仕事が早く切り上がったので、家に帰る前に部活を見に行った。おお、やってる、やってる。グランドに散らばる野球部の約半数が1年生。1年生は、まだユニフォーム姿ではなく、学校のジャージを着ていた。ウチの子はどこかなぁ・・・。
あれ?・・・いない。なんで?なんで?どこを探しても、一番のチビは見当たらない。
心配になって、家に電話してみた。電話口には、小四♀が出た。
「ねぇ、ねぇ。中一♂、家に帰っている?」
『うん。いるよぉー。今日、部活がないから早かったんだよー。』
「ぇ?部活、今、やってるよ・・・。」
つまり、こういうことだった。中学校としては、部活動をしない日になっている。だけど、生徒たちが自主的にグランドに集まって練習をしていた。学校から遠いウチの子は、練習に参加できなかった。
家に帰っても、まだ明るかった。しょーがない。下手クソな親父が相手になってやるよ。
で、キャッチボールをしてたってわけだ。
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| 2004年04月25日(日) |
アルペン競技と地球温暖化問題
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ちょっと古いニュースなんだけど、このまま地球温暖化が進むと、標高1,500m以上にならないとスキーが出来なくなるらしい。それも比較的近い将来(20年後くらい。)だということだ。最近のスキー関係の暗い事件を聞く度に、きっと、雪の神様は、雪遊びをする人のマナー低下に激しい怒りを抱いているんではないかと思ってしまう。
標高1,500m以上というと、そもそも高い山のない新潟県内のスキー場は、間違いなく全滅だ。いよいよ新潟県も『雪無し県』と呼ばれる時代に入るということだろうか?
日本のスキー関係者の間では、『雪無し県』という言葉は、長らく『差別用語』として用いられてきた。たとえば、競技選手の出身地を語るときであったり、スキー連盟のブロック分けであったり。
ところが、近年、この『雪無し県』の活躍が顕著になったために、『雪有り県』側からの従来の蔑視した傾向が羨望へと変わりつつある。つまり、『雪有り県』でさえ充分な積雪がないため、北海道や海外でトレーニングしなければならず、交通アクセスを考えると、『雪無し県』の方が却って有利になるというのが事実だからである。
さて、これから『雪無し県』の時代を迎える新潟県は、今後、どのような対策をとっていったらいいのだろう?もはや、山岳レジャーとしてのスキースポーツは成り立たないのだろうか?
ボクは、初心に帰って、雪の神様にお祈りしよう。みんなも一緒にお願いネ。
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Tバーの片付け、お疲れ様でした。 一件単価7K一律は、単独参加の方には酷い仕打ちだったのではないか・・・と、やや反省してます。
・・・・・・\(__ )
ごめんなさい。
ついでに、カラオケで、
Freddie Mercury
...と
草野マサムネ

を歌わせていただきました。ありがとうございます。
どっちも、とても苦しい音域だった(__ゞ
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小学校、中学校を通じてPTA総会なるものに初めて出てしまった。
部活動への助成金を増額するために、会費を上げるという説明があった。趣旨には大賛成なんだが・・・。
会費値上げの全額が部活動費助成に回されないのは何故? (前年度に多くの不用額が出ているところが増額されているんだよ。) 前年度の明細を説明して当年度予算増の割振り計画を示すべきなのに、それができないのは何故?
どうやら、PTAからの部活動助成金の割振りを指揮していたのは、あの教頭らしい。なぁーんか、変だと思ってたんだ。
結局、PTA会長からのマキが入って、シャンシャンで終わったけど、新しい校長にちょっと期待してみるか。
休暇を取った後の日は、とても仕事が溜まってる。なのに、ついでに大事な大事な会議があることを忘れてた。
午前中、会議があって。それもなかなか結論が出なくて。
やっと解放された午後、残務を黙々とやってたら、エクセルの関数を教えろ・・・とか、ラベルシートの印刷方法はどうすればいいか・・・とか。

俺は、PC講師じゃないんだゾ。ちったぁ、自分で勉強してくれよな。
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| 2004年04月22日(木) |
2004最終戦 J-Powerカップ 第2日目
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前夜、カラオケルームにて求愛ダンサーになってた俺。数時間後、ふと我に返って、ちょっと場違いな奴カモと思い、風呂へ消え去った。

まぁ、いい。
朝から、カラオケルームメンバーのうちの一人のテンションが超高く、コイツ、本当に今日スタートできるのか・・・って感じだった。おまけに蹴りを入れられていたし。見たよ、リョーヘーの馬場キック。手加減していたが、破壊力ありそうだった。
スキー場へは、キラクのワゴンで送ってもらった。フジオさん、昨年に引き続き、ありがとう。
第2リフトを登っていると、吉岡大輔選手を発見!やがて、彼、するするとフリー滑走を始めた。上手いとか下手とかじゃなく、なんか、スゲーーーリラックスしてて、無駄のない小回りを続けて消えていった。
| 2004年04月21日(水) |
2004最終戦 J-Powerカップ 第1日目
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今季最終戦のJ-Powerカップ。安全上の配慮から、この大会からGSはなくなり、SLが2戦行われることになった。男子招待選手として吉岡大輔(SAJ-SLポイント0.37)、吉村良平(11.17)、女子招待選手として星瑞枝(0.45)、服部七穂(1.46)が招かれた。また、ナショナルデモの藤井守之(17.71:ちゃんとしたポイント持っている!)も出場した。
注目は、やはり吉岡大輔。先頃、仮発表の来季ナショナルチーム残留も決まり、トリノへ向けストイックなトレーニングを続けているに違いない。他にメチャスゴのトップ選手がいないだけに、流し過ぎ(!)のレースを展開するかもしれないことだけが心配ではあった。
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送付されてきた役員の委嘱状には、『大会当日の朝7時までにスキー場に集合』と書かれていた。ちなみに、役員日当は二日間で3k。片道20キロを大会期間中2往復するというのに3k。いやいや、不平を言っちゃいけない。只働きを強いられる義務が私にはあるということなんだろう・・・。
昨年、奥只見丸山山荘の営業取止めによって、トンネル手前の麓の旅館が役員の宿舎に変更となっていた。朝早いというのに、スキー場まで通うのが大変だった。さらに、今年の場合、役員の宿泊日数が1泊減らされた。俺はいいよ、俺は。だけど、中越協議会で役員を集めているんだよ。遠くから来る人は、本当に大変だよ。
まぁ、いいや。
なんとか頑張って、早起きして、7:00の集合時間に間に合うように家を出発した。
明日から、J-Power Cupの役員で山(奥只見丸山スキー場)へ(平日に誰も役員してくれない・・・。)。マリは怪我で引退済み。親としての楽しみはナイ。が、この大会、B級とはいえ、SAJ公認大会日程の最後を飾る大会で、国内一線級の招待選手達の滑りを見ることができる。
今回は、安全上の配慮から、SLが2レース。今年もきっと旗門員。昨年のような失敗をしないようにしてきたい。
| 2004年04月19日(月) |
仕上がりは、2か月後
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いやぁ、ついつい、この仕様で発注してしまった。やっぱり、L7Sイエロー発注済みというナオキに刺激されてしまった・・・(汗)。バレないようにしないと(誰に?)。
まぁ、ほとんど、モロにコレ(↓)なんだが。

ウェブが違うのと、親指部分に丸ヌキ刺繍追加、中指部分にホーン刺繍追加というのが今回のポイント。カッコいいのは間違いない。
(ついでに、被せ締め&小指二本入れ仕様なんだ。)
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親指留め、親指掛け、小指掛けの色の指定を忘れていた。
赤にするつもりだったが、間に合わなかった。(-_-、)
(4月23日追記)
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(ぅう〜。ブルブル。)
奥只見の朝は寒い〜〜〜。テツヤが窓全開にした(?)部屋には、冷気が入り(カツとヨッちゃんの体温では間に合わなかった。)、春の日差しが入ったので、目覚めはバッチリだった。サンクス>>>テツヤ。
食堂へ向かうと、宴会の後片付けは綺麗に済んでいた。朝ご飯までご馳走になることになった。ごちそうさまでした。美味しかったです。本当にありがとうございます。
毎度の大回転大会、江浚いがなければ役員していたんだが、事情が事情だけに、今年は仕方ない。そして、ナオキさんに家まで送ってもらった。行きも帰りも、本当にありがとうございます。朝のシルバーライン、下から向かってくるクルマが多いね。日曜だし。
そして、江浚い。シナハギ沢の土砂排出と大沢堰の清掃が担当区域。それと薬師の石塔と看板付け。乾燥した空気と酒焼けで喉が乾いた。缶ジュースを3本(!)飲んだ。

まったりとした作業進行だったので、終了時刻がお昼近くに。昼飯を食べたら、当然のように睡魔に襲われ、昼寝が長引いた。
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宴会場のけんぽセンターまでナオキさんに迎えに来てもらい、奥只見湖畔の六方さんへ。
先発隊のジジィ組は、既に、泊まりのお客さん(女性2名)と打ち解けた雰囲気で。日頃のエロ振りを満開にしていた。
そこへ、後発のナオキチームが到着。
何だかわからないけど、とても楽しくて幸せな時間を過ごした。特にナオキさんの同級生は、若い(!)だけあって、パワーあるよ。自分で何を喋っていたのか、全く覚えてないんだが、大丈夫だったのだろうか、私?
 photo by NOKI (Thanks!)
皆さん、本当にありがとうございました。m(_ _)m
さすがに奥只見はサブくて、カツとヨッちゃんのお尻に挟まれて暖をとることになった。・・・と思ったら、窓をテツが開けっ放しだったことが判明。
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【Referer】
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