親の愛を知らない子は、自分が親になったとき、子供の愛し方に戸惑う。 姑と争ったことがない嫁は、自分が姑になっとき、嫁との接し方が分らない。
自分が幼稚であることを自覚していないから、自分が偉く正しいと勘違いしてしまう。 自分が優しい人間だと思い込んでいるから、親切のつもりがアダとなる。
よってたかって苛めるなよ・・・。>くそじじぃとくそばばぁ
まだまだ雪が降らない。結局、大原スキー場で最終調整することになった。 仕事を休めない私は、全面的にタカイチさんにお願いすることになった。キョウコちゃんの仕上がり具合も気になるが、本番を観戦するためには、休暇を取るわけにはいかない。 もうしてやれることはない。祈るのみ。
奥只見丸山スキー場は、400食限定のお汁粉が余ってしまうほど閑散としていた。この時期、20キロのトンネルを潜り抜け、決して速くないリフトの寂れたスキー場に足を運ぶコアな客の少ないこと。そして、その中で、2本のスキーを履いているのは、レーシング練習をする人や指導員orプライズを目指す基礎上級者ばかりだ。
カービングスキーが現れて10年程度経った。スキーヤーは、斜面を猛スピードで切っていく快感を簡単に手に入れることが出来るようになった。そのこと自体は好ましいことである。しかし・・・。
私は、スキー場にはストックを持っていかない。私が持つのはストックではなく、ポールであったり、フラッグであったり、スコップやドリルである。したがって、ポールセットがしてある場所への移動の際、手にこれらの小道具を持って滑ることになる。そして、斜面を横切らないよう真っ直ぐに、かつ、あまりスピードを出さないよう心掛けて滑る。他のお客さんに迷惑にならないよう気をつけて滑っているつもりである。
突然、「あっ。」と声を上げてしまった。私が滑る前方に左横から現れた彼は、見るからに上級者だった。サロモンのデモモデルのブーツ&スキー、真新しいウェア。そして、妙に腰に力を入れたままのカービングターン。
年末にネットを超えて新雪を滑っていたのも、スノーボーダーではなくてスキーヤーだった。さらにこの日、私の前に横から猛スピードで現れたのもスキーヤー。そして、両者とも30〜50代と思われる大人である。
スキー人口全体が減少している。残ったスキーヤーはコアな人ばかりだろう。でも、実はカスだけなのか?もっと謙虚にならないと、日本に雪が降らなくなるよ。
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標高700m超のリフト乗り場は雨。真冬の奥只見で雨。今季の異常気象はいつまで続くのか。 やがて雪に変わったが、湿雪でウェアがびしょ濡れの中、スラロームの練習はきつい。雪上練習は、午前中で切り上げることになった。

帰り際、須原レーシングと遭遇した。須原スキー場もクローズしたとか。
奥只見は4日でクローズ。5日からどこで練習すればいいんだ?
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三箇日の二日目に入っても雪が降らない。麓のスキー場は営業をしていないため、奥只見丸山スキー場へ出かけた。ポール40本持って、酒2升持って。スキー場さんの計らいで、ポールバーンは何処を使ってもオッケーだった。 ちょうど、ミズエ選手が帰省中だった。この練習に参加した選手はラッキーだ。自分たちと同じセットを滑る一流をナマで見れたのだから。 一流とその他の違いは何なんだろうと、帰ってからビデオを見ながら考えていたのだが、一番の大きな違いは、マキシマムにあるような気がする。一流はマキシマムがカッコイイのだ。そして、それが次のアンティシペーションになっている。 今の選手は自分が中学生くらいの頃より、もちろんずっと上手だと思う。実際、成績出ているし。でも、マキシマムのイメージがイマイチだ。私自身が中学生の頃は、雑誌に載ってる選手のマキシマムフォームを雪がないときも真似をしたものだ。情報量のない時代だったので、イメージトレーニングって、そういうものだと思っていた。これを今の選手にやらせようとすると、照れるばかりで、しっかりやろうとしない。 特にスラロームは、可倒式ポールとショートカービングの影響により、昔のスキーよりマキシマムフォームを意識しないと、横腹筋を使ったくの字姿勢が出来ないんだと、見谷御大も著作で書いていた。一流になった選手は、そういう指導を受けたのか、自分で見出したのかわからないが、見谷さんのいうカタチは出来ている。 実際の滑走では、他の要素もいろいろ絡んでくるとは思うが、スキー板に一番圧がかかってくるマキシマムのイメージをもっと大切にしたほうがいいと思う。
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近くにある2軒のお寺への年賀は、10年以上、私の役目となっている。お寺へ行って、坊上様に挨拶をし、お茶を頂いて、居合わせた人と新春の世間話をするのだ。ここ2・3年は、自分から話をするのも面倒なので、人の話をニコニコしながら、頷いて聞いているだけにするようにしている。ときたま、坊上様と2ショットになると大変なことになる。座を引こうにも引けなくなるのだ。 したがって、お寺に出かけるときは、引き際のタイミングの見極めに集中しなければならない。 2004年元旦、2軒目のお寺で居合わせたお客は2人だった。話が進み、そろそろ終りに近づいたと感じたところで、2人のうちの1人が退散。直後、すかさず私も坊上様へ退席の意思を伝えることに成功した。今年一年のスタートを飾るに相応しい逃げ足を見せた。
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内玄関の灯りを替えることに。築五十年以上経つ内玄関には取付けフックがなかった。そこで、電気工事士の資格を持つ私(嘘)に、取替え工事の白羽の矢が立った。 父が中古のフックを持ってきた。ブレーカーを落とし、ビニルを剥いて銅線を出しフックの金具にネジ止めて、天井に取り付ける。そして、灯具をフックにねじ込んだところで、バキッ!!フックが割れた。やはり、中古のプラスチックで劣化していたようだ。 気を取り直して、もう一個あった中古フックを同様の工程で取り付けた。今度は大丈夫かなと恐る恐る灯具を取り付けるも、またしても割れた。プラスチックとはこんなにも脆いものなのか。 しょーがないので、ホームセンターにフックを買いに出かけた。で、最新のフックはいいぜ。取付けが簡単。旧式は金具にネジで留める方式だったんだが、新式は銅線を差し込めばそれで結線されるようになっている。時代は進歩しているんだ。技術革新万歳。
次は、本棚。居間に山積になった父の書類(ゴミともいう。)を整理するため、900×400×1800の本棚を買ってきた。そして、その組み立て作業をカラーボックスの考案者である私(冗談に決まってる。)が受け持つことになった。 作業は順調に進むかに見えた。しかし、木ネジの本数が3本も足りないことに気付き、大晦日で大混雑の購入先のホームセンターに再度出かけなければならなかった。また、ダボを打ち込んだらめり込んで取れなくなったため、ストーブ用の薪から同じ大きさのモノを製作したりした。 完成後は、書類(だから、ゴミなんだって。)の量も激減し、多少のゆとりが出てきた我家の居間となった。
やがて、弟家族が年取りにやってきた。ここで、総勢11人で記念撮影。実は、2004年の父母の年賀状は、2002年12月31日の年取りの11人での写真がメインとなっている。ところが、弟夫婦が写真中央に陣取っていたため、まるで、弟たちの年賀状のような誤解を届けた相手に与えてしまうことになるだろう。2005年版はこのような誤解を招かないために、父母に11人のメインに鎮座してもらうことにした。 写真撮影が順調に済み、年取りの酒をあおり、父と弟の世間批評を聞きながら、大晦日の夜は更けていった。
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上部のコースでスラローム練習だった。隣には大人のチームがGSをセット、残りのスペースで2チームがSLセットということだった。 昨日、一昨日といい環境で練習させてもらったが、雪の量自体はそれほど多くない。ドリル一本分あるかないかだった。なので、セッターをしてもらうコーチは苦労していた。 この日練習を割り当てられたコースもあまり積雪量がない。そして、隣で場所を食うGSがセットされていたので、コース幅が制限されてしまった。雪のある場所を探しながら、セットをし終わると、隣でSLセットをしていたコーチが苦情を言ってきたと選手が報告してきた(選手曰く、怒られたと言っていた。)。 こういう場合、コーチ同士でコース割当てを話し合ってからセット開始するのが通常だと思うのだが、何せ、GS練習の大人チームが先に大きなスペースを使ってしまっていた。狭い残りスペースをやり繰りして、やっとセットをしたのに、今度は反対側のチームから文句を言われるとは・・・。それも、コーチに対してでなく、選手に怒る(事実はどうかは良くわからないが。)というのは如何なものか。 こんな縄張り意識があるから、アルペンがマイナーにどんどん沈んでいっているんじゃないのかなぁ?>ダイナマイトさん。
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| 2003年12月29日(月) |
ショートポールが効く
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ニセコ、野麦峠ともスラロームをあまり練習できなかったということで、残り二日、集中してスラローム練習に充てることになった。福井県の中学生も合同で練習をした。 福井チームの持ってきたショートポールを午前中にやった。そして、これが良かった。各選手ともやればやるだけ身体の動きが良くなった。このショートポールトレーニングはシーズン中も適宜取り入れたほうがいい。
R117→豊田飯山IC→松本IC→野麦峠というルートで3時間半くらいだろうと思っていた。借りたクルマはナビ付きでMD付きで快適な車内環境。 でも、松本から遠かった。そして恐かった。凍結路面は今シーズン初体験だし、道路右下は崖だし、ヒトのクルマで事故るわけにはいかないし。ハイシーズンは、もっと恐くなるに違いない。 着いたのは正午ジャスト。新潟は雨だったが、野麦峠は快晴で気温も低く、とても良い状態のトレーニング環境だった。最初のリフトの右側で他チームと合同でGS練習をしていた。選手は良く身体が動いている。 夕方のコンディショントレーニングの助け鬼に途中から参加した。コントレをやると聞いていたにも関わらず、長靴しか持っていかなかった。そして、標高が高く空気が薄いので年寄りの息はすぐに上がってしまう。でも、とても面白かった。こういう遊びは夢中になれるよ。
【Referer】
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