| 2007年07月21日(土) |
『応援する』という言葉の重み
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たくさんのいろいろな方からお見舞いをいただき、また、メールなどで励ましの言葉をいただいている。
元々ハガちんはバンク登録者だったようだし、ヒラヤマさんやタケカワさんやチハルなど、実行に移してくれた方からのメッセージは、とても心強い。
移植日程を考えれば、今の段階のドナー登録者しか対象にできないし、現時点では彼らとは一致していないのだが、いつか必ず同じような病気で苦しむ人の支えになってくれるのは間違いないわけで、そんな人からのメッセージは本当に胸の奥まで届く。
以前、ある事件のことを『星瑞枝ファン』ブログに書いたことがあった。
その時、一番訴えたかったことは、応援する、サポートするという言葉の重みだった。決して、事件当事者の個人攻撃をしようという意図ではない。
あの事件では、応援するとかサポートするとか言っていた人達から、何の応援もサポートも見えなかった。
まさに、言葉だけが一人歩きしていた例だった。
俺は、本当に幸せだ。
行動を起こして励ましてくれる友人がいるから。
その行動自体が明日を夢見る勇気を与えてくれる。
骨髄バンクの登録者目標は、30万人だという。
地方の中小都市の人口程度の数字だか、残念ながら達成されていないらしい。
数を集めれば、自分が助かるのか保証はない。
だけど、数が集まれば、同じような病気で苦しんでいる人が救われる確率は格段に上がるのだ。
俺にメッセージをくれる友に言いたい。
行動あるのみ。
みんなを助けてくれ。
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ここ数日、39℃台の高熱が続いている。ドクターの話では、まだまだ、あと10日間くらいは続くらしい。
ベッドの上で、じっと耐えるだけの毎日だ。
でも、俺は、動かないで、じっと耐えることくらい、はっきり言って平気だ。苦しいけど、こんな苦しみには耐えられる。
だから、ドクターにも、10日間くらい、頑張ってみせますよ!って言ってある。
弟、妹のHLAが適合せず(見事なくらい3人がシャッフル!)、さらに、骨髄バンクもダメだった。
骨髄バンクがダメっぽいのは、予感があった。
ドクターが子供のHLA検査をしたがっていたからだ。通常、親子間で一致するのは、一般人の2倍の確率くらいしかないのに、急に言い出したから。
で、先日、骨髄バンクはダメ宣言を受けたわけだ。
これを聞いた夜は、さすがに眠れなかった。
想像していた将来がどんどん細く小さくなった。
化学療法の毎日を生きることくらい、へっちゃらだ。
だけど、移植が前提の治療に暗雲が立ち込めているのは事実。
人生は今を生きること。それが連続していくだけ。
理解はできるが、あまりの心細さに眠れぬ夜は続く。
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今日から赤血球輸血も開始。
blood type O (+)が、
赤×2パック 板×2パック
身体に吸い込まれていった。
献血してくれたみなさん、ありがとうございます。
血小板を輸血している時、湿疹が発生して、抑えるクスリが追加された。
やはり、他人の血だもんね。
身体は、正直だ。
夕方、高校スキー部同級生のミドリさんとその娘のチカちゃんがお見舞いに来てくれた。
リハビリにスタジアムまで通っているそうで、さらに、ここの整形に入院していたんだとか。
テレビの分解方法がわかったのは大きな収穫だった。
いや〜、助かった。
ありがとう!
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地震だ!
点滴が大きく揺れ、寝ていたベッドが横揺れを始めた。
揺れは、段々と力強さを増した。
中越地震の時のことが頭の中をよぎった。
家族に連絡を取ろうにも、病院の中から出来るのは、この携帯電話を使うことのみ。
繋がらない。
なんべんやっても繋がらない。
いいえない恐怖に包まれる。
そうだ!
東京にいる長女に連絡を取ろう。
そう思い電話をしても繋がらない。
メールもダメ。
いざというとき、家族と離れていることがこんなに辛いとは。
とにかく心配だった。
テレビをつけると、詳しい情報が入ってきた。
柏崎が大変らしい。
家屋の倒壊もある。
亡くなった人もいるらしい。
柏崎ではテレビを見ること、できるんだろうか?
中越地震のときは、情報がまったく入ってこなかった。
柏崎も合併して山間地域があるから、そういうところでは、ラジオさえ入らないことがある。
やっと、妻と連絡が取れた。
家族の無事を確認できた。
まだまだ余震が続くらしい。
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今日は、たくさんの方がお見舞いに来てくださった。
みなさん、本当にありがとうございます。
それぞれ『縁』があってお付きあいさせていただいているのだが、
本日の最終面会者には、某SNSでの友人であり、高校スキー部の同級生がお見舞いに来てくれた。なんと、20数年振りの再会である。
実家に三連休で帰省していて、家族サービスをヨソにわざわざお見舞いに来てくれた。
高校時代の俺は、ホントに『弱っカス』で、陸上トレーニングでは、いつもビリだった。
結構、彼は優しいところがあって(笑)、そんな虚弱な俺を叱咤してくれてた。
俺は、身近な目標として彼を意識していた。
四半世紀の時を経て、お互いいいオヤジになったわけだが、あの頃、その後、…の話にとても楽しまさせてもらった。
高校時代の部活の苦しくも楽しかった経験は何物にも代えがたい。
懐かしいを通り超して、砂埃と汗と、真夏の日射しが蘇ってくる。
今、あの頃に戻ったら、同じ選択をしていたかどうか自信ないけど、
あの時、思いきって飛込んで良かったって、振り返って思う。
ショーゴ、今日はありがとう。
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生まれて初めて、他人様の血液が身体に入ってきた。
抗がん剤が効いて、赤血球、血小板とも下がり始め、
まずは、血小板が輸血された。
血液疾患になる以前、血小板成分献血をすると、通常献血の四倍のスタンプを押してもらえたので、このスタイルの献血をよくしていた。
まさか、その頃は、自分が輸血してもらう立場となるとは思いもしなかった。
献血の景品目当ての不純な動機だけで、献血カードは何冊にもなった。
免許証に挟んでおくと、事故ったときに役に立つとかなんとかで、今も挟みっぱなし。
初めての輸血は、あっという間に、俺の血管に入っていき、いま、この身体を巡っている。
献血をしてくれた多くの見知らぬ人々に感謝し、今夜の眠りにつこう。
ありがとうございます。
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この携帯に付いているスクリーンセイバー機能の指定ピクチャーを妻と長男、次女の三人の写真にした。
日曜日に、この部屋で撮ったものだ。
ここにさらに長女の顔が入ればもっと嬉しいんだけど。
約一分放置しておくと、家族の写真が現れるという素晴らしい設定に我ながら感心する。
結婚して今年で二十年目。
きっと、妻が思い描いていた結婚生活とはほど遠いもので、それが原因で、子どもたちにも要らぬプレッシャーが掛ってきたと思う。
でも、それらすべてが家族の生活であり、俺自身は、勝手な言い分だけど、楽しんできたつもりだ。
いつの日か、わかってもらえるとおもうんだけど…
抽象的だな。
ま、みんなの笑顔がある限り、俺は、大丈夫です。
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【Referer】
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