アルテミスの日記
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本当は卑怯かなって思ったけれど・・・ やっぱり書きたくなってとめられない気持ちがした。 羨ましいと言われるだけのものがないとはいえないよね
犬も居る 自由気ままな一人暮らし なくなってもまだ私を大事にしてくれる人もいて 海外に留学なんてしていたりもして・・・
わかっているんです。 私が贅沢だってこと・・
でも・・本当にうらやましい? なくなってもまだ私を愛してくれている人がいたとして・・ 其の方が自死で 私をやっぱり置いていってしまったこと いくら思いを寄せてくれてもなくなった人であること・・・ 目の前に現れてくれることも 声を聞くこともないんです。 形として 何かとして なくなった方の意思なのかな?ということにぶつかるだけ・・
愛しい人を亡くすことがうらやましいですか? 犬がいます。 どうにもならないときには 確かに救いの手が差し伸べられたんですよね たしかに本当に恵まれていると思います。
けれど・・もう何年も自国の言葉で話すことはもとより・・ 誰と口を利くことも外にでることも できなくなって 話しかけるのは独り言のみが何年も続く世界も自由でいいのかな・・ 独身だし 留学なんてことそうそうだれも できないですもの・・ 贅沢なんですよね。
人が怖いです。 そうかいていながら うらやましいといわれてしまうと・・どうしていいのかわからない気持ちが 私自体を両極に引っ張っていくし・・ 確かに私は恵まれていて・・ 贅沢なんだろうなって それも本当に思う。
うらやましいといわれて へこむこと自体 私が間違っているんだ そうだねと自分の恵まれていることを感謝しないとね
私は要らない芋づるを引き出して いらない感情ばかり引き釣り出しているとも確かに思う。 何を言っても こうして 痛いと いってしまうから ほかの人はきっと私に触ることすらできなくなって 私はどんどん一人になるんだろうな・・
私は 子供を生むこともできなかったし とにかく人間が怖い すこしづつ すこしづつ だましだまし 自分の気持ちを 表に出して すこしづつ すこしづつ そんなに違う人間はいないのだからと 表にも出ようとし・・
でも確かに努力は足りないし 人はそれでも皆違う。どのひともどのひとも 傷つけそうで 嫌な思いばかりさせているようで 本当はどこに行っても何をしても 落ち着けない。
どんなにいい人の家族であれ 本人であれ・・ 何を思っているのか どう思われてもいいなんて やっぱり 開き直れないし 怖くてたまらない。だから・・どんどん 逃げ出しそうになる。
逃げ出しそうにならなくても・・きっと私には何もいえないんだと 思われて・・ そして 其のとおりかもしれなくて 私は きっと 感謝もないし 何一つ言っても受け取らない 悪い奴なんだなって思う。
んじゃ・・其の性格変えればいいのにね・・ 何を書いているのだろう・・ うらやましいといわれて なんで へこむの?
あたしが自分で決めたこと・・
だけれど・・どうしても自分で割り切れないのは如何してなの・・
理不尽さもわかっての恋・・だけれど それをどうしようもないのはなぜ?
こんなことばかりしていたら きっと相手と私は 離れてしまうに違いない・・
って何を書いているんだろうね・・私は・・・
あの人が生きていたら・・私は如何していたというのだろうか?
自分の心って汚いんだ 嫌になるほどに 汚いんだ・・・
あの人は私のその心も知らないで 消えていった・・
今は私の姿の本質を見て がっかりしてしまったんだろうね。
そして 私は 今のこの関係からも きっと 放り出されて
ひとりにされるの?
一人が怖いなら 誰にも会わないことだと みゆきの歌だっけ?
いっていたね・・ 其のとおりかもしれないね。
何だか悲しい 何だか・・・
全てが私の悪いところからだとわかっていても
何だかな・・・
寂しいね 。悲しいね。
如何したらいいというのだろうね・・
私のことを愛してくれる人なんていないなって 思ってしまう。
私をうらやましいという人・・
確かに私は恵まれているのかもしれないけれど・・
それでも・ 本当に そうかどうか・・良く考えてみてね
なんかへこんじゃったのかな 私・・・
贅沢なんだよね 私・・
だけれど、それでも・・・
・・・・でも もう いいや。
なにがどう いいのかわからないけれど・・
私のおかれた立場は 変わらないということ
良くても 変わらないということ・・
状況は変わるかもしれないけれど 環境も変わるかもしれないけれど
私のポジションは変わらないということ
期待しないこと 夢見ないこと それしか 自分を守ることはできない。
かけない言葉がある。聞いてみたいのに 傷つけるだけ 傷つくだけ・・
どう受け取っていいのかわからなくて だから 黙っているだけ・・
愛されているって どういうことなのかわからない
人の心は見えないから だましていても だまされていても 見えない。
ただ信じるだけ 良くも悪くも信じるだけ
何やっても 後ろ向き 如何思っても前になんていけもしない。 それもこれも 心の中の怒りがさせるのかな 誰も信じないのは 過去のトラウマから 離れられないからだと 其の過去への理不尽さに対する怒りからだと 医者が指摘する。 怒っていることは 確かだけれど どうやって それを消化するのかわからない 怒りに触れてもそれを御すすべを知らない。 耐えたくもない。 だから 私は 切り離す。 誰かを恨んだり 理不尽な傷と向き合うことが どれだけ腹立たしく 恨めしいか・・ 誰にも私の過去に留意して気遣って付き合ってくれる義務はないけれど 私は知らぬ間に昔に振り回されて 鎖につながれた犬みたいに 同じところをぐるぐる。 それを人は私が後ろ向きだと指摘する。 悪いことばかり想定するという。 確かにそうだけれどそして それを振り切らなければならないけれど 明るいことを考えることが不安な私の気持ちなんて わかりはしないだろう。 明るいこと 楽しいことを想定するほうが不安だなんて わからないかもしれない。 明るく考えるのは難しいことだと言ってくれる人はまだ 優しい人だ。 同じように辛い目にあった人だって千差万別に感受性も今の状態も違う。 私のように後ろ向きばかりの人間ばかりでもない。 どうして 悪いことばかりを想像するのかといわれて どうやったら明るいことを 想定し 信じようとできるのかと私は 聞いてしまいたい。 理不尽な事故だと 今までの全てを 流してしまいたいのに 理不尽な過去を作るに加担した人間は のうのうと知らぬ存ぜぬで生きている。 (そうでないにしても 償いなどしてはいないじゃないか) それでもたまたま 私は運悪く事故に当たったと 生きていけという できるものならしているさ それが私の望みだから・・ 私の人生を変えてしまった出来事なのに どうして 許されて当事者が生きている? 事故を起こした相手なら それ相応に 償わされる。 確かに地震にあって死んだとして 誰も責めることはできないけれど けれど地震でトラウマを持った人間は まだ 好意的に見られることはあっても いじめの過去 虐待の過去は 好奇の目と またも 後ろ向きのいいわけかと うんざり な目で ながめられなければならないというんだ。 心の弱さだけで片付けられるんだ。 時間がかかっているからというだけで 早くそこから出られないというだけで だけどそれもわからないわけじゃない 面倒でどう付き合っていいかわからないのが 私にだってわからないわけじゃない。 私が引きこもってしまったとして 私が何もしたくないとして そんな非人間的非生産的な生活を幸せだと思う人間が存在するのか 知りたい。 どれだけの思いで 自分の後ろ向きさを 責めてきたか 知っているのか?とききたい。 責めるよりは 動けというのなら 動けない苦しみを どうしろというのだと 尋ねたい。 どこまでいっても平行線。 魔法の杖はない。 何が鎖を断ち切れるのか わかりはしない。 幸せになるために鎖を断ち切りたい 幸せにならなければ鎖は切れない。 理不尽さと向き合って 理不尽さへの怒りを 時に流せなければ 未来はないと わかっていて 私の中で 怒りは 別人格 閉じ込め 触れられないように してきた そうすることで 生き延びてきたのに 今更 猛毒を持つ猛獣と どう 対処しろというのだ? 戦えというのか? 受けろというのか? 苦しめというのか? 周りを見回せば 大小にかかわらず 何らかの傷を人は抱えているものだという だからこそ 私もまた 敏感でありこそすれ 人と 同じなんだと 理解しなければ 自分の思いだけに沈むと きっと誰かに 刺激される。 そして それが事実だからこそ 昇華できない自分が ゆるせなく ますます 怒りを 亡き者にし 理不尽な心の傷を 過敏さだと 持ち歩いてる。
Hがなくなった・・
信じたくないけれど・・連絡をもらった・・
たった本の少し前に あったばかりなのに・・どうして?
彼が死ぬと決めたその前後は・・私が落ち込んでいたとき・・
十分に話せもしてない・・・
ちゃんと話してなんてない・・何も言ってない・・
さよならも言わないで・・ こんな風になってしまった・・如何理解したらいいの・・・
しんどいよ・・
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