くして母を失った少女の物語らしいんだけど、
子供だけの独自の世界がよく描かれていた。

すっごく可愛かった。
なんで外国の子供ってあんなに可愛いんだろう?


それはともかく。

彼のことは大分吹っ切れたみたいだ。

もちろん別れのプロセスは今思い出してもむかつくし、
全てを消化できたわけでもない。

それでも、とりあえずもうその過去とは関係なく生活している。

あんなに仲良しで、いい歳した大人二人がラブラブだったのが不思議に思えるほどに。

あれはあれで良かった。
後悔はしていない。

周りが見えなくて、
彼しか見えなくて、
彼も私しか見てなくて、
二人で充足して、

やっぱりそんなのって奇跡だから。
大切にして、そのときの気持ちを信じて進んだこと後悔してない。

でも。今の私はとても冷めている。
恋愛に対する夢もないし、願望もなくなっちゃった。

あの恋情だけで満たされていた日々が嘘のようだ。

あんなに彼に全てを傾けていて、
よく私は社会人としてちゃんと生活できていたものだ・・・

そう考えてようやく気づいた。

当時の私は80%を彼にささげ、
残りの20%で普通の生活を行っていた。

今の私は多分20%での生活を残したまま、
80%は未使用状態なのだ。

だから社会人として仕事する私に、
大きな変化は訪れなかった。

それは私が不真面目だからでも意気消沈しているからでもなく、
これが自然な状態だということだと思う。

100%での生活なんて、なかなかできない。

短期的にはともかく、
長期的に100%のエネルギーを使用し続けることは不可能に近い。

なのに私は彼の80%、いや100%を、
永遠に私に向けてくれと要求していたのかもしれない。

脳に未使用領域があるように、
そして何らかの障害があったときにその未使用領域が
新たに分化しシナプスをのばし新機能を獲得するように、
未使用パワーはバッファとして保持されるべきなのだ。

次に新たなる試練、もしくは興味の対象、
そういうものと遭遇したときに、
私は再びそこに力を注ぎ始めるだろう。

多分、生きるのってそういうことの繰り返し。

でも本当の私は、今ここにいる20%の私なんじゃないかな。






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