ハセガワさんは、破綻した銀行の行員だった。
ひょうきんなキャラクターの持ち主だった。ボーナス時期などの個人預金まわりに訪れても、とにかくうるさい人だった。喋りだすと止まらない。そして、なんでもないところで躓いたりするドジな人だった。
妹の上司だった。妹の結婚披露宴のときは、浪漫飛行を歌ってくれた。ビデオでも聴いてみたが、歌は、本当に上手かった。ライブハウスに出演していたこともあったらしい。
誰からも愛された人だった。
銀行の破綻から早二年。再就職先も決まらぬ日々を過ごしていたらしい。今年の妹宛ての年賀状に、「まだ、プー太郎やってまぁ〜す♪」と添え書きがあったということだ。
そんなハセガワさんが今年の六月に亡くなっていたという話を、昨日、知らされた。
享年49歳。さようならハセガワさん。
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日本人のノーベル賞受賞が相次いだ。
小柴さんの名前は、富山在住の頃、聞いたことがあった。神通川上流の岐阜の神岡に、ものすごい巨大装置があるらしいと。それがなんであるかについて、当時の私は、興味もなかったが。東京大学名誉教授という権威ある方なので、受賞について特別の驚きがあるわけではなく、新聞報道などを見る限り、むしろ当然、遅すぎたという印象がある。
一方、田中さん。この方、一部報道によると、大学時代に留年を経験してるとか。もちろん、出身校の富山中部高校は、富山県有数の進学校であるし、東北大学も七帝大の一つとして君臨する大学であるので、田中さんが秀才として少年時代を過ごしたであろうことは疑いがない。しかし、日本の歴代の受賞者が東京大学や京都大学といった権威主義の象徴から輩出されていたことから考えると、今回の受賞は画期的な出来事だと思う。
二人の受賞は、暗いニュースばかりの世の中に明るい希望を持たせた。特に、田中さんの受賞は、燻りがちであった私に勇気を与えてくれたような気がする。
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2004年を目途に埼玉大学と群馬大学が統合するらしい。県境を越えた国立大学同士の統合は初めてということだ。
戦後、旧制高校や師範学校などをベースに、一県に一校ずつ国立大学が配置された。
国立大学は、「駅弁大学」などと揶揄されながらも、地方における人材育成に寄与してきた。なにより、学費が安かった。地方の経済的に余裕のない家庭の子弟にとっては、地元の国立大学に進学できないことは、すなわち大学進学を諦めることだった。いや、優秀な生徒でも、その国立大学の受験の機会すら与えられないことのほうが多かった(さらにいえば、高校でさえも・・・。)。
一期校・二期校時代は、一期校を中心とした地方大学間の序列があった。共通一次試験実施後は、東京大学を頂点とするピラミッド型の序列化が推し進められた。
そして今、国立大学は、独立行政法人という道を歩もうとしている。大学改革という名のもと、教育機会均等の象徴であった国立大学が消えようとしている。
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30年前、女優が共演した俳優にレイプされていた・・・と週刊誌が報じた。事実だとすれば、彼女は、30年もの間、割り切れない思いで葛藤したことだろう。
告白記事によれば、「(共演した俳優の)家へ行ったら、台本なんか放り投げて、いきなり犯されてしまったようなもの」とのこと。「・・・ようなもの」という言葉に、「レイプ」の事実を心の中にしまい込んできた彼女の苦悩がうかがえる。
しかし、くすぶってきた思いを、30年経った今、何故、世間に公表しなければならないのだろう?
プライベートを他人に知らせても、相手も自分も傷付くだけだと思うのだが。
私が男だからわからないことなのか?
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| 2002年10月07日(月) |
せんちめんたる ぶるうす の二番
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どうかしたのか? まさか女に 振られたわけじゃなし 俺でよければ すこしぐらいは 愚痴でも言えばいい
逃げた女は いつもあばずれ take it easy, take it easy, well you
酒でも飲むんなら 朝まで付き合うつもり 俺も今夜は 同じ負け犬なんだよ
written by tanimura-san
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いろいろごめんなさい。
私は最低です。
自分でもどうしたらいいかわかりません。
私が悪いのはわかっているんだけれど。
ほんとうにごめんなさい。
・・・サイテイ
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松井3冠の一角を福留が崩した。
打率.337。松井に2厘3毛差つけた。 ちなみに、松井とは、3学年違いである。
PL学園時代、高校通算40ホーマー。高校3年時のドラフトでは、7球団が競合した。結果は、近鉄が交渉権を獲得したが、希望球団でなかったため、日本生命に。 日本生命時代は、アトランタ五輪にキャプテンとして出場し、銀メダル。 そして、逆指名で中日入団に入団。4年目。
もともとショートだったが、現在はライトを守ってる。 球団シーズン最多安打記録を更新中でもある。
それにしても、右投げ左打ちの強打者の活躍が目立つ。セでは、打率トップ10中9人(阪神の今岡以外)が左打者である。そのうち右投げが8人(ヤクルトのペタ以外)。つまり打率トップ10中8人が右投げ左打ちである。
野球のルールが変わらない限り、左打者は有利だ。守りも、とくに内野手については、右投げでないと一塁への送球が難しいから。
・・・だが、有利であるからといって、好成績に結びつくとは限らない。
実は、私は、右投げ左打ち。
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競泳男子200m平泳ぎで北島選手が世界記録を樹立。
日本選手の世界記録の樹立は、2000年4月、女子50m背泳ぎでの中村選手以来だそうだ。男子ではミュンヘンオリンピック100m平泳ぎの田口選手以来となるという。
30年前、小学一年生だった私。当時、田中角栄氏が総理大臣になったばかりだったと思う。二学期の始業式で校長が児童に質問した。
「このたび、新潟県選出の政治家が総理大臣になりましたね。なんという名前か知っていますか?わかる人、手を挙げてください。」
小学一年生といえど、地元の英雄の名前を知らないはずはなかった。迷わず、手を挙げた。
「はぃ。では、一年生のあなた。新しい総理大臣の名前は?」
「タナカカクエイです。」
ドキドキしながら答えた。
「そうですね。よく勉強してますね。」
褒められて、照れくさかった。きっと、顔が真っ赤になっていたに違いない。
校長は、 「もう一つ質問があります。」 と言った。
「では、西ドイツで行われているオリンピックの水泳で世界記録を出して金メダルをとった日本の選手がいました。なんという名前でしょう?」
『もちろん。知っているとも。毎日、テレビでやってる田口選手の放送を見てるんだから。』
ところが、 『田口→タ・グ・チ→タ・○・○?→タ・ナ・カ?→田中!』 と小学一年生の私の頭の中で、勝手に田のつく苗字の連想ゲームが始まってしまった。
「おゃ。先ほど答えてくれた一年生のあなた。これも知っているようですね。」
『ありゃぁ〜。俺、いつの間にか手を挙げている。どうしよう。どうしよう。なんだっけ?えーっと。えーっと。』
「さぁ、どうぞ。オリンピックの金メダルの選手は?」
その時(!)であった。
普段、私を手足のように使っていた二年生のワルガキがブツブツ言っているのが聞こえた。彼も、答えたくて手を挙げていたのだ。で、私に指名があった後も、ブツブツ言い続けていたのだ。
「・・・・・・グチタグチタグチタグチタグ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・チタグチタグチタグチタグチ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
『ん?チグチグ?チグチグってなんだ?何を言いたいんだろう?』
『タ・○・○→タ・チ?・○→タ・グ!・○→タ・グ・チ!』
『そうだ!タグチだ!田口選手。』
全てを思い出した私は、元気に、
「タグチ選手です。」と答えたのであった。
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ブンブン丸が引退表明した。同学年のプロ選手がまたひとり消える。
寂。
でも、19年間も一つのチームで続けられたんだから、幸せだなぁ。一軍で活躍する選手でも引退年齢が早まっているんだから。優勝も経験してるし。
今後は、あのキャラをいかして、芸能界で活躍するのかな。それともコーチか?
あんな選手がもっともっと出てきて欲しいな。
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スキーを始めたばかりの小学生の頃、海外で活躍する海和選手に憧れていた。アルペンのワールドカップで日本人初の第一シードレーサーとして活躍した人。海和選手が表紙になったスキー雑誌は、何年経っても捨てることができなかった。なので、今も我家のどこかに存在するはずだ。
海和選手の技術の外見的特長は、当時カッコイイとされていたX脚。女性的なX脚で、交互操作のステップターンを駆使し、ワールドカップの氷のピステを切る。そのイメージを追い、真似をしていた。あんなふうに速くなりたいと思いながら。
そんな憧れの海和さんの話を、昨日、聞く機会があった。
海和さんは、スクール・ホテル・ショップの経営をし、スキーによって生計を立てている。現在のスキー業界は、とても厳しい状況にあって、スキーブームが重なったバブル時の半分以下だ。この状況に非常に危機感を感じている。自分がやってきたスキースポーツが若い人から支持されなくなっていることを変えたい。そのために、、、
さすがは、世界の海和さん。極めた人だけが語れる言葉がある。元気の素をもらった。
私がやれることは、この地域で子供たちがスキーに親しめる環境を維持する手伝いを続けること。スキーブーツを履かない日のない冬がもうすぐやってくる。
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