★えみんこ秘密日記★
++えみんこ

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2003年12月05日(金)  [きものたび その1]


着物で早朝電車ですよ。

よっぱらいだらけで、なにげに身の危険を感じます。


元巫女と無事に東京駅で合流。いざ、出発。


のぞみは久しぶりです。早朝の指定席は満席。



京都では早く着きすぎたので、とりあえずホテルに荷物を預けに行きます。

元巫女の昔の部屋のすぐ側のホテル。

着物の娘二人はやけに目立ちます。


とりあえず一日乗車券(バス)で一澤帆布。
でも、欲しかったやつはナシ。
注文して3ヶ月待つか悩む。う〜む。
着々と増えるえみんこの一澤帆布バック達。。。

その後、八坂さんでお水を飲んで美人の社(宗像三女神の社ね)でお参り。
高台寺の鍵善でくづきりを食して清水寺参道の湯豆腐「順正」で湯豆腐ランチ。

清水では着物パスポートで手ぬぐいをいただきました。やった♪

しかし、そこで仏師:西村公朝さんの訃報を知りました。
仏像ラブのえみんこと元巫女はショックを受けつつも設置された西村さんの仏達を観る。

そして、メインである奥之院の御本尊御開帳へ。

なにせ243年ぶりだそうです。次はいつなんだろうねえ。

今回のは清水さんも力が入っていて、ポスターデザインからして他の神社仏閣の追随を許さないデキバエ。
。。。言い過ぎかも知れませんが、どこのデザイン事務所に外注したんだか気になる出来ばえなのです。

内陣(?)の見せ方も素敵でした。
ろうそくの灯りだけで見せていたのかな?
彫りの具合が陰影で見て取れて、良かったです。
反対に、せっかく残っている色彩がわかりづらいのが残念でした。
演出的にはOKです(←えみんこ評)。

しっかり結縁(ほとけさまと縁を結ぶのね)をして清水を後にしました。


しかし、ここで元巫女とはお別れ。
彼女はこれから前職場のお宮の方々と呑みなのです。

別れたえみんこは安井金毘羅宮で頼まれていたお守りをゲット。
着物なので、恒例の輪くぐりで悪縁を切るまじないはしませんでした。

(今のトコ切りたい悪縁は仕事相手と、病気ぐらいのもんです。
あと、「縁のなさ」も切りたいけど)

その後、えみんこは祇園をテクテク歩いて四条を烏丸の先まで歩き、
古着の着物の「だいやす」さんへ。
そこで銘仙の羽織をゲット。
ここでは一通りのものが揃うのでオススメかも。
えみんこが好む裏原系からマダムの訪問着までジャンルを問いません。
予算に余裕があり、欲しいものが明確だったら長々いて楽しみたいお店です。

しかし、ここで力を使い果たしたえみんこはバスで一路ホテルへ。

疲れた。眠い(だって徹夜してテレビで映画の「狗神」とか見ちゃってそのまま旅に出発したんだもん)。
そんなわけで、寝こけながらホテルへ帰り、着物を脱いで荷物を整理していたらば、いたらばあ!!

ない!さっきまでしていた手袋が片方ない!!

むむむぅ。バスの乗り降りの時に片方だけ外してたんだな。
ニュースで明日は「コノ冬一番の寒波」と言っていたし。。。

そんなわけで、派手なホテルの浴衣(ブラなし)に銘仙の羽織を羽織ってお財布を持っただけで手袋探しの旅へ。

まずはフロント:「こちらには届いておりません」
ホテルからバス停までの道:なし

う〜。こうなったら近くのバスセンター錦林車庫だ!!

てくてくてく〜。元巫女の前の部屋の前も通りすぎ、てくてく。
ホテルの浴衣に羽織をひっかけただけの女が夜道を急ぎます。

バス会社到着。いきなり明るいところに出たえみんこ。
まぶしい。

一生懸命訴えるえみんこの視界に、片手の手袋が!!

「それです!!」

無事に手袋を取り返しました♪
良かった。えみんこが迎えにこなかったら一生会えなかったんだよ。
と、手袋に語り掛けつつ気のいいおっちゃん達に手をふり外へ。

安心したらお腹がへりました。

夕飯まだだったな。そういえば近くに手作りパン屋さんがあったはず。

えみんこの生活範囲の東京駅周辺にはおいしいパン屋さんがないので、おいしいパンに飢えているのです。

そんなわけでさらに北上、てくてく〜。
なじみの銭湯も通り過ぎ、ひたすらてくてく〜。
人目が気になりますが、ひたすら歩きます。てくてく。

めざしたパン屋さんはなかったけどケーキとパンのお店を発見。
買いすぎる程、購入して帰ってきました。

(バスの一日乗車券をホテルへ置いてきてしまったので歩いて帰りました)

浄土寺よりも北へ行ってたのよね。よく歩いたわ。
帰りに銭湯によっても良かったのよね。と後悔。


まあ、その後はホテルでまったり。
いつのまにか眠ってしまっていたので、ちゃんと寝なおす。

寝ぼけていると元巫女帰宅。かなり酔っ払い。

その後、元巫女は風呂へ入るも3時ぐらいにやっと風呂から上がる。
どうやら眠っていたらしい。

長い一日はこうして、終わる。


2003年11月25日(火)  [スワロウテイル・バタフライ]


ずーっと前にテレビでみかけたアゲハ蝶のピアスが忘れられない。

たまに忘れては、たまに思い出す。

月曜の深夜にまたまたページでチェック。

白金台だったら会社帰りで間に合うな。

とか、買う気モード全開で思っていたら火曜日定休。


なので、今日一日もんもんと蝶のピアスのことを思って過ごしておりました。

そんな日に限って、悪い事の前触れの如くパッタリ仕事がこない(なので自分で無理やり仕事作ってすごしました)。
※階段ののぼりおりがままならないほど追い詰められていた頃とは大違いの現在です。


ピアスは作家さんの手作りで、それゆえお値段が張ります。
なので片耳ぶんだけ買おうと思っているのです(えみんこの耳には合計3つ穴があいてます)。

ほ〜し〜い〜。あー欲しい。とっても欲しい。


もし、えみんこが源氏名を使うとしたら「アゲハ」に決まりだな。と妄想全開でピアスのことを思っていた一日なのでした。



2003年11月24日(月)  [ため日記]


やべえ。
日記書いてねぇ。

+++

また過去振り返って書くから今日はこのまま。



えみんこ。実は心の中の声は江戸弁なのです

(江戸弁というよりは「べらんめえ口調」か?)

なので、実生活でもこれ以外の言葉で表現しようがないときにはそのまま使います。

例)「ぜってぇ、ねーよっ」(訳:絶対に、ありえない)



でもちっさい時には女の子言葉しか使えなくて男子にいじめられたぐらいなのにね。
その反動かしら?
いやいや、9歳の時にあこがれた同い年の女性が男言葉の使い手だったからかも知れません。

9歳児なのに、自分があって妹の面倒も見て、女の子の持つうじうじしたうっとおしさがない人でした。

えみんこはその頃にも独自の路線を行っていたので、はじめて出来た友達だったかも知れません。

ある時、放課後の校庭で一緒にいた彼女が「無性に走りたくなってきた」と言い出し、えみんこを誘いました。
えみんこは走る気分なんてさらさらなくて「私はいいよ」と答えました。

だいたい、これくらいの年頃の女子は一緒に行動することを好むので、ちょっとでも意義を唱えると文句を言われたりします(えみんこも、文句言われるのが嫌なら一緒にやればいいんだけど)。それで、言った途端ちょっと後悔し始めていました。

そうしたら彼女はニカッと笑って
「じゃあ、ちょっと走ってくるからそこで見てて。応援よろしく!」
と言って、校庭を走り出しました。

かっこいー。

かなりオトコマエな9歳児でした彼女は。

しかも、走り終わったら「あつい〜」と、流しの水を頭にかけています。

あまりに楽しそうだったので、走ってもいないくせにえみんこも頭を洗った気がします。

あるときは、クラスで彼女と、彼女の惚れている男子(クラス公認片想い)しか同じ答えを持っていず、他男子に「○○のことがスキだから同じ答えなんだろー?」と冷やかされながらも、自分の答えをまげず、しかもその二人の答えが正解だったときも、かっこよかったです。

えみんこだったら、絶対途中で他の答えに変更しています。

勉強が目立ってできるわけではないけど、IQの高い人だったそうです(卒業してだいぶたってから先生に教えてもらったの)。

9歳の時、えみんこが初めて死にたくなったのは「彼女になれないから」という理由でした。彼女のようにはなれても、彼女自身にはえみんこはなれません。
あたりまえのことですが、9歳児のえみんこはそのことに絶望して、初めて死を意識したのでした。このことは心理学的に説明がつくのですけどね。

まあ、そんなこんなでえみんこは彼女になろうと、べらんめえ口調習得を地道につづけていたわけなのです(しかし、祖父母にはおこられるしクラスメイトからも「にあわないよー」と言われつづけ、あまりながつづきはしませんでした)。


なつかしいなー。彼女は今何処で何をしているのでしょう。
中学卒業後は社会に出てしまって音信不通です。
そういうところも、えみんこには真似できないところです。
いつも、えみんこにかっこいいところを見せてくれました。


ちょっと、べらんめえ口調の思い出です。






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