聞こえよがしに悲嘆をさけぶ

7枚綴り


2008年12月01日(月) カーニバル

椎名林檎(生)林檎博について

椎名林檎のライブに参加するためにファンクラブに入った人間としては
まさに本懐を遂げられたと言うべきか。
3日間の日程に儘よと応募したところ、幸いか全日程の席を入手できた。

○1日目 2008年11月28日(金)19時開演 S席 Aゲート200レベル 209扉 6列 150番

本来であれば、午後半休を取り15時には退勤し駆けつける予定だった。
しかし、現在の職場(大学・実習指導室)は学生向けオリエンテーション等が
基本的に金曜実施、また会議も詰まった日程のため厳しい計画であろうことは覚悟していた。

案の定、5限(16時半)からのオリエンテーションを実施することとなる。
問題ない、17時半の退勤時刻に学校を出れば、開演20分前には到着する。
事務処理を午前中、3限のオリに顔を出しつつ実習委員会にも参加し
5限オリに入る前に金曜日のすべての仕事を片付けるよう臨む。
実習委員会では面接をした学生の判定をして頂くのがまずは目的だ。
すでに面接から1ヶ月が経過しようとしている。あまりにも遅い。教員へ釘を刺す。

3限のオリエンテーションに顔を出す。どうも退出者が多数いたようだ。
オリエンテーション参加に必須のテキストを持参しなかったためとのこと。
この日は実技のオリで、持ち物として画用紙・はさみ、という掲示を行ったが
「それだけ」持ってくればよいと判断した学生が存在したようで
それでテキストの持参を怠ったのが原因であった。

もちろん、テキストは毎回必携のものであるので、基本的には学生の落ち度となるのだが。
しかし。これはそう判断する学生がいるであろうと見抜けなかった
つまり自分の想像力のなさゆえに生まれた事態なのではないか。
そう考え、この件は心のうちで、自分のミスと考えている。
もっとも誰もそのことを指摘しない…というかできないからこそ認めることができたのだと思う。
他人からミスを指摘されると頑なに否定をしてしまうものだ。

結局、中抜けをした実習委員会は、面接結果の判定はなされたものの
結果を面接学生に申し渡しする日程はまったく決まっていなかった。
こうして教員に任せれば肝心なところが抜ける。憎たらしい。
席を外さざるを得なかったことを悔やみながらも日程調整について再依頼する。
全員がいるところで決めてしまえれば早かったものを。個別依頼が時間がかかりすぎる。
最終的に伝えるのが遅れることはつまり学生の心理的負担になることを考慮すべきだ。

そして5限。まず始められない。座席に学生が座れない。
「配属No順に着席」と事前に掲示したにも関わらずである。
掲示物には赤字で逐一「このNoが着席順となる」ことを明記した。
それでも確認をしていないことにはいさかかの諦めすら感じる。

オリエンテーションでは、30分で終わらせることを学生へ約束し
早く帰れることを喜ぶ学生の声に「そのため、ご静聴を」とアナウンスを重ねる。

施設実習日程の読み上げを20分で終わらせる。300人の聴衆が一斉にメモを取る。
その後書類作成。3枚の書類の中でも個人票の作成は「私の長所」など
くだらない項目が旧態依然と残っているため学生の記入に時間がかかる。
「17時までに記入を」とアナウンスし、しばし黙す。
時計を見、気ばかり焦る。自らの娯楽のため仕事を放棄することへの焦りも多々。

17時に記入を打ち切り、学生呼び出し、そのほか連絡事項を行う。
再オリエンテーション、健康診断受診等、看過すれば実習実施に致命的なものを
未だに行っていない学生へ注意喚起をし、そして施設実習実施に対する呼び出しを行う。
学生は12月に実施される保育所実習のため気もそぞろだ。

終了後すぐに教卓を整理する。質問に来る学生が教卓の前に溢れる。
気付けば時計が17時15分を指していた。時間がない。
同席していた施設実習担当者に対応を任せ、一度指導室へ戻る。
パート職員がいれば応援を乞おう。

しかし戻った指導室も混乱を呈していた。
他学科学生が提出物を持参し廊下に溢れる。担当者は不在。パート職員が応援中。
先程のオリエンテーションの応援など臨むべくもない。

仕方がない、と同席した担当職員には申し訳ないが自らの業務を処理する。
メール、連絡事項を簡単にまとめつつ、オリ教室からこちらに来た学生への対応をし
帰宅の準備を整え、PCの電源を落とす。そのときもやはり仕事を放り投げることに胸が痛む。
自らがいないこの後の対応、また関連する明日の対応が如何様になるか
どうも自分は関わる業務すべてを把握しておきたい心性があるようだ。

通勤鞄の中の財布、テケツを確認し再度オリの教室へ向かう。針は17時25分。まだ。
着いた教室は人も減りもはや助けの必要はなさそうであった。安堵。
回収した書類を整理し、それを指導室へ運ぶ。そこまでは自らの手で行おう。
同席の担当職員に何度も礼と、失礼する旨を伝える。恐縮する。
急ぎ足で書類を運び、パート職員へこの後の対応を依頼。さらに恐縮する。

針は17時30分。退勤。駅まで急ぎ足。

18時32分、さいたま新都心へ到着する。「駅前」はさながら「御祭騒ぎ」。
会場付近には長蛇の列。グッズ販売。本日はすでに諦めているので通過。
入り口にてテケツ提示。持ち物チェック。お土産配布。受け取り。
花輪を横目で見つつ席へ向かう。途中ロッカーに荷物を預ける。
お土産に旗が入っていた。公演中振ることを想定しているのであろう。
今日は個人での参加のため自粛し、ロッカーへそのまま収納する。
座席は200レベルの名の通り、階段上の座席であった。
とはいえステージを正面に見据えることが出来るブロックのさらにほぼ中央の席。

19時少し過ぎ。開演。
ステージ下部の光が浮き上がり、フルオーケストラが控えていることが分かる。驚き。
指揮者は斉藤ネコのようだ。
以下覚え書き。

ハツコイ娼婦
スクリーンに文字が映る。不勉強ながら斉藤ネコとの曲はよく聴いていないためピンとこない。
しかし「神秘は識らない 己が奇跡だとは」という歌詞に鳥肌が立つ程感じ入った。

シドと白昼夢
母になった彼女が歌うとこれは恋愛というより母性の歌に思える。

ここでキスして
咳払い後の歌い出しに会場が沸く。

本能
3曲目からのこの矢継ぎ早な印象。

ギャンブル
「飼い慣らされた猫の眼」という歌詞にやはり感じ入る。

宗教:林檎の筋(デビューからの10年の歩み)

ギブス
やはり歌い出しで会場が沸く。

闇に降る雨
ギブスを歌い上げたあと、曲が終わらないことに「もしや」と思う。
アルバム通り、この曲につながった。
いとおしむべきは不吉ストリングス。

すべりだい
まさか。

浴室
これがライブで聴けるとは。
林檎をカットする映像に笑う。

錯乱
サビの引き延ばされるような曲調。

罪と罰
絶叫。歌い上げたあと、去り際の足音。

歌舞伎町の女王
昭和歌謡のような歌唱。鉄板。

ブラックアウト
手拍子タイミングを飲み込めず。「復讐」を誓う。

やっつけ仕事:林檎の芯(黒猫屋若旦那7歳 林檎の出生~中学での内弁慶卒業まで)


ダンサーが美しい。

この世の限り(with椎名純平)
兄貴登場。会場が沸く。

オニオンソング(with椎名純平)
「いつかこんな歌が書けたらとずっと思っている曲」という紹介に胸を掴まれる。

夢のあと
これがライブで聴けるとは。

積木遊び
明日、明後日はこのダンスをするとやはり「復讐」を誓う。

御祭騒ぎ
奇妙な手の動き。いとおしい。
阿波踊りに笑う。

カリソメ乙女 DEATH JAZZ
さよなら!の後の落下に息をのむ。

encore1
正しい街
この直前、後ろの席で知ったような会話をしていた2人連れがいたことを記しておく。
有名になる前から知っていようがいまいが。自戒の念も強くする。
その2人が聴きたいと呟いていた歌であったがしかし、思い入れは深い。

幸福論 悦楽編
拡声器での歌唱。

encore2
みかんの皮
自然と顔がほころぶ。

余興
新曲。呆然と聴く。

endroll
丸ノ内サディスティック
アンコールにて歌われるものと期待していただけに、悔しさもある。
静かな歌唱もよい。

総じて残してきた仕事が頭をよぎり集中ができなかった。
翌日昼頃に出勤し、残した仕事を片付けることを決める。
オリエンテーション疲れか、足も酷く痛んだ。

クア・アイナにてハンバーガーを食べながら、翌日すべきことを簡単に書き出す。
余韻はわずかに頭蓋に反響する記憶のみ。


○2日目 2008年11月29日(土)17時開演 S席 Aゲート200レベル 212扉 9列 223番

9時頃に起床。異常な倦怠感。昨日のスケジュールが過密だったことを再認識する。
10時には家を出、職場への電車に乗る。思いの外暖かい日だ。
11時には職場へと着き、そっと指導室へ顔を出す。
各担当への依頼事項を連絡するのにも、室長に気取られぬためそっとIPで確認を取る。
昨夜実習ごと、学年ごとにまとめたToDoの如きものを元に13時まで業務を行う。
教員に確認すべき事項は不在のため進まず。相変わらず遅々としている。

13時には退勤。北千住あさり食堂にて鶏のハンバーグおろしポン酢定食。釜炊きの飯が美味い。
携帯電話の電池が切れそうなため、待ち合わせ相手、元同僚の山田氏へその旨を連絡。
さいたま新都心改札を出て直進、壁際にて待ち合わせを約束。

14時前、さいたま新都心へと向かう。電車は空いている。
到着。山田氏を待つ。合流。

本日の目的でもあった物販へ並ぶ。折り返しを2度。1時間弱は並んでいた。
友人と並べることに感謝する。途中プレミアムテケツ専用の入り口が見える。
多少の羨望を抱くが、尤も1席3万円はいさかか高すぎる。

途中扉止めに何度も足を取られつつも、物販手前、商品陳列棚へ辿り着く。
Tシャツ。まなじりの青緑へ狙いを定める。
タオル。紅白、嫌に目出度い色遣いに普段使い出来るかの不安を感じつつ。
使えるものしかいらない。使えないものはいずれ全部部屋の隅に追いやられる。
そようなことを山田氏と語り合うものの、ひとつ、展示された携帯タンブラーに魅力を感じ
最終的に、まなじりTシャツ青緑、タオル、携帯マグを購入。

会場入り。会場左側の階段状座席2階。昨日より若干ステージに近い。
明日のA6ブロックを下見に行こうかと階段を下り、スタッフに止められる。
アリーナへはアリーナ表記のテケツを持たねば入れないらしい。
参考までに、地図を見せて頂き明日の位置を確認。A6は最前列端のブロック。
期待を高めつつも、そう前でないだろうと思う。
座席に戻り、山田氏に明日の位置を報告。飲料を購入へ向かう。相変わらず混んでいる。

昨日よりも開演に対しての期待、緊張を感じる。
仕事が一段落ついたこともしかり、やはり友人がいることは違う。

18時過ぎ。開演。
昨日よりも前奏…チューニングが短いような印象。
フルオーケストラにライトがあたった瞬間、会場総立ち。
山田氏と「立つのはやいね」と笑みを交わす。

M1 ハツコイ娼女
スクリーンに出た「おいでやす」に場内にざわめく笑い。
神秘は識らない。

M2 シドと白昼夢
ひとしきり唄った後、「あなた」とためて「あなたの」と入るサビがいかにも格好いい。
突き落とすように一斉に鳴る管楽器も堪らない。

M3 ここでキスして。
サビで赤いライトが一斉に会場に向けられる演出が印象的。

M4 本能

M5 ギャンブル
絶唱。

M6 宗教:林檎の筋

M7 ギブス

M8 闇に降る雨
スポットライトが雨の様に下る様が好印象。
ラストはせりで消えてゆく林檎。

M9 すべりだい
キーボードでの弾き語り。足を肩幅に開いてしっかり立っていたのがなぜか印象的。

M10 浴室
林檎の切りくずが飛ぶのが見えた

M11 錯乱

M12 罪と罰
やっぱり去り際の足音と、静寂のあと爆発する音響がたまらない。
去り際の一瞬の静寂に、誰かがつい拍手をして、すぐにやめていた。

M13 歌舞伎町の女王

M14 ブラックアウト
「白く照らされる日々に置いて行かれそうで」という歌詞も歌唱も素晴らしい。

M15 やっつけ仕事:林檎の芯

M16 茎
林檎がおそらくステージ中央にいるようだか
スモークのせいでまったく見えない。

M17 この世の限り

M18 玉葱のハッピーソング
兄と1曲だけコピーをさせて下さい。

M19 夢のあと
歌い上げた後、爆発するように光に溢れる演出。

M20 積木遊び
最終日は、某ジャクソン婦人で右手を高くあげることを誓う。

M21 御祭騒ぎ

M22 カリソメ乙女

アンコール1
正しい街
隣の山田氏はどうやら泣いていた。

幸福論(悦楽編)

アンコール2
みかんの皮
余興
今回曲名を聞き取れた。

endroll
丸ノ内サディスティック
会場にて手拍子。

終演。顔を見合わせ「よかった」と言い合える相手がいるのはやはりよい。
昨日と同様、クア・アイナにて夕食。林檎を本当に切っていたか?等四方山話は尽きぬ。
俄然明日への期待が高まりつつ、カラオケを誓い解散。

○3日目 2008年11月30日(日)16時開演 S席 アリーナ Aゲート A6ブロック 19番

【もっとも輝いていた日ゆえにそれを掴むことに躊躇を覚え今日まで記してこなかったこの日について】
【もはや茫洋とした記憶をこのまま朽ちるに任せず、輝きと喜びを記しておこうと思う(20100303)】


起床。やはり身体が重い。
大学の同級生、近森氏とさいたま新都心にて14時半から15時頃に落ち合う予定で動く。
この日も暖かかったように思う。

さいたま新都心に到着し、近森氏を待つ。予備校の授業を抜けて参加してくれるとのことで
合流したのち16時開演であることを伝えると、集合を遅くすれば授業にまだ出られた旨を聞いた。
現在の自分はそれを非常に申し訳なく思う。

思えばこのとき、3日間のお祭り騒ぎに自分は随分とはしゃいでおり
彼にも駅前の騒然としたこの雰囲気を楽しんでもらいたいと手前勝手に考えていたのだ。
今となっては遅い事だが、それをひたすら恥じている。

開演までにアルコールを入手しようと、自分の発案で会場付近のスーパーを巡るものの食料品が見当たらない。
情けなくも意地を張るが、このとき「Tくんみたいだよ」と言われた、あるいは思われたかも知れぬ。
最終的にはコクーン新都心にてアルコールを購入することができた。自分は安価な白ワインを購入した事を覚えている。
小腹が空き、近森氏に並んでもらい銀だこにてたこ焼きを購入しシェアする。

開演が近づき、テケツを手に行列へ向かう。
アナウンスを聞くに、アリーナ席は入り口からして別らしい。






2008年11月30日(日)

大学時代はなんとなくで過ぎてしまったなと今でも思う。
そもそもなんとなく、流されるままに生きてきたようなところがあって
そういうのを美徳と思うようなところもあるし
辛酸刻苦を求めない自分の怠惰さに嫌気がさすこともある。

結局たぶん、自己肯定と自己否定というか
持っている物が最高…というよりは元々持っている物しか人間にはないんだと思う気持ちと
自分にないものを求めてしまう、求めることこそ自覚的な生き方なんじゃないかと
ある意味今の自分の生きてきたすべてが揺らぐような考えがあって
そういう棒の両端をあっちへいったりこっちへいったりしている。

だけどというべきかだからと言うべきか、自分にできない努力をしているような人間がいると
どうしても強烈な憧れを感じてしまうし、とてもまぶしい存在のように思えてくる。
ああいう風になりたい。なりたいって時点で諦めてるんだ…という風に諦めているのが
ああもうこういうところが、憎いような自らが愛しいような。


ところで今まで苦労をしたことがない。
そして急に、中学生のころ背伸びをして読んだ人間失格の冒頭がすごく身につまされてくる。
たしかあれも、今まで大して悩んだことも苦労をしたこともない主人公が
ただひたすらとした不安に駆られるような物語だったかと思う。
冒頭で主人公が、自分は本当の空腹を感じたことがないと話す部分がすべてを表してる。
以前も書いたが、そう考えると山月記もまた身につまされる。

ただ、そういった文学作品に書かれる程度に、ポピュラーな悩みであるということは理解している。
なにも自分が特別…といっても自分にとっては自分は一番特別ではあるものの
世界一の苦悩、特別な、誰にも理解できない苦悩を抱えているとは到底思えるわけもなく。


2008年01月17日(木)

9月に入り、異常と言えるほどの暑さも落ち着いてきた。
この季節を信吾は嫌いではない。
9月も半ばに入ると、秋が顔を出し始める。
湿度がぐっと下がり、あんなに背中にべったり張り付いていたシャツも
素っ気無くなる。

真夏には、只うなだれて猛暑をやりすごすのに邁進したが、
夏が少しづつ終ろうとしているのを実感できると、
秋の心地よさを想像し、待ちわびる余裕ができる。
昼はさすがに暑いが、夜になると日々秋が近づくのを実感できる。
タバコに火をつけてゆっくりと帰路をたどり秋を想う。
9月の頭からの半月ほどは、真吾にとってはそういった時分である。

信吾が会社から帰宅すると
母と妹の恵美が晩酌をしていた。
恵美も今年24になるが、大学を留年して
今年が卒業の年度である。
夏を過ぎても就職活動をする気配はなく、両親ともに気を揉んでいた。
晩酌の話題はどうやらそのこ事が主題のようだった。
「デザインの専門学校に行こうと思うの、
やっぱり、私にはデザインしかないと思うのね、
この成徳デザイン学校ってね、有名なデザイナーも出ていて、
3年かかるんだけど、じっくり勉強して、即戦力になるスキルがつくの、
学校に色んな業者のOBもいるからデザイン関係の人とのコネも
作っていけるし、デザイナーとしての就職率も他よりもずっと高いのよ」
母に発言をさせないようにしたかったのか、
とにかく自分の主張を切れ間なくざらりと机の上に並べると、
恵美はコップの中のビールを一息で飲み干した。


母は
どんな学校なの、費用はどうするの、お父さんそれで納得するかしら
そんな言葉を連ねて恵美の主張を鵜呑みにはしない姿勢を見せながらも
安堵の顔を隠しきれていなかった。
娘に引き続き肩書きがつく。
そういう世間への格好がついたこともそうだが、
何より娘の将来にある程度方向性が出たことが
嬉しいのだろう。

それにしても、恵美の先ほどの発言は
きっと学校のパンフレットの文章をコピーして貼り付けただけの
具体性がない、都合の良い情報に感じた。

***

「兄貴は夢が持てないんだね」

信吾が就職活動をしている頃、恵美にいわ
いわれた言葉である。
恵美は昔から
「キャラクターデザイナーになる」
とことある事に言っていた。
子供の文房具に書いてあるマスコットキャラや
市役所からくる通達所に描かれてあるようなものの類である。

信吾にも夢中になっていたものはある。
高校の頃から続けていたドラムである。
高校の文化祭の為に集まった面子で、
大学になってからも続けて、いくつかの大会で
何度か表彰台に上がるほどの腕を見せていた。

しかしメンバーが皆、有望な大学に入っていた為に
「プロを目指そう」
という言葉は飲み会での願望まじりの冗談でしか出てこなかった。

就職活動が本格化する大学4年の頃には、メンバーは
つぶしの利く就職先を求めてスーツに袖を通し始めたのである。

そんなみんなの様子を見てから、
信吾もスーツを拵えた。

そんな真吾をみて恵美は
ドラムやりたいんでしょう
なんでチャレンジしてみないの 
やる前から諦めてどうするの
と攻め立て

バンドで食えるわけないだろうと応えると

「兄貴は夢が持てないんだね」

といったのだ。

活発で饒舌な恵美と違い、
信吾は朴訥として無口な性質である。
恵美に言い返そうとしてもうまく言葉にならなかったが、
恵美の言う「夢」という言葉には違和感を感じていた。


****

信吾が大学2年の頃である。
所属していたバンドサークルの先輩が
二人で飲んでいたときに儲け話を信吾に持ちかけてきた。

「矢谷ってしってる?俺が所属してるゼミの教授なんだけどさ
あの人しょっちゅうTV出て色々コメントしてるでしょ。
それで今度あの福島書店と共同で
新資格を立ち上げることになったらしいんだよ。
高齢化社会になって介護士が増えていく中で、
介護の質が問題になってるだろ、
そういった介護の会社の監査をする為の資格なんだ。
で、その資格が普及していく為には実績がなきゃみんな注目しないわけで、
まあ分かりやすく言えばその実績の為のサクラなんだけどさ、
資格保持者になってくれる人をあの人が募集しているんだ。
半年の講座を受けて、テストを受ければ資格が取れるんだけど、
そのサクラの人たちは別に講座もテストも受けなくても
その資格をもらえるわけ。
福島書店もかなり力入れてるから、
その資格保持者として登録させてくれれば
報酬を40万だすって言ってるんだよ、
ただこの話が俺に回ってきたのが大分後らしくて、
その申し込みが明後日までなんだ。
あと定員二人だから、俺と、良かったらお前もどうかなと思ったんだよね。
いやなら無理しないでいいよ、他をあたるからさ。どうする?」


その頃の信吾は練習用スタジオの
割り勘代やさばき切れない
ライブ券のおかげで
切り詰めきった生活だった。
40万も入れば当面活動の資金に苦しめられることもないし、
もう大分無理をしているドラムも新調できる。
そういった良いことづくしのイメージが強く信吾の頭を焼いたので、
二つ返事をしたし、その後に思い出したように先輩が言った

「で、その講座の料金とテスト代が合わせて12万するんだよ。
こればっかりは正規の手続きでやらないと
講座の学校にもテストにも証拠が残らないからさ。
その12万を含めて40万なんだけど、それでもいい?」
といわれても
すっかり40万の使い道ばかりを考えていた。


夏の休みで稼いだバイト代、それに親に借りた3万を合わせて
先輩に渡し、連絡を待った。
信吾の手元に残っていたのは生活費の1万3千円になった。
その後何度か部室で先輩と顔を合わせ、
「もう少しらしいぞ」
などという話を聞かされていたが
金を渡してから1月あたり後から、ふっつりと
先輩は姿を消した。

そこから半月くらいはのんびり構えていたが、
更に半月も経つと真綿のような不信が少しづつ信吾を締め付け始め
どんなに電話をしても繋がらない先輩が
大学を辞めたらしいと聞いたのは金を渡してから3月あとのことだった。

木村先輩退学してたんだってな、お前知ってた?

ギター担当の友人からそのことを聞いたとき、
雨に打たれていく道端の雪のように
かすかに残っていた望がざっと奪いさられていくことを感じた。

****

矢谷教授に会い、木村先輩はゼミに1年近く出席していないことを聞き、
木村くんと最後に話したのは1年以上前だよ、なにかあったのか
という矢谷教授の言葉を聞いた後、
大学構内のベンチでタバコを呑みながら感じたのは、
木村先輩への怒りと、自分という人間が
随分「見込み」を事実であるかのように捉えて生きているのだな
ということであった。

矢谷教授は大学内で福祉教育の権威たし、
大学に行けばいつでも顔を合わせる先輩に金を渡した。
だから、真吾の中ではもう40万円は数ヶ月後には
自分の手の中に納まっているという腹で真吾は生活していたのである。

40万の貯金があるつもりで事実は1万3千円しかない自分と
あの頃の自分と、
デザイナーになれると思っていて実際はただの留年学生でしかない恵美は
どこか通じるものがある気がしていた。

それは、確実にやってくる秋を支えに残暑を乗り切ることとは大分具合が違う。

****

「兄貴は夢が持てないんだね」と言ったときの兄の顔を恵美は今でも覚えている。
顔をしかめ、なにか言おうと口を開きかけたまま、あきらめの表情を浮かべていた兄。
あの表情は、あたしに向けられたものか、それとも兄自身にだったのか。





結局なにも言わず出て行った兄の背中だけは昔と変わらず大きかった。




2007年11月05日(月) じゃあまた、わかば堂で

じゃあまた、わかば堂で。

5時に別れて10時に会う日々。
自転車で白く霞む朝を走っていると、朝日が林立するビルの影を次第にくっきりとさせる。
いつもの交差点を過ぎて坂道。いつもの通り、影と影の隙間に伸びる朝焼けまであと数十m。
僕は目を瞑ってペダルから足を離す。撫でるように頬に触れていた空気が飛び去っていく。
きっとあと少し、息も止めて、たぶん5m、4、3、2、

ぶちまけたように、目の奥まで染み通るような赤い光。
毛細血管を


2007年07月22日(日) 携帯電話のものまね

振動の
長さで分かる
遠くから
声をつなげる
ための儀式と

受信中
このアイコンが
もどかしい
走ってすぐに
届くものなら



2007年06月18日(月) 要はパンだ

実は角が生えているのです。
まっすぐではなくて(それはもうひねくれていますから)
羊に生えているようなくるくると円を描く角です。

ときどき角の中で音がするのですが耳には聞こえません。
音がするというかただ角がざわめくような騒ぐような
ときには音(のような感覚)だけでなく視覚的(なような感覚)な
ものさえ角からすべりこんでくるような気がします。

動物の世界はこのようなものかともときどき思いますが
ことのほか世界を美しく見ることができるわけでなく
おそらくヒトにはつかむことの出来ないこの感覚が
ときにはなんだか疎ましいようなそんな気持ちにもなるのです。

幸せなのは首をかしげて角を触っているときで
恋人に愛撫させるような真似は決してせず
ひたすら己の指で角の描く回転をなぞるのです。
親愛なる我が角が内奥に巻かれているがごとく
一人自らへと分け入りその凹凸を辿れば
一段ごとに押し寄せる恍惚に目眩がし
ぐるぐると回る視界に自らがまた歪むのを悟るのでした。


2006年08月10日(木) 夏休みについて

先日こたろうどんと原宿に行って参りました。
ハチクロ展をみてきた。

どう考えても僕が悪いんですけど
なんかあんまりのりきれずにうろうろしておりました…。
すみませんこの場を借りて謝りますでもこういうのって卑怯な気がするよ?
自問してみても答えはありません…。

漫画に対してはそんなに思い入れはないので
イメージと違うためののりきれなさとは違うと思うんだけど
ではいったいどうしてだめだったのだろうか。

1.会場の雰囲気
 なるほど確かに静かすぎた。
 黙ってじっと見入るという感じで、原画展示の部分はそうであっていいと思うけど
 8割方はアニメと映画の小道具などの展示であったので…。
 しかし価値観は人それぞれか。ジャニーズっ子もいたに違いない。

2.一緒にいった人がテンションあがってた
 こたろうくんは大興奮だったのでいまいちひいてしまった。
 これありそう。

3.対象への興味の薄さ
 たしかにあんまり…。
 でも小道具とかセットの設計図とか見るの好きなのでおもしろかった。

久しぶりに原宿なんて行ったんで楽しかった。
なにしたわけでもないけど、だらだら歩くのも楽しいもんです。街が若い。

中華を食べながら漫画の話をしてました。
ここんとこ全くそういう方向で頭を使ってなかったので
ちょっといろいろ刺激されましたほんとだよ。
相手に自分の頭の中のイメージを伝えることはできないから
イメージをつかめる程度には具体化をしないといけないと思うだよ。

個人的に雑感として、変に奇をてらわないで王道というか
基本の積み重ねというのは有効なんじゃないかと思います。
ひとつ特殊な状況というか設定があったとしたら
その状況をふまえた上での当たり前のお話を作れれば…と思います。
ていうかそんなのが作りたい。
あ、花屋の話は要はそれですね。あの状況+親子の再会っていうベタ。

女子高生が正義感(とよく分からない情熱)にかられて
半分ヤクザの街金から借用書と金を盗み出す話を作りたい。

・父親から虐待を受けてる女子高生
・娘に虐待を繰り返してしまう父親
・餞別に弾の入ってない銃をもらった元ヤクザのおっさん
・原付の免許取り立ての同級生の男子
・他クラスのビッグスクーターで登校してる女子高生
・両親の借金で高校をやめなければならないクラスの男子
・昔元ヤクザにかわいがられた今では幹部候補のヤクザ

この7人で話が転がっていく感じで…。
いやしかし何人か消すか統合するかしたほうがいいのかな。
ここで、先ほどの要素マイナス虐待プラス血族をしてみます。
つまり

・戦後の混乱期に裏社会での顔だった、黒蜥蜴の○○こと主人公の祖母(存命)

これやるとちょっとキャッチーというかライトノベルっぽくなる?
そうするとこれはこれで、祖母の関係から現役をとっくに引退した
ややぼけの始まった老人たちから盗みのノウハウを教わるとか
もしくは最後老人たちが大活躍みたいな話が展開できるか。
でも老人と女子高生という組み合わせは栗林さんの
老人ホームの小説を思わせる淫靡さがあるのでちょっとな…。
まあ小説特有のからりとした感じにすればいいんだけど。

元ヤクザの銃をつかって一芝居打つんだけど、まあもちろん弾は入ってます。
装填されてないのは元ヤクザの方なのだ。


えのもと |MAIL