私は、恥ずかしながら自分の排気量を間違えていた。 学生時代の親しい女友達たちは、皆、私を750ナナハンと言って いた。自分でも、そう思っていた。 でも、ナナハンより、小さな可愛い原付スクーターの楽さに 憧れた。 自分で自分を騙して、維持が楽。スピード出ないけど税金安い。 軽くて車体も(ナナハンに比べて)安い原付スクーターだと 思い込んだ。 自分で自分を騙すのは簡単だった。
クラッチレバーを捨て、剥き出しのエンジンを多い隠し、 原付スクーターになった(つもりでいた)
原付スクーターの世界は、ナナハンなら10分で着くところを 1時間もかかるような、まどろっこしさ。 でも慣れればそれが普通になった。 周りは原付スクーターばかり。 ナナハンから見れば、二段階右折なんか考えられないけれど、 私たちの世界では、当たり前の事だ。 それが普通。
けれど、ある時、とても大きなオートバイが現れ、重低音のエンジン 音を響かせた。 そのエンジン音で、私のスクーターの外装がパカリと取れてしまった。
なに、この剥き出しのエンジン
私は己の姿にびっくりした
50ccの可愛いエンジンではなく、750ccの大きなエンジンが、そこには あった。
その大きなオートバイは、私の外装を外すだけ外して去って行った。
私は外装が取れた不恰好な自分を、もう騙せなかった。 でも長い間、原付スクーターでいたつもりだったので、ナナハンと しての走り方など忘れてしまっていたし、ガソリンもオイルも空っぽ だった。
そこへ、スタイリングの美しいオートバイがやってきた。
そのオートバイは、美しいだけではなく不思議な力も持っていて 私が、かつて750ccのオートバイであった頃の走りを思い出させてくれる 力を持っていた。公道をスムーズに走れる整備も施してくれた。
原付スクーターでは走れなかった「高速道路」を、その美しいオートバイ は一緒に走ろうと言う。
私は、まだ原付だった頃の自分から抜け出せなくて、高速は怖くて とても走れない、と言った。
一緒に走ろうとした、その美しいオートバイは、君には走れるだけの スペックがあるのに、と。。。とても残念そうだった。
一緒に走ろうと言ったくせに、そのオートバイの排気量は、実は高速道路 に乗れない排気量だった。
とても美しい姿だけれど、私はその事を残念に思った。
そして、その美しいオートバイも私も高速道路に乗らないのだった。
| 2005年12月29日(木) |
それでも私は温室動物 苦々しい! |
普通のってなんだろう 普通のOL 普通の社会人 普通の女性
普通なら、そんなことしない とか
私は、今いる普通ってとこにシアワセ感じられないんだ だけど、普通ってとこに身を置いてるから 守られてる 甘えてたって許される部分もある そんな恩恵 クソ喰らえだから 私は ここに居たくない
温室から荒野へ飛び出すような 無謀 何考えてるの?といった非難
罪も罰も引き受けるから 当然だからそれ
荒野へ引っ張り出してくれた彼の力は 見かけよりも うんと強くて 私は驚くのだけれど
さて荒野で どうしようかってなったら そっから先は 私は自分で何とかするつもり 温室育ちなりに 荒野で生きる術を したたかに見つけていこう たっぷり十分な日光と二酸化炭素なんかなくて 温室のように光合成できなくても 荒野の新鮮な風こそ 私が求めているものだ
荒野で根腐れしちゃったって、温室で後悔してるより いいや
|