中学校の交歓会、ヒロカミの教委のスクール、薬師のスクール、選手たちで、スキー場は、今年最高の人出となった。久々にシングルリフト乗車を待つ長い列ができた。
怪我やら風邪やらテスト勉強やらで、マリは初ナイター、初薬師となった。
原点はこの場所。ここから始まったのだ。
今日も練習ができる、そういう環境に感謝したい。
イッコウとマリは、翌日、翌々日のテストの勉強のため欠席。イッコウは、入試が終わってからも練習に来るかどうか保留らしい。 雪不足のため、ポールが刺さらない。ショートポール。
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2004/01/22(Thu)
参加選手:キョウコ(初参加)、マナミ、ノブユキ、カズキ、カズシ、ユタカ、タクマ? セット:GS、SL 天候:吹雪 雪質:ソフト 時間:19:00〜21:00
2日目、GS。
前夜、遅くまで飲んでいたにもかかわらず、4時半には目が覚めてしまった。 SLの出場枠に引っかかったという安心感は、本命のGSの朝を迎えての緊張感に覆されていた。
アルペンの王道は、やはりGSである。スピード、テクニックの全てが凝縮された競技だ。そこで勝ってこそ、SLでの結果が生かされる。今日も負けるわけにはいかない。
実は、中越大会の成績やスタート前のフリースキー練習を見てくれたコーチの情報から、密かに入賞を期待していた。また、全中で結果を出すためには、早いスタート順を確保することも大事だ。上位で通過しなければならない。
結果は、1本目9位。2本目、大失速。トータル12位。
2本目、スタート直後の緩斜面からターンが遅れ気味で変だった。スタートにいたので、あとの滑りはよく見れない。タイムアナウンスを待つ。予想タイムより2秒くらい遅い。その瞬間、手に持っていたドライバーを雪面に叩きつけていた。
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今季、4レースで7回、スタートバーを切った。そして、7回ともゴールラインを越えた。これまでの戦績から考えると、成長したなと思う。始めたばかりの頃は、トップ選手ととんでもない差があった。今でも真正面から勝負できるわけではないが、少なくともゲームに参加できるようになった。精神的にもいろいろなことを乗り越えて逞しくなった。
やるべきことはやってきた。その結果だから。
だから、今日は思いっきり泣いてもいい。泣いてもいい資格 があると思う。
http://www2.sport-nippo.com/news/details.php?t=ski&k=1276
< 祈り < 中越中学GS結果 < 中越中学SL結果 < 決戦初日
初日のSL。いよいよ決戦だ。ここで、勝負を決めなければならない。この日、青空が広がり、コース状況も硬めにパックされた好条件だった。
私は、早朝、家を出て、約2時間半かけて会場に着いた。同乗者にはショウの父ちゃん。道中、運転しながら、私は喋りつづけた。何を話していたのか、自分でも思い出せない。だけど、黙っていると不安に追い込まれそうだった。そして、会場が近づいてくるにつれ、胸のドキドキがどんどん速まっていった。 新赤倉のゴンドラ乗り場に着いたのが7時半。ちょうど、選手たちに出会うことができた。ゴンドラが動き出すのが遅れるということで、選手を京王チャンピオンへ移動させ、スタート地点へ行かせることにした。
私がスタート地点へ着いたのが、8時半過ぎ。選手の試合用の板を見つけ、早速、仕事(スタートワックス作業)に取り掛かった。この時点で雪温マイナス8度。流石に赤倉だ。朝は寒い。 今季、主にドミネーターのズームを使っているので、雪温に敏感にならなくなった。でも、雪温が上がるかどうかで、他のワックスを組み合わせることも考えていた。全中当落ラインは、コンマ差になるに違いない。絶対に負けられない。SLだからといって、ワックスを疎かにするわけにはいかない。 擦りつけ、コルクで磨き、ブラシをかけ、布で磨く。この作業をスタートまで、何回も何回もやってた。やり続けないと不安だった。滑らないなんてことがあってはいけない。ストラクチャーの細かいところまで、スタートワックスの粒子が綺麗に入るように、祈りを込めて。
結果は、1本目6位。2本目に失速。トータル10位。
SLは、中越大会の成績を見ても、スキー操作の点を見ても、イマイチ。出場枠に引っかかっただけでも、合格としなければならない。GSは伸びると信じている。
http://www2.sport-nippo.com/news/details.php?t=ski&k=1272
< 祈り < 中越中学GS結果 < 中越中学SL結果
妻と小六♂と小三♀が信州野沢温泉から帰ってきた。毎年恒例のスキー学校指導員の一泊二日研修旅行に家族として参加してきたのだ(中三♀の大会が近いので、私は欠席。)。
小六♂と小三♀は、野沢を満喫し、とても楽しかったようだ。大人たちの凄まじいはしゃぎぶりを目の当たりにして、格段の教育効果があったに違いない。
妻は、この旅行に参加するのが初めて。やはり、かなり楽しかったらしく、次も行きたいと言ってる(出かける前は、ちょっと不安で憂鬱だったらしい。)。
ともあれ、無事に帰ってきて良かった。
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パラダイスフォーの橅さん、今年もご迷惑をお掛けしたそうですね。来年は行きたいと思います。よろしくお願いします。
やはり、貫禄が違う。練習の雰囲気をガラリと変えてしまう。常に限界を狙う彼女の登場は、ぬるま湯になりつつあった他の選手の気力を熱くさせた。 クローチングで身体を思いっきり傾け、板にプレッシャーをかけ攻める。彼女のアタックのお陰で、またもポールが数本破損してしまった。 ジャパン3人が出るから、たった一つの国体座席だけど、予選突破期待してる。ガンバレ、アユミ。
インターハイ予選は、男子の鶴渕(湯沢高)、女子の長谷川(六日町高)の湯沢中勢の圧勝に終わった。レースリザルトを見ると、中学時代から力のある選手が順当に上位を占めている。しかし、中学時代の成績順というわけではない。競技としての成熟度が、高校生になって増しているということがわかる。オフシーズンの体力づくりやスキーに対する取り組み方が、スキーを始めた年齢による技術的な差を埋めてくる年代なのだ。特に男子の場合、基本的なスキー操作が出来ていて当たり前で、気力、体力の違いがタイム差となって現れてくる。昨年の覇者が今年必ずしも強いとは限らない。 厳しい競技を続けている高校生にエールを送りたい。ライバルに勝つために、運動部中、最も過酷なトレーニングをこなさなければならない。シーズン中は授業に欠席し続け、学業との両立の大変さは他の運動部の比ではない。そのような厳しい競技を選択し、挑戦した経験は、将来、絶対に自分自身の為になる。少なくとも、人生を生きていく中で、体力的にこれ以上辛いことを経験することは稀だ。 だから、3年間走ったけれど予選を突破することができなかった君も、継続したことに胸を張って欲しい。
・・・という、ドロップアウトした者からのメッセージ。
今日は、祖父の命日。22年前、土曜日午後の部活動を体調不良のため欠席して家に帰ると、既に虫の息だった。人の死を身近に経験する初めての機会となった。前年の秋口に倒れていた。約半年、居間でみんなで食事をするために、祖父を肩に抱えて部屋から移動させていた。ほとんど寝たきりだったので、できるだけ祖父自身の脚に負荷を掛けてあげるように。「ありがとう」、「わりぃのう」と口にする祖父に対して、毎日毎日の介護が面倒に思えたこともあった。
今、私は38歳だから、祖父がいない時間の方が長くなった。でも、祖父がいた頃の思い出の方が濃いな。
| 2004年01月15日(木) |
リュック・アルファン
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あのリュック・アルファンがパリダカを走っていたなんて知らなかった。ワールドカップDHコースとモーターラリー、どっちも危険がいっぱいという共通点がありそうだ。
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“爆弾”低気圧というんだそうだ。今日は風が収まり、ここ魚沼では、気圧は高いが雪が降るという本当の冬型になった。これでしんしんと降り積もることだろう。なんとか練習できそうだ。
【Referer】
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