僕らの日常
 mirin



  名前@終司

「柊。」

出会ったあの日、初めて呼ばれた短縮 name
振り向いたらいつも、あいつが居る。


『名前で呼ぶなって?』
『嫌いだからだ』
『どうして?』

小首を傾げて、オレを見る相手に溜息を吐く
初対面。名前を教えて、そう言われて
終司と名乗る、でも名前は呼ぶなと付足した。

『すべての終わりを司るって書くだろ』

だから嫌なんだ、この名前が気に入らない。

 "何で〜?小さいこと気にし過ぎだろ"

思い出すのは、この類の耳障りな声ばかり

『そっ?』
『ああ...変ならそれで放っといてくれ』
『でも、終わっても再生があるって知ってる』

次のお決まりな発言を予想して、その場を後に
しようとしたオレは予想外の声に、は?と思考が
1時停止した。

『でも、嫌いなものは易々好きになれないよね』

そんなオレの様子も気づかず(?)相手は何か呟いて

『あ!じゃあさ、司らなきゃいいんでしょ。』

ちょっと手、貸してとオレの手の平を前に差し出す
形にして、相手は指でそこに何かを書いた、木…?

『木?・・・久か?』

ふるふると首を振って、懸命に分かりやすく書こうと
してる相手になぜかオレもつられて一生懸命読みとった。

『・・・柊(ひいらぎ)・・・』
『あたり♪でも、読み方はシュウだよ』

シュウって、それは。

『ぼくは、柊って呼ぶからね。はい、決定。嫌いを
好きにする難しさわかるから、とりあえず、ね?
・・・だからさ・・・そんなに邪見にしないでよ』


そう言って、あいつはオレにこの短縮 nameを付けた。
あの時のオレはわけもわからないまま頷いてたけど、
気づけば、あいつは、オレの1番近い存在になっていた。

2002年05月13日(月)



  俺の隣@暁生

小さい時から、共働きの両親は俺との時間をあまり大事に
してくれなかった。約束を破られる回数は馴れたもので...

『お母さん達は?』
『また、お仕事?』
『ピアノの発表会見に来てくれる約束は?』

ずっと、そうだった。俺がいつも居て欲しいと思う人は誰も
自分の傍には居てくれなくて思えば思う程、叶わない願い。
だから、それはあの時に途中でスッパリ諦めた。

母親なんか居なくても、友達が居るから
父親なんて居なくても、乳母達がいる。

"独りじゃないから寂しくない"

それでも、いつもの保育園の帰り道。母と子が手を繋ぐ姿は
自分がそれまで見てきた何よりも眩しかったんだ。
誰も悪くないのに、ただ自分だけが無償に意味もなくイラって
卒園する頃には、子分が何人も俺の後ろにくっ付いていた。
力で手に入れても、何にもならないことわかってた筈なのにな

"傍に居て欲しい"

心から思ってたのはそんな台詞。言えずじまいのそんな台詞
いつかまた、あの頃みたいに誰か求める日が来るだろうか
これから先どこかで、そんな機会があったなら言おうと思う
照れながらも、冗談だと笑いあいながら・・・

2002年05月14日(火)



  旋律@宇宙

 ...♪〜〜〜〜〜♪〜〜〜〜〜...♪

美術室に静かに響いたのは、シューベルトのアンプロンプチュ
ピアノの旋律がこの時間に届くのは日常茶飯事なこと、誰も
気にも止めずに作業を続けている。

僕は、描き終わった絵を美術担当師に提出し
廊下で絵の具の付いたパレットを洗い流していた。

「この曲は昼のがあってるかな」

そんなことをポツリと呟いてたら、美術室の戸がガラリと音を
たて開いた、でも僕は特に気にもしなくて、また洗いものに
目を落とす、ピシャリッッッと耳に響く音で戸の閉められる音

さすがに"何?"と思って振り向くと
音を起こしたらしい男子生徒に軽く睨まれた。

「昼、来もしない奴が文句言うな」

絵の具で汚れた手を洗い流しながら、彼は僕を一瞥する
ように見ると、フンッと目をを反らして廊下を歩いて行った。
どうやら彼はこの旋律を奏でる張本人のお友達らしい・・・。

"怒るのも無理ないか・・・"

口元に少しの苦笑を浮かべて、その後姿を見送ると今度は
青く色付く自分の手を洗い流す、奏でられるピアノ音に
じっと黙って、耳を澄ませて...

2002年05月15日(水)



  奏者@鳥羽

昔から、声も音も耳に聞こえてくるものが好きだった。
ぼくは独りじゃないと、そう思える瞬間なんだ・・・

そして、今も シューベルト「アンプロンプチュ」

木漏れ日の下なんかで弾くのが1番あってるんだと思う。
それでも、聞かせたい人が密かに存在しているのだから
校舎のどこかで、同じ時を過ごす空間で音を届けたい。
例え、相手が何も知らなくて、ぼくだけの憧れでも・・・

「鳥羽・・・今日もう終わりなのか」
「リクエストあったら聞くよ、何がいい?」

授業を速目に切り上げたらしい、暁生が声をかけてくる。
少し不機嫌そうな表情をしていたから、気紛らわしに
何か弾こうか?と聞いたら、彼の眉間にシワが寄った。

「なぁ、俺そんな変な顔してるか」
「イライラしてたみたい。でも今は困ってるようだけど」
「…っくしょ!違うけど、全部あいつのせいにしてやる」
「あいつって、珍しいね。誰かとやりあったのか、誰?」
「・・・。鳥羽の全然知らない奴」

不思議そうに尋ねた、ぼくに少しの間を開いて返事をする彼
こんなに饒舌なのは珍しいのかもしれない。不思議と沢山の
言葉が浮かんできた。でも、これ以上の詮索は無用だな。

「何か夜らしいって曲」

ほら、話をそらされた。・・・夜らしい?ああリクエストか

...♪〜〜〜〜〜♪〜〜〜〜〜...♪

ドビュッシー "月の光" 相変わらずベタな選曲の仕方だと
自分でも思う。でも、夜=闇より、夜=月の印象が強いから

「・・・。」

暁生はそれから暫く何も言わず、ピアノに軽く持たれかかり
ぼくに背を向けていた。そんな彼の背中を隣にして、ぼくは
今日も自分の為と聞いてくれる誰かの為にピアノを弾く・・・

2002年05月16日(木)



  特別@晴臣

欲しいものは、いつもすぐ手に入る
誕生日でも、クリスマスでもなくても
欲しいと言えば、両親はどんな物でもくれた。

その2人の両手以外は・・・

『晴臣。貴方は大きくなったら、この会社で』
『お前は私の後継ぎになって.....』

だから、特別にならなきゃいけないって思ってた。
あの2人の期待に答えられたら、1番欲しい物が
手に入る気がしたから、だから・・・

ずっと保たれていた筈の人との距離
ボクが普通の人とは違うための間隔
それを彼はいとも容易く崩してくれた。

初等部4年の時あった、理科の授業の月見観測会
夜学組と同じ授業を受けたのはこれがはじめてで
でも、初対面の生徒達は互いにすぐ仲良くなった。

『えっと...晴臣くん?これ、月見団子』
『あ、ありがと』
『・・・・・・。』
『・・・何?』

月見団子を配りに来た男子生徒がジッとボクを見た。
その視線がなかなか離れなくて、その居心地の悪さに
ボクは、視線の意味を尋ねる。

『ね。本当に、楽しいと思ってる?』

え?・・・何言ってるの?そんな感じで見つめ返したら
彼はただ小首を傾げていた。

『ソラ〜!こっち団子回ってない』
『心配しなくても、今持ってくよ』

他の生徒の早く配ってと団子の催促する声に苦笑しつつ
彼は、ぱたぱたと生徒達の輪に入っていった。

2002年05月17日(金)



  特別 2@晴臣

でも、そんなことボクにはどうでもよくて、顔に出した?
いつも気をつけてた筈。そんな簡単にわかるほど今まで
苦労したワケじゃない聞かなくちゃ!理由を...

『ちょっと待ってよ!さっきの何!どういう意味!』
『ん?・・・なんとなく。思ったから言ってみただけ』

でも、そんなに慌てられるとは思わなくて…ごめんね。と
申し訳なさそうに小さく謝られて、変に意気込みすぎた
ボクはその場にへたり込んだ。

『わっ。だいじょうぶ?』
『へいきー、なんかあんまりな答えで気が抜けただけだし』

まさか、なんとなくなんて言われて、変に緊張した自分が
馬鹿馬鹿しくて、おかしそうに口元を押さえていた。

『何?何か、おかしい?』
『うん、なんか馬鹿馬鹿しくなってきちゃって』
『だったら、笑えばいいよ。スッキリするから』

そう言って微笑んだ、よく考えてみれば笑う側はそっちじゃ
ないのに、彼はにこにこ笑っていてボクはつられて笑った。

今思えば、妙な出会い方したんだよね。
もう、ただの笑い話っぽい・・・
それでも、そんな変な出会い方の友達は今親友になっている
なんとなくの偶然の産物に感謝してるよ・・・。

欲しいものはあの2人の両手
それは、たぶん今も何も変わらない変える必要もない

けど、欲しいものをもうひとつだけ見つけたから
今は、そっちだけ専念するって、決めたよ、ボクの特別な友達

2002年05月18日(土)



  変われなくても@宇宙

どんなに願ったって
どんなに祈ったって

何も変わらないこの身体

憧れたのは
陽の光とその暖かさ 青い空 虹

見上げることの叶わないもの

でも、感じることくらいなら
出来るんだと今日君に教わった。


今日は駅の地下にある直通の電車で昼間の学校に行った。
本当にこの時間、外に出るのは久々で、母さんに駅の
ホームで何度も陽の光りに当らないよう言い付けられた。

ただし行動範囲はすべて暗幕のある部屋だけどね。
それでも、たぶん充分なんだ。いつもより贅沢な…
地下通路から上がってきた僕に通常組の生徒(知人)が
驚いた顔で僕を見たけど、馴れで特に気にしなかった。

「宇宙!」
「・・・っと!?」

後ろから、そおっと近づいてきたらしい友人は僕の
背中から、覆い被さる・・・失礼だとは思うけど、重い。

「晴臣ー、重いよ」
「え!失礼じゃん、ソレ。ボク軽いんだよ」

ブーイングが聞えて、今度はうるさいとか思ったけど
あえて言わなかった。小さな違和感に気づいたから

「なんか、晴臣ほかほかしてない?」
「ほかほかって・・・あぁ服じゃない?
さっきまで、グラウンドに居たから、陽の暑さが」

そこまで言って、はっとしたように晴臣は口をつぐんだ。
ごめんと背中辺りで小さく呟いたのがわかった。

「いいよ。そういうのは気にしないから、
にしても何かいいねー、さながら太陽の残り香?」

そう言ったら、急に肩にかぶさっていた重さが軽くなって
かわりに彼の声とジャケットが頭の上から降って来た。

「残り香が消えるまで貸しとくよ」

2002年05月19日(日)
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